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第5話 編入

 翌日。未知の世界である学園生活へ向け意気込んでいたセシルだったが、午前中は編入手続きとオリエンテーションで潰れ、所属する学級に顔出しできたのは午後の講義中であった。


 彼はいつ誰が採寸したかわからない制服に袖を通していた。


 その間、一晩のうちに編入の根回しをしてみせたベネディクトの驚異的なコネクションを身に染みて理解するセシル。


「えー、みなさん。講義の途中ではありますが、転入生を紹介します。セシル君です。自己紹介をお願いできますか?」


 セシルの学級を受け持つ教官であるブレンダに自己紹介を促される。


「セシルです。よろしくお願いします。」


 クラリッサがセシルに向かって手を振る。


「セシル君、名前の綴りを教えてもらってもいいですか?」


 ブレンダに黒板へ名前を書くことを催促されるが、セシルは今まで読み書きの教育を受けたことがなかった。


 その為、黒板に映し出された地図に記された字が地名を意味していることも理解できない。


 セシルは正直に読み書きができないことをブレンダに告げた。


「それは……失礼しました。それではセシル君は空いている席に座ってください」


 教室内がどよめく。


 セシルが空いている席に向かうと、教室内からセシルを非難する声が上がった。


「字が読めねーのに学校通ってどうすんだよ。バカバカしい」


 声を上げたのは、制服を着崩した橙色の髪の少年だった。


 彼は名をアレキサンダーといった。


 そしてセシルが向かっていた空席こそ、暴言を吐いたアレキサンダーの隣の席だった。


「わざわざ俺のところに来るとか、舐めてんのか?」


「俺にも事情があって“アカデミー”に入学したんだ。気を悪くしたなら済まない」


 アレキサンダーは舌打ちした後、勢いよく立ち上がった。


「文字も読めない大馬鹿の編入かよ。“アカデミー”も随分と質が落ちたもんだな!」


 彼はそのまま席を立ち、教室を出ていこうとする。


「行くぞお前ら。バカがうつるぜ」


 取り巻き連中の数名が、アレキサンダーの後に続いて教室を出て行った。


 そして気まずい空気が流れる中、講義が再開される。


「ローレ・デダームを周囲を覆う森の内側全体が我が国家の領土として──」


 なんとか平静を装っていたが、セシルの手は震えていた。




 男子寮の談話室、そこを占拠するようにアレキサンダーとその取り巻きが居座っていた。


 当然講義中の談話室の使用は禁じられている。


 教室での暴言や授業のボイコット、談話室の使用といった数々の違反行為が黙殺されているのは、アレキサンダーが名家の生まれであり、さらには王立魔導騎士養成機関“アカデミー”現学長の一人息子だからである。


 しかし彼の行う無茶が通るのは親の存在だけではない。


 一年生の成績トップを争うほどの学力と、学内で右に出る者はいないほどの優れたゴーレム魔術の実力を兼ね備えていたからである。


 実際、彼は王国騎士見習いとして一時的に“アカデミー”を離れており、異端との戦いで功績を上げて復学したのだ。


 将来有望な騎士になるであろう学長の息子。


 学園に彼を諫めることのできる者は存在しなかった。


「転移しか能がない山猿女もそうだけど、字も読めないやつまで編入してくるなんておかしいだろ。学長権限でどうにかならないのかよ、アレキサンダー君」


「うるせーぞ、ヘルマン」


 取り巻きの一人がアレキサンダーへ学長への抗議を促すが、冷たくあしらわれる。


 山猿女とは、山育ちながら我流で実戦級の転移魔術を身に着けた彼女への揶揄とやっかみだった。


「“黒犬”と繋がってるんだろ? あの山猿女。山猿女が何日か“アカデミー”を空けてたと思ったら、無能の編入だ。おかしいと思わないか?」


 別の取り巻き、ルークがアレキサンダーへ情報を提供する。


 “黒犬”とは黒い軍服を着用している特務騎士団の蔑称だった。


「あいつら特務の繋がりで入ってきたのか? 王都中で使徒のことコソコソと嗅ぎ回りやがって。ローレ・デダームの国民は騎士団が守って、異端と使徒は異端審問官たちが叩く。そうやって世の中回ってんだろ? 偉そうなだけの“黒犬”なんざ必要ねえんだよ」


 かつて王国騎士団の高官であった現学長の特務嫌いは、息子のアレキサンダーへ色濃く受け継がれていた。


「あの“アカデミー”の質を下げてるバカ、アレキサンダー君のゴーレムで畳んじまおうぜ」


 だがソファーに座ったままその発言をした取り巻きの腹部を、立ち上がったアレキサンダーが踏みつけた。取り巻きは苦痛に耐えながら謝ろうとするが、声が出ない。


「俺に指図するんじゃねえよ、ディーン。次やったら殺すからな」


 そう言いながらも、アレキサンダーの中の苛立ちが治まることはなかった。




「まあ、あんまり気にすんなよ。アレキサンダーって誰にでもああいう奴だから」


 講義が終わり、話しかけてきたのは赤髪の少年。


「ああ、ありがとう。田舎出身で学がないからこういうこともあるんじゃないかとは思ってたけど……」


「オレはお前のルームメイトのヘンリー、よろしくな。少なくとも俺はそういうこと気にしないから安心? してくれよ」


「俺はセシル。ありがとう、こっちこそよろしく」


 セシルが握手を求め、ヘンリーがそれに応じる。


「オレと仲良くしたっていいことないぜ? 騎士志望はちょっと厳しそうだから就職を視野に入れようと思ってるくらいだしな」


「就職? ここを卒業したら騎士になるんじゃないのか?」


「まさか。出世が望めるエリート王国騎士になれるのなんて、ここのほんの上澄みだけなんだぜ。一応騎士団の事務方とか整備係とか、そういう枠から上を狙う道もあるけどな。でも“アカデミー”なら学費はないし、卒業さえできればいい仕事を斡旋してもらえるからな。ここの卒業生は世間からの評判がいいし、給料も期待できる。お互いがんばろうぜ」


 打算的な将来像を語りつつ、セシルはヘンリーが自分のことを励ましてくれている様に思えた。


「それじゃあ後で。実はまだ編入の手続きが済んでなくて、ブレンダさんのところに行かないといけないんだ」


「ブレンダ教官? どこにいるか知ってんの?」


「うん。第二応接室の近くで待ってくれてるって」


 意外にもヘンリーはブレンダの話に食いついた。


「あの人、放課後いつもどこにいるかわかんなくて困ってたんだ。サンキュな」


「ヘンリーもブレンダさんに用事?」


「ああ、付呪の応用について質問したかったところなんだ。セシル、用事があるなら一緒に行こうぜ」


 教室を出てセシルはヘンリーと共にブレンダの下へと向かうことになった。


「騎士の道は諦めてる様なこと言ってたけど。なんだよ、真面目に勉強してるんじゃないか」


「ないない! 最近は使徒も活発だろ? だから魔導器の需要が高まってるし、付呪師自体も高給取りになってるわけで。そんなだからこの魔導器需要が続いてるうちに付呪をマスターしておきたいんだ」


「付呪ってのがよくわからないけど、そこまで先のことを考えてるなんてヘンリーはすごいな」


 セシルはヘンリーに素直な感想を告げた。


「マジ? お前付呪のことも知らないで編入してきたのかよ」


「ええと勧誘されてきたのはいいけど、正直魔術についてはほとんど素人みたいなものなんだ。後学の為にも付呪について教えてもらえると助かるんだけど」


「いいぜ。付呪っていうのは簡単に言うと疑似的に魔術を再現できる道具、“魔導器”を作成する魔術のことでさ。具体的に言うと『耐火のアミュレット』とか『応急防壁』、『魔弾の指輪』みたいな道具を作ることだな。利点は少量の魔力でそれ以上の効果を発揮できることだ。店売りはできないけど『転移の符』なんかも付呪で作るものなんだぜ」


 付呪のことを勉強しているということだけあって、滑らかな解説だとセシルは感じた。


「なあ、暇なときでいいからオレが付呪で作った試作品、試してみてくれないか?」


「へえ、どんなやつなんだ?」


 セシルは興味津々で尋ねた。


「相手を気絶させる符。使うときは額に貼ってくれよな」


「額に貼れるほどの距離なら殴った方が早くないか?」


「じゃあ、自分に使ってみて感想を聞かせてくれよ」


(うーん。ヘンリーが一流の付呪師になるにはまだまだ時間がかかりそうだな)


 セシルはヘンリーに関心したことについて、ちょっと損をしたかのような残念な気持ちになったのだった。

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