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第59話 同類

 グレースの魔眼は反乱軍の構成員を次々と昏倒させ、“雷杖”を使う暇さえ与えなかった。


 それ故に彼らは魔眼の射程内に入ることができず遠巻きにグレースを牽制している。


 グレースはあえて距離を詰めずに、時たましびれを切らして突出した敵に一瞥をくれて処理することに徹した。


 彼女が一部隊を本隊から孤立させ一か所に留めていることで反乱軍は分断される。


 セシルを誘い出すため持ち場を離れたオットーの部隊の敗退を含めると本隊の戦力は大きく削られてしまった。


 グレースが正面の反乱軍に文字通りにらみを利かせていると、突然彼女は上空に大きな魔力の気配を感じ取る。


 大きく飛び退きいつでも魔眼を発動できるように備えるグレース。


 しかし彼女の眼前に着地したのはオットーを下したセシルだった。


 陽動に釣られて戦場の中心から大きく離れてしまった彼は、グレースと対峙する部隊を一息に飛び越えてきたのだった。


「今までどこで何をしたのかは知りませんが急に飛んできて驚かせないでください。あなたにでたらめな魔力があることを知っていてもそこまでは想定できませんから」


「悪かったよ。ここで反乱軍を足止めしているんだな。敵の新しい飛び道具への対処はどうしてる? 接近戦が得意とは思えないけど」


「当たり前です。『魔眼』で射撃部隊の腕を麻痺させて封じました。まあ全員ではありませんが。あれの有効射程より私の視線の方が遠くまで届きますので」


 セシルは目の前に展開している反乱軍を見据えた。確かに何も武器を持たず、後方に隠れているだけの者が数名確認できる。


 彼は敵が戦闘不能な戦闘員をこれ以上増やさないために攻めてこないのだと予想する。


「援護は必要そうか?」


「まさか。私が立っているだけで奴らは死んでいるようなものです。戦力として数える必要もありません」


「じゃあ集団の転移はどう対処してるんだ? 距離を詰められたらまずいだろ」


 グレースは自身の足元を指差した。


「ベネディクト司令官が早々に看破して地面に仕込まれた術式を破壊していきましたよ。『魔眼』を持つ私よりも魔力がよく見えるようで」


 自嘲気味に言い捨てて彼女は離れた敵に向き直る。


「俺はベネディクトさんに合流する。この場を頼む」


「別にあなたに頼まれなくてもそうしますよ」


 セシルはグレースを置いて走り出した。グレースなら犠牲も出さずに多くの戦力を足止めできると考えたからだ。


 地面に埋められた転移札の効果をかき消す強力な魔力の痕跡をたどる。


 潰された転移地点は十数個に及び、敵が用意周到であることとベネディクトが派手に転戦していることを示していた。


(ここに来る前に怪我をしているようだったのに、こんな無茶を……)


 反乱軍が設置した転移地点周辺には多くの敵兵が倒れている。


 ベネディクトの穏やかそうで掴みどころのない普段の性格からは想像のつかない苛烈な戦いぶりだった。


(わざわざ怪我を押してまで特務の司令官が前線に出ているということは、絶対に裏があるはずだ)


 駆けながらセシルは戦場の中心にある石造りの建造物に痕跡が続いていることを悟った。


 跳躍によって距離を縮めベネディクトへの合流を試みるセシル。


 セシルにとって普段のチームワークを駆使する戦場とは異なった、スタンドプレーが重要な攪乱作戦だったが彼は即座に順応していた。


 だが全身の力を足に込めた瞬間、大きな魔力反応を感じて咄嗟に大地を割りながら急停止する。


 彼の背後に「ゲート」を通じて現れたのは技術局の制服を着た神経質そうな細身の男と、戦場には不釣り合いな簡素な服を着た黒髪の少女。


 セシルは二人を交互に見やり、膨大な魔力を持っているのが少女の方であることを確信すると同時に驚く。


 それは「原石」には及ばずとも、通常の魔術師数人分の魔力を持つとも言われるフレデリカのそれを遥かに上回るものだったからだ。


 即ちそれは少女もまたセシルと同じ「原石」であることを示していた。


 少女が横の男に指示を求めるように伺う。


「ハインリヒ?」


「少し彼と話がしたいな」


 ハインリヒと呼ばれた男が疲れた顔をしてセシルに歩み寄る。


「それ以上近寄るな。何故技術局と騎士団の反乱に『原石』がいる?」


「君こそベネディクト子飼いの『原石』じゃないか。『原石』の君こそ何が目的でここまで来たんだ?」


「王都の緊急時に反乱を起こした賊を討つ以外の目的があると思うか?」


 『原石』であることを見抜かれた驚きを顔に出さないように努めるセシルとは対照的に、ハインリヒは頭を少しかいてから呆れたようにセシルにまた問いかけた。


「そうじゃない。君はどうして『原石』という利用されるだけの身分で教王府にさらに利用される道を選んで今日ここまで戦ってきた? 利用される立場を決める枠組みを壊そうと思ったことは?」


「俺はただ理不尽を振りまく使徒のやり方が許せないだけだ。その子を引き渡せ、特務騎士団と“天馬遊撃隊”が責任を持って保護する」


「保護? はは、保護ね。教王府の実験でミアはあと半年しか生きられないというのに。理不尽を振りまくのは教王府も同じだよ」


 ハインリヒが一歩下がり、少女が前に出た。


「ベネディクトがすごい勢いで攻めてきたからここまで転移したのはいいが“人形狩り”に出会うとは災難だな。ミア、やれるかい?」


 ハインリヒの問いかけにミアという名の少女が頷き、手にしたナイフを構える。


 セシルは数々の戦いを経て、敵の言い分を真に受ける必要はないということは理解していた。


 転移してきた直後に出会った空間を爆破する少年やオットーを目にした際、動揺や激情に心を揺さぶられたことを省みてセシルはできるだけ平静を保とうとした。


 しかし敵の言葉が全くの嘘でもないことも感じてわずかに戸惑う。


 セシルが逡巡した隙を突いて爆発的な加速でミアが接近する。


 彼女は魔力による身体強化を心得ていた。それは今までセシルが戦ってきた使徒の精鋭たちと同等とも言えるものだ。


 セシルの懐に飛び込んだミアが、彼の胴目がけてナイフを突き出す。


 追撃を想定して避けることを諦め防壁を展開していたセシルだったが、刺突を受け止めた瞬間の魔力の違和感に突き動かされて後方へと跳んだ。


「気付いたかな。ミアは君と同じ『開花』した『原石』と同等の力を持っている。まあ不完全な技術で引き上げられた力だから純粋な覚醒ではないし、寿命の話はその影響だよ」


 セシルは展開したままの防壁が消失したことに気付き白剣を生成した。つまりセシルの違和感は杞憂ではなかった。


 そして考える間もなく再度加速するミアを迎え撃つ。


「なるほど。君の『原石』としての力は未知の物質を生み出し操る力か。中々に興味深いね」


「俺の『原石』としての力だと? 皆『開花』すればこうなるんじゃないのか!?」


 思わずセシルはハインリヒに問いを投げてしまった。


 彼自身「原石」について知らないことは多い。これまで同じ存在に出会ったことがなかったからだ。


「違うよ。それにしてもようやく僕に心から興味を持ってくれたようだね。じゃあ、質問に答えようか」


 ミアは果敢に短いナイフを振り回してセシルの白剣と打ち合う。ナイフも魔力で包まれ強化されており、若くして高度な戦闘能力を有していることを示している。


 剣とナイフがぶつかる度に、セシルの白剣が黒く変色していく。


(この力は何だ? さっきの防壁もそうだけど、魔力が濁るような説明のできない気持ち悪さがある……)


「ミアの力は相手の魔力を汚染する毒のようなものでね。君の防壁が崩れたのはそれが理由だ。つまり魔術師の力の根本の天敵、“魔術師殺しの毒”さ」


 ミアの放つ力のこもった一閃でセシルの白剣が砕けた。


 ハインリヒに気を取られたセシルは判断が遅れて再度の白剣生成が間に合わない。


 幼い少女の“毒”をまとった一撃がセシルに迫っていた。


 セシルはすんでのところで剣の生成に回そうとしていた第五元素を解き放つ。


 吹き飛ばされたミアはナイフを地面に突き立てながら器用に着地した。彼女はハインリヒの立っている地点まで押し戻されている。


「あれ、強いよ」


「仕方ない。僕も参戦しようか」


 “雷杖”を構えるハインリヒ。


 これでセシルはただでさえ手強い「原石」に加えて最新兵器を持った二人を相手取って戦わなければならなくなった。


 そしてハインリヒの放つ砲声と共に戦闘が仕切り直された。

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