第60話 旧友
ハインリヒの“雷杖”が放つ三発の弾丸が、セシルの身を食い破らんと迫る。
彼の持つそれは指揮官用に制限が解除され、連射が可能な状態となっていた。
“雷杖”についてこれまで単発式の魔導器だと思っていたセシルは、根本から対応を考え直す必要を瞬時に感じ取る。
弾の軌道をかいくぐってミアが迫ってくる以上、防御を固めてもまた破られると判断したセシル。
一発目を白剣で切り払い、続けざまに二発目を凝縮した第五元素を射出してぶつける。
オットーの隊との交戦でセシルは砲口の向きから相手がどこを狙っているかが読み取れるようになっていた。
しかし三発目は接近してくるミアの構えたナイフとほぼ同時に着弾する動きを見せている。
(あのミアという子の方が弾の速度に合わせているな。子供の姿に惑わされるな)
セシルは二種類の攻撃をまとめて対処すべく、元素の衝撃波を再び放つ。
「それ、さっき見た」
短く言ってミアは軽くナイフを振る。
毒と呼ばれた彼女の魔力が水飛沫のように弾丸へとかかった。
そして「原石」由来の膨大な魔力を惜しみなく身体強化に回して跳躍、衝撃波を回避する。
(避けられるのは織り込み済みだが……何!?)
打ち落としたはずの弾丸がセシルの腹に食らい付いた。
ミアの毒に浸食された弾丸が衝撃波の第五元素を汚染して突き破ったのだ。
「グ……ッ!」
想定外の被弾と、肉と臓腑が叫んでいるような痛みがセシルの集中力と判断力を奪う。
白剣を維持できないセシルへ落下しながらミアが迫る。その手に“魔術師殺しの毒”を帯びたナイフを持って。
死を覚悟する暇もないままセシルが脂汗のにじんだ顔を上げると、刃は彼の脳天に突き刺される寸前だった。
(……あ)
何が起こったのか理解できないまま、痛みに耐えかねたセシルは倒れる。
奇跡的に彼はミアから逃れることができたが追撃が来るのは時間の問題だった。
(考えろ痛い考えろ、死ぬ。痛い死……考えろ、考えろ!)
体内に侵入したミアの毒はセシルの魔力の流れを乱し、奪いながら増殖を始めた。
彼にとって最早“雷杖”の一撃を受けた痛みよりも体内を荒らされる苦しみの方が勝っていた。対処どころかまともな思考を保つことも難しい。
何もできないセシルの前に着地したミア。
そのミアが突如として空間に出現した何かに吹き飛ばされる。
少なくともセシルには少女にぶつかったそれが足に見えた。
そしてその蹴りを放ったのはセシルが合流を図っていた人物。
「ベネディクト……!」
「ハインリヒ、さっきぶりだね。特務の仕事を放りだしてここまで来たんだ。逃げずに私の話を聞いて欲しいものだが」
王国特務魔導騎士団司令官、ベネディクトがそこにいた。
「理解したくないが理解できたよ。今まで君の魔力で潰してきた転移地点へと飛ぶように、未使用の転移札を書き換えて紐づけたな。代わり僕が一年かけて開発した技術をこうも簡単に扱われるとは、嫌な奴だ」
「ご名答。流石は技術局の室長だ。だが、技術を生み出す者は悪用される危険性を常に考慮しておかないとね。勉強になったかい?」
「こんな真似が君以外にできるものか」
ベネディクトとハインリヒの中間地点に立つミアがナイフを構えてじりじりと前に出る。
「セシル君。立てるかな」
「ベネ、ディクト……さん……」
濁った思考の中でベネディクトのひび割れた眼鏡越しの視線が、セシルには「まだ戦え」と促しているように思えた。
「私単独では二人に勝ち目がない。頼んだよ」
ミアがベネディクトに肉薄する。
彼は毒刃に対処する仕草すら見せず、悠々と立っていた。
そしてセシルが荒い息で起き上がり、一直線に体当たりをしてミアを大きく押し戻した。その姿を見てベネディクトは微笑む。
「俺の魔力を食う毒なら好きなだけ食わせてやるだけだ……! 魔力なら無尽蔵だからな!」
セシルを蝕む毒に対して彼は持ちうる魔力の全てで身体強化を試みた。体内の毒が魔力を喰らって強化される危険を冒しての行動だった。
結果として奪われる力に対して身体を満たす力が上回り、相対的に毒の影響力が少なくなったのだ。
ただこれはセシルが言う通り「原石」だからこそなせる技であり、彼はかつて全力で光剣を放った際と同等の魔力を消費する必要があった。
第五元素と毒が拮抗している状態を維持するにはさらに魔力を費やさなければならない。
「雪辱戦と行こうか、セシル君。私も彼女とハインリヒに煮え湯を飲まされているんだ」
「本当は治ってないんでしょう。その傷」
「まあ、そういうことだね。でもお小言は今ではなく後でヴァルターとフレデリカからといただくとしようか」
セシルがベネディクトの脇腹を指差す。その追及に対してベネディクトは相変わらず笑みを浮かべて答える。
だが彼の目が本心から笑っていないことにセシルは気付いていた。
魔力の消費からして時間に余裕はなかったが、セシルは問い質さなければならないことがあると思って会話を続ける。
「ならポコちゃんにも反省会に参加してもらうのがいいんじゃないですか」
「それはいい。あの子は手厳しいからね」
ミアは一度ハインリヒの下へと後退し二、三言葉を交わしていた。
「ハインリヒというのは知り合いですか」
「“アカデミー”時代の友人だよ。天才だと思っていたが、こんなことをしでかしたとなると、大馬鹿者だったみたいだね」
「本当はヴァルターさんとフレデリカさんを悲しませたくなかったんですよね?」
ベネディクトたちの同期で元特務騎士のルキウスは上級使徒として君臨し、真の教王プロメテウスを殺した。
セシルもベネディクトがそこまでの事情は把握していないと考えたが、きっとこれ以上友人が敵側に回ることを止めたかったのだと感じたのだ。
だがベネディクトから返事はなかった。
セシルはベネディクトから視線を外し、ミアと向き直った。二人の目が合う。
ミアの目。それは怒りと深い悲しみ、そして絶望をない混ぜにした負の感情のこもった眼差し。
そしてセシルとミアは同時に飛び出した。
白剣と毒刃が切り結び、第五元素と“魔術師殺しの毒”が互いを砕きながら周囲に飛び散る。
セシルの白剣が一瞬汚染によって黒く変色するが、休む間もなく注ぎ込まれる第五元素によって塗り替わるように純白に戻った。
彼は体内の毒を抑えるための魔力を剣に集中させている。再びセシルの顔が苦悶に満ちた。
「なに、これ」
セシルの最大出力にミアのナイフが押し負けて白く染まり、砕ける。
セシルの腹の傷から血が噴き出た。出血を抑えるための魔力操作が乱れたのだ。
だがその捨て身の攻めはミアの毒刃を破った。
「ミア!」
ハインリヒが少女の名前を叫ぶ。
先ほどから彼は“雷杖”でセシルを狙っていたのだが、二人の放つ高濃度の魔力で弾が逸れミアに直撃することを警戒して撃てなかったのだ。
「君の相手は私だよ」
ハインリヒの背後から声がした。
それはこの実験場に広がった転移網の中で、新たに出現した転移地点である「ゲート」に干渉し転移してきたベネディクトだった。
その「ゲート」とはハインリヒとミアがセシルの背後に現れたときのもの。
ハインリヒは振り返ると同時に連続で“雷杖”から土の弾丸を放つ。
だがベネディクトを覆う土元素拒絶の結界によって弾は自壊し、即座に砂となった。
「不意打ちでなければその程度のものが私に効くものか。それ、実のところは欠陥品じゃないのかい?」
「さっきからうるさいな。君みたいな例外の可能性を一々考慮していたら兵器開発なんてできるはずないだろう」
「もうやめだ。話がしたい。旧友としてね」
そう言ってベネディクトが結界を解く。彼に敵意はなかった。
「やめてくれないか。そうやってどこまでも大人の対応をされたら、技術局で干されたことを根に持って反乱に加担した僕が哀れじゃないか」
そして小さくため息をついてハインリヒは“雷杖”を捨てたのだった。




