第58話 憎悪
「こんなところで何をしてる! 答えろ!」
反乱軍の一部隊を指揮している嫌味な元上司であり、初代“天馬遊撃隊”隊長でもあるオットーの姿を見つけセシルは平常心を失う。
夢中で目の前の騎士を斬り伏せ、オットーへと距離を詰めようとするセシル。
だが彼が気付くと、自身を取り囲むように展開していた騎士たちが後退していた。
そして入れ替わるように前進してきた技術局員たちが一斉に杖状の魔導器“雷杖”を構える。
それらの先端に魔力が集中していることを感じたセシルは、咄嗟に第五元素の噴出と身体強化によって右方に跳んだ。
臓腑に響く轟音と共に土元素の弾丸が立て続けに発射され、先ほどまでセシルがいた空間を裂いて通り過ぎる。
(新種の魔導器か! 使徒に向けるべきものを、あいつら!)
「砲撃部隊は下がれ、貴様らは奴を後衛に近づけるな!」
オットーの指示が飛び、技術局員たちが後退し、騎士達が前へ出た。
量産型の“雷杖”……正式名称「爆導槍二式」は発射口の負荷を抑えるために、指揮官による許可が下りるまで連射の制限がされていた。
オットーが一度砲撃部隊を下げたことにはそういった背景があった。
再びセシルに対峙する騎士達もセシルの牽制に徹し、一定の距離を保ち続けようとする。
「答えろ! 騎士団と義勇軍にあれだけ犠牲を出しておいて、今度は何のつもりだ!」
辺境出身者としてこれまで彼がオットーに感じてきた嫌悪感は敵意と憎悪に変化しつつあった。
セシルが距離を詰めるが突然目の前の騎士達の姿が消える。
何が起きたのかほんの一瞬逡巡した彼の前方には、いつの間にか砲撃部隊の技術局員達が“雷杖”を構えていた。
(転移!? でもあれは空間に干渉する魔術でも高位のものだったはず……)
ベネディクトとの合流前にセシルとグレースを襲った騎士たちも同じ動きをしていたが、セシルからすれば連続して転移をする集団というのは使徒相手でも見たことのない事象だった。
「撃て!」
後衛の部隊が再び土くれの魔弾を放つ。
今度の斉射はセシルに回避されることを想定しているようで、それぞれの杖は左右の逃げ場を塞ぐ形に向いていた。
セシルは敵の武器が連射のできないことを察し、手のひらを重ね合わせて出力を上げた第五元素の防壁で防ぐ。
魔力のぶつかり合いに加えて質量を持った衝撃が防壁を揺さぶる。
(謎の集団転移を繰り返して後退するだけ……何のつもりだ、オットー!)
砲撃を終えたばかりの部隊はまた後方に戻り、騎士たちがセシルと距離を置いて出現した。
彼が前進した分、敵の部隊は後方へと退く。
不可解な動きがセシルの抱くオットーへの苛立ちを煽り立てた。
「逃げの一手か! お前はそうやっていつも俺たちに指示を出すだけで何もしなかったな!」
「調子に乗るな、辺境のガキ! 貴様は私の手のひらで踊っていただけにすぎん! 用兵も知らん馬鹿が!」
そこでセシルはようやく自身がグレースやベネディクトから遠い位置に孤立していることを理解した。
背後に数人の騎士の気配が迫っていた。セシルは前衛部隊の数が減っていることに気付く。
オットーは前衛と後衛の入れ替えの際に少しずつ騎士の数を減らして伏兵として備えていたのだ。
前方に展開していた部隊もセシルに向かい突撃を開始した。
(後衛の砲撃部隊の姿がない!)
向かってくる騎士達の後ろに見えるのはオットーの姿だけ。
セシルを前後から挟撃している騎士は陽動で、本命は強力な一撃で「原石」すら殺傷し得る“雷杖”を手にした後衛部隊だった。
「どうだ英雄気取り! 小勢しか率いたことのない貴様には、生まれ持った才に頼って戦うだけの貴様には、到底真似できんだろう!」
「そんな才能があるならどうして王都の動乱収拾に役立てようとしない!? 今思えば使徒の演じる偽隊長の方がまだまともに隊長として働いていたな!」
「……殺す!」
セシル目がけて突進していた騎士達が一斉に動きを止めた。前の部隊も後ろの部隊も同時に。
次のオットーの一手はセシルの左方に砲撃部隊を展開し、騎士の壁に前後から挟まれた彼を狙い撃ちにするというものだった。
これは逃げ場を封じ、集中砲火を浴びせることでセシルを確実に仕留める作戦。砲撃に対して防壁を展開すればその隙を騎士達が押し潰すという二段構え。
何度も転移を繰り返していたのは伏兵を仕込むためだったが、転移そのものを警戒させない目的も同時に存在していた。
この時セシルは初めてオットーがただの「出世だけを望む無能」ではないことを知る。
だからこそ心の中で燃える怒りは急速に冷め、能力のある者が国の緊急事態に得体の知れない反乱へ加担しているという事実への呆れが勝った。
大地を揺らすような無数の爆発音が響く。壁に行く手を阻まれたセシルは足へ己の魔力を極限まで集中させて跳ぶ。
それと同時に彼の遥か下方を土弾が通過した。
「何だと!?」
オットーの策はセシルに簡単に超えられた。それは彼がセシルの第五元素による跳躍を把握していなかったからだ。
空中でセシルの両肩は第五元素を勢いよく噴き出し、彼の身体を急降下させる。
さらにつま先からも元素を放出して勢いを殺し、滑らかにオットーの眼前に着地した。
「お前に指揮の能力があるのは認めるよ。けど、お前は天馬”のとき決して前線に出ようとしなかった。だから部下だった俺の力のことも把握できていない。宝の持ち腐れだ」
セシルに白剣の切っ先を突きつけられ、オットーは怯え切って返事ができない。彼は駆け寄ろうとする部下に震える手で制止を命じた。
「部隊の転移について答えろ。技術局の新技術なのか、お前の仕業か。素直に答えれば殺さないでやる」
「絶対に私の命だけは保証しろ! それが条件だ!」
自分が生き延びる可能性が見えた途端、態度を急変させるオットー。
「早くしろ」
「技術局の新しい付呪だ! 付呪をした二種類の札を持たせて対応する札を持つ者を入れ替えたり、別の札の場所に移動できる。予め設定した範囲でしか使えない試作品だがな……これで満足か!?」
集団転移についてオットーはセシルの想像以上に簡単に、そして多くの情報をもたらした。
「ああ。お前の生死には意味がない。だから殺しもしない。もう一つ聞く。この反乱でお前が騎士団に返り咲く道は完全に断たれた。何が目的だ」
「黙れ黙れ! あのロバート……ヨロイに演習計画を漏らされ、立案者の私はお役御免だ! そして騎士団と教王府は責任者の私を切り捨て体面を保った! 全部、全員敵だ!」
どこまでも自己中心的な言い分をするオットーをセシルは心底軽蔑した。
「部下を投降させてどこへとでも消えろ。お前の嫌いな辺境なら追っ手も来ないだろうな」
そう吐き捨ててオットーに背を向けたセシル。
そしてオットーは使い捨ての極小型“雷杖”を軍服の袖から手のひらに滑らせ、セシルの頭部を狙う。
「死ね! 馬鹿が!」
勝ち誇った顔のオットーの右手が“雷杖”ごと破裂した。背後から魔力の気配を感じ取ったセシルが、特に魔力の集中していた発射口に凝縮した第五元素を詰め込んだことによる暴発だった。
「あああああ! 手が、手……手が! ああ、ああああ!」
膝から崩れ落ち、手のひらの吹き飛んだ腕を押さえながら血と涙、よだれを垂れ流してオットーが絶叫する。
上官の無様な敗北を見た反乱軍の部下達は一人、また一人と武器を地面に捨て始めた。
セシルはもう、出世欲と復讐に囚われた元上官の姿を見る気が起きなかった。
反乱軍の一部隊を戦意喪失させ制圧したセシルは、振り返ることなくグレース、ベネディクトと合流すべく走り出した。




