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第61話 仇友

 ハインリヒに戦闘継続の意思がないことを察したミアは、折れたナイフの柄を捨ててぼんやりとセシルを見つめている。


 怪物染みた力を持つ少女の眼差しには、相変わらず悲しみと絶望が宿っていた。


 セシルはすぐに追撃しようとはしない。


 ミアのその目と態度から諦観のようなものを感じたのだ。


「殺していいよ」


 幼いながら淡々と自らの命を捨てる選択をする子供の姿は、セシルの胸に深く突き刺さった。


 セシルがかつてガニメデに殺されかけたとき、命の危機に際して自らを「開花」させて生き延びた。


 だがハインリヒの言葉が正しければミアには寿命がわずかしか残っていない。助けても先がないのだ。


「死ぬまで待つのがこわいから戦って死にたかったのに」


 その一言でセシルはミアが反乱軍に同行していた理由を悟った。


 彼女は自らを実験体にした教王府に対しての怒りだけで動いていたのではない。


 まだ幼い「原石」が死に場所を探していたという事実がセシルの心に追い打ちをかける。


「俺に君を裁く権利はない……と思う。国を守るために戦う俺が、教王府の犠牲者である君を一方的に殺すことなんてできない」


「むずかしい話はわからない。でもあなたもハインリヒみたいなことを言うんだね」


 ハインリヒが反乱の中心人物として“雷杖”を不穏分子へと横流しし、技術局の施設を拠点として提供した理由はミアの願いを叶えるためだった。


 ミアは教王府の実験で疑似的な「開花」をしたが、その身体が魔力を汚染する性質を持ったことで燃料にもできず処分されるはずだった。


 教王府へ怒りをぶつけると同時に「原石」ありきで成り立つ国そのものを否定し、その中で死ぬ。


 ミアは思いの全てを言語化したわけではなかったが、ハインリヒはそう受け取ったのだ。


 *


「だから僕はミアを引き取ってあの子の望み通りになるよう動いた。僕自身、教王府にはいい加減うんざりしてた時期だったからね」


 滔々とミアの事情と自らの心情を語るハインリヒの言葉をベネディクトは黙って聞いていた。


 ベネディクトの顔にいつもの微笑はない。


「ミアに同調した実験体の子供は少なくなかったし、彼らの扱いに疑問を持つ技術局員もいた。事前に騎士団の連中とも渡りを付けて蜂起する準備はできていたんだ」


「……それで王都の結界を破って使徒が侵入している前代未聞の事態に乗じて騒ぎを起こしたと?」


「騒ぎか。君のような才と運に恵まれた側からすればその程度の出来事に過ぎないんだろうけどね。でも今日ならその騒ぎで教王府の傷を広げることができる」


 そしてセシルと向かい合うミアを一瞥してさらに続けた。


「ミアの命ももうすぐ尽きる。これが最後で最高の機会だったんだよ」


「ハインリヒ、あの子を連れて逃げるんだ。君達が安心して、穏やかに過ごせるところへ。そして彼女のことを見届けたら王都へ出頭して欲しい」


「特務の司令官が背信行為か? いや、僕にもっと力があればもっと早くミアにそうしてやれたんだ。だが……」


 ベネディクトの拳がハインリヒを殴りつけた。魔力のない一撃。


 ハインリヒが一歩よろめく。握り締めた拳を振るわせベネディクトが声を荒げた。


「ならどうして私に相談しなかった!? 意地でも技術局の室長として特務の力を借りたくなかったんだろう? 本当に君もルキウスもろくでもない友人達だ!」


「……ミアは権力者を嫌うからだよ。と言いたいところだが、まあ君らの躍進には嫉妬していたことは否定できないね。僕だって魔導器の作成者として才能が正当に認められていればこうはならなかったさ」


 ハインリヒは血の混じった唾を吐いてから、自らの思いをさらけ出す。


 “アカデミー”卒業後にハインリヒが本心を明かしたのはこの日が初めてだった。


 皮肉にも二人は取り返しのつかない事態になってからようやく本心から語り合うことができたのだ。


 だが二人が和解へと至るより先に使徒の魔の手が届く。それは突然であり、必然の出来事だった。


「甘っちょろい七光りと実験体に情の移った飼い主の馴れ合いか。気色悪いな。いつまで続けるつもりだ?」


 二人にとって懐かしい声が突然上空から響いた。


「七光り呼ばわりか。私の父を含む特務の幹部を皆殺しにして、代替わりする理由を作ったのは君だろう」


 ベネディクトが苦々しい顔をして言い放つ。ハインリヒが声のした方を見上げると、かつての友人であり現在は上級使徒のルキウスが空中を歩いていた。


「よくわからない奴だとは思っていたが、そんな芸を隠し持っていたなんて知らなかったな」


 そう言ってハインリヒは死を覚悟した。使徒のような邪悪な組織が反乱軍という半端者の集団を受け入れるはずがないと思ったからだ。


 そして実働部隊“奴隷人形部隊(マリオネット)”を率いるルキウスが単身乗り込んでくるというのは、使徒側の明確な拒絶の意思表示だった。


 素早く“雷杖”に魔力を充填し、上空へと向けるハインリヒ。


 だがその腕はゆっくりと下げられ砲口はベネディクトに向いた。


「何だ……!?」


 その動きはハインリヒの意図したものではなかった。彼の右腕の内部には糸が潜り込み、強制的に魔力の流れごと支配されていた。


 ベネディクトの脳裏に土元素拒絶の結界展開という選択肢がよぎったが、それを採らず横跳びに回避する。


 ハインリヒの放ったのは土弾ではなく強力な魔弾だった。顔をかすめた魔力からルキウスの気配を感じ取るベネディクト。


「糸か、前にはなかった力だ。努力嫌いの君が一からここまでの術式を練り上げるとは何があった? “黒父の使徒”というのはそれほど面倒見のいい組織なのかい?」


 ベネディクトはハインリヒの腕に巻き付いて操っている魔力の糸がわずかに見えていた。


「努力して術式破壊が精一杯のやつがよく言えたな、ベネディクト。“奴隷人形”というのは本来こういうことだ」


「糸使いの君が指揮官としてこき使うから“奴隷人形部隊(マリオネット)”ということかな。なんというか安直だ。センスがないよルキウス」


 ルキウスは上空に張った糸の上に立って目を細める。


 同時にハインリヒとルキウス、二人の魔力が操られた右腕に集中していた。


 優れた二人の魔術師が本気で放った魔弾となるとベネディクトも防御しきる自信はなかった。そして脇腹の傷の影響で全力を出すことも難しい。


 咄嗟にベネディクトはハインリヒの右腕を蹴り上げた。腕が跳ね、魔弾が空を切る。


(ルキウスに直撃させたかったが、そう上手くはいかないね)


 異変に気付いて駆け寄ってくるセシルとミアの姿を視界の端に捉えながら、ベネディクトはどう対処すべきか思案した。


 その間にルキウスが垂らした糸を掴んで滑り降りてくる。


 最早ハインリヒの全身は糸によって動かされ、話すことさえままならなかった。


 二人同時を相手取るのが先か、二人の「原石」が間に合うのが先か。一か八かでベネディクトは応戦の構えを取った。


 だがルキウスは攻撃には移らず、握りこぶしを頭上に上げて勢いよく振り下ろす。

 

 一瞬で糸の巻き付いたハインリヒの首が折れて即死する。


 ハインリヒが最後に思ったのはベネディクトへの罪悪感と、ミアが残り時間をどう生きるかという心配だった。


「雑魚が俺を煩わせるな」


「ハインリヒ!」


 反乱軍が軒並み倒され空っぽの戦場にミアの声が響く。


「ベネディクト、お前はまだ殺さない。俺の上役はお前程度が特務を指揮しているうちは問題ないと言っている。立場に助けられたな」


「ルキウス! 君は何度、何度私のことを裏切れば気が済むんだ!」


「お前はいつも勝手に期待して、勝手に裏切られる。お前がいつも笑っているのは失望を隠すためだ。思い通りにならなかったことを悟られないようにするためだ」


 セシルがベネディクトの下にたどり着いた。ミアはハインリヒの死体にすがりつき泣いている。


「誰かと思えばさっきゼノンといた木偶の坊か。前言撤回だ。重要人物が複数いる場合には優先順位の低い方を殺せと命じられている」


 セシルの腕に何かが巻き付く感触。強制的に魔力が放出される気配に悪寒が走った。


 そしてセシルの手に生成された白剣が、ベネディクトを斬りつける。


 ベネディクトは崩れ落ち、荒野にセシルとミアの叫びだけが響いていた。

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