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第62話 開花

 一瞬、時間が止まったかのような静寂があった。


 自身が操られて斬りつけたベネディクトが血だまりの中へと倒れ、咄嗟に引き起こそうとするセシル。


「ベネディクトさん!」


 だが彼の右腕を縛り付けるルキウスの魔力糸がそれを許さない。


 セシルはすかさず白剣を左手からも生成して糸を断ち切ろうとする。


 だが行動に移すより先に、乗っ取られた手に力強く押さえられ動かすことすらままならなかった。


「すぐ助けますから!」


「私のことは、いい……逃げ、ろ……」


 途切れ途切れにベネディクトが言葉を紡いだ。


「ベネディクト、手ぬるいお前に相応しい最後をくれてやる。飼い犬に噛まれて死ね」


 侮蔑のこもった目でルキウスが冷たく告げる。


 彼に自覚はないが、ルキウスはまだ迷いを捨て切れていない。


 だから特務騎士団時代、親しい存在だったベネディクトに過去の自分を重ねていた。


 ベネディクトを殺すことで、弱かった自分を消そうとしているのだ。


 右腕が起点となってセシルの体内の魔力流を通して身体が操られ、動く。掲げた剣は、ルキウスの指の動きだけで振り下ろされる状態にある。


 ベネディクトも糸によって強制的に立たされ、無防備に吊られていた。


 負傷とミアの毒によってベネディクトは本来の緻密な魔力操作を阻害されており、応急措置の治癒を行うことができないのだ。


 ベネディクトの脇腹と胸からの出血が止まらない。


 そしてセシルはベネディクトに白剣を構えた右腕を向け──


 振り下ろすことなく腕を破裂させた。


 セシルはミアの毒対策と同じで、魔力を増大させ一時的に身体の支配権を奪取。そしてルキウスが対処する前に右腕の付け根で第五元素を解き放ち、体内で暴発させたのだ。


 身を裂かれる激痛に顔を歪めながら、瞬間的に背後のルキウスに向き直るセシル。


「な……」


 ベネディクトの目が驚きで見開かれた。


 対してルキウスはわずかに目を細め、手首に仕込んだナイフに糸を絡ませて射出する。


 身体のどこかに打ち込めばそこを起点にまたセシルを操ることができるからだ。


 だがセシルはそのナイフを掴み、握り潰した。


 既に存在しないはずの右腕で。


 彼の吹き飛んだ腕は第五元素による純白の義手に置き換えられていた。


 セシルは器としての第五元素による義手を作成し、身体強化の要領で魔力を巡らせることで神経の代替にして可動させている。


 彼に身体構造の専門的な知識とベネディクトのような魔力操作の技術はない。


 だが「開花」した「原石」としての才覚は、細かい理屈を無視して押し通す力があった。


「ルキウス! 教王すら殺せるお前が、今さら自分の手を汚さないのは何故だ!?」


「あの七光りが自分で拾った野良犬の手にかかって死ぬところを見たいだけだ」


 ルキウスはようやく剣を抜き、セシルの魔力の流れを見て攻撃の始点を見極めようとする。


「でまかせを言うな! お前は昔の仲間が殺せないだけなんじゃないのか!?」


 セシルの問いに対してルキウスは何も答えなかった。


 ルキウスを黙らせたのはセシルの言葉ではない。腕を流れる強烈な、荒々しい魔力の波がルキウスの観測を乱しているのだ。


 闘争に明け暮れたルキウスの人生だったが、このような経験はなかった。


「そうか。これが『原石か』」


 だがセシルの衝動に任せた勢いだけの拳を、ルキウスは頭だけ動かして避ける。


「……見えている」


「本当か?」


 背後に高濃度の魔力が出現し、またセシルの腕が消失したことをルキウスが感知した。


「何……?」


 反射的に振り向いたルキウスは、突如出現した腕に殴り飛ばされた。


 腕としての形状を覚えたセシルが義手を崩し、ルキウスの後方に再構成して配置。そして第五元素を放出した勢いで直撃させたのだ。


 基本的に第五元素を身体から放出しているセシルが、離れた位置で元素の操作に成功したのは「原石」としての更なる進化だといえる。


 セシルは義手の生成を経て、感覚的にではあるが第五元素の応用を技として身に着けたのだった。


 義手の接合部から血が流れ大地を汚す。


 吹き飛ばされたルキウスが荒野を転がっていき、ハインリヒの死体のある地点に到達する。


 人一倍魔力への感覚が鋭いルキウスは、凝縮された異常な濃度の魔力の一撃を受けて吐き気すら感じていた。


 殺意をその目に滾らせてルキウスが起き上がると、ハインリヒにすがり付いていた「原石」の少女ミアの姿がないことに気付く。


 それと同時に彼が感じ取ったのは上空の魔力反応。


「……こうすればよかったんだ。思ってたより、簡単だった」


 ミアが上方で滞空している。


 彼女の背には翼が生えていた。形は蝶の羽のようでありながら、光すら飲み込んでしまう漆黒の翼。彼女が極限まで凝縮した魔力が形を持ったもの。


 そしてその翼は彼女の“魔術師殺しの毒”の性質を持っていた。


「いや! ハインリヒが死ぬのも、お前が生きてるのも、どっちもいや!」


 ミアの翼から無数の羽の形をした毒が雨のように降り注ぐ。


 それは大地の土元素に含まれる魔力を拒絶し、着弾すると同時に大穴を開けた。


「チッ……」


 ルキウスは指から魔弾を放ち羽根を撃ち落としながら、合間を縫って後退する。


 ミアは大気中の風元素を拒絶することで自らを浮かび上がらせ、逆に拒絶する範囲を限定することで空に留まることができた。


 ルキウスを追尾してミアは緩やかに飛行しながら毒の羽根を撒き散らしていく。地面に開く無数の穴が次々と増えていった。


「相手が『開花』した『原石』二匹か……! ロキめ、面倒な仕事を……!」


 ルキウスが吐き捨てるように言う。


 彼の指摘通り、ミアは実験による不完全な覚醒を超えて完全な「開花」をしていた。


 ハインリヒの死、ルキウスの存在、これまでの人生全てを否定する強い気持ちが、彼女の「魔力を否定する」という本来の性質に結び付き覚醒のきっかけとなったのだ。


「お前も死んで! 死んでよ!」


 ミアが急降下してルキウスに仕掛けた。


 だが加速している最中に羽根の放出が途切れる。風元素の操作に集中しなければならないからだ。


 好機とばかりにルキウスが指から糸を展開させようとする。


 翼を避けて絡めとって、勢いのまま地面に叩きつけようという考えだった。


 そして手を上空に向けた瞬間、ルキウスの身体が硬直した。


「驚いて声も出ないか」


 背後からセシルの声。ルキウスは振り返ることも、飛び退って逃げることすらできない。


 ミアの翼がルキウスに直撃し、左肩から腰までを両断した。土をえぐりながらミアが着地する。


「ふざ、けるな……野良犬どもが……」


「お前だってロキの飼い犬だろ」


 ルキウスの半身を見下ろして、セシルが言い返した。


「お前の、仕業か……」


「ああ。切り離した俺の腕に巻き付いてた糸をそのままにしてたろ」


「そこから……魔力を、流し込んだか……」


 セシルはルキウスが放棄し、そのままにしていた糸に多量の魔力をミアの突撃に合わせて流し込んだ。


 異質かつ異常な量の魔力にルキウスの全身の感覚が乱され、動けなくなったのだ。


 それだけ言い残し、セシルはベネディクトの下へ駆けて行った。


 次にルキウスに近付いてきたのはミアだった。


「殺す、なら……殺せ……」


 だがミアはルキウスを無視して通りすぎる。そしてハインリヒの亡骸のあった場所に戻り、魔力を集中して担ぎ上げた。


 元特務騎士団の裏切り者。現“奴隷人形部隊(マリオネット)”指揮官であり、上級使徒ナンバーズ”序列第九位のルキウス。


 かつて最強の特務騎士とも言われた者の半身は、誰にも顧みられず荒野に晒され続けるのだった。

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