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第57話 混沌

 ランドルフがセシルに使徒について知り得たことを尋問していると、突然“首輪部隊”の一人が特務騎士団司令官執務室へ駆け込んできた。


 息を切らしたその男はグレースへ使い魔の運んできた手紙を渡して退室する。


「グレース、何だ」


「はい。技術局と騎士団の一部が混乱に乗じて反乱を起こしたようです」


 グレースは淡々と応じ、ランドルフは目を細めた。


「こんな事態に技術局を訪ねていた大馬鹿者の司令官がいたような気もするが、お前はどうする」


「……俺ですか?」


 ルキウスとの圧倒的な実力差を感じ、無力さに打ちのめされていたセシルが聞き返す。


「お前以外に誰がいる。俺は奴から“首輪部隊”と共に特務騎士団本部防衛の名目で指揮権の一部を移譲されているが、それ故にこの場を離れることができない。今、騎士の多くが混乱の収拾に割かれている。なら無傷で魔力も無尽蔵なお前が一刻も早く現場に急行すべきだな」


「でもプロメテウスを失ったこの国は、もう……」


「黙れ」


 ランドルフに一瞥され、その気迫にセシルは絶句した。


「お前ができないと言うなら俺が動く。ここはがら空きになるが、動かせる戦力が他にないからな。ただ、特務騎士団が陥落すればあいつが守り抜いてきた努力と犠牲が無意味になる。それをお前が望むというなら仕方あるまい」


「そんなわけ、あるわけないじゃないですか……!」


「グレースを付けてやる。さっさと行け。これ以上無駄に時間を食うと最悪の事態に至りかねん」


 弱り切ったセシルにランドルフの言葉は深く突き刺さった。


 教王府を敵に回す「原石」としての自分を受け入れ、魔術師として、騎士として理不尽に抗えるようになるきっかけを作ったベネディクトの思いと期待。


 セシルにとってそれを裏切るわけにはいかなかったからだ。


 彼は後ろ向きな感情を振り払って立ち上がった。


「……現場への転移をお願いします」


 ランドルフは黙ったまま執務室に「ゲート」を作成して眼帯の少女、グレースへ視線を向けた。


「行ってまいります。マスター」


 セシルとグレースは「ゲート」に入り、反乱の最前線へと飛ばされた。


 *


「ここは……」


「王都の西門付近ですね。門の外には技術局の新兵器実験場があります。そこに武器となる魔導器を集めていたのでしょう」


 冷静に分析するグレースに感心しつつ、セシルは警戒を怠らない。


 そして二人を挟むように前後から突然二人の騎士が襲いかかった。


 セシルは背後から迫る騎士を圧縮した第五元素で吹き飛ばし、前方の騎士をグレースが魔眼の視線で動きを止めた。


 ロキの干渉によって能力が向上したときほどではないが、プロメテウスに謁見してからセシルの魔力に対する感覚は鋭敏になりつつあった。


「何らかの魔導器によるものでしょうか。転移の前兆がありませんでした」


「なるほど。なら、反動勢力の拠点まで気を付けて行こう」


「あなたが仕切らないでください。私の方が実戦経験はありますので。そして以降彼らを反乱軍と呼称します。まあ、賊軍でもかまいませんが」


 ランドルフに対してのものとは打って変わった態度にセシルは困惑する。


「これより本隊の到着までに敵陣営を攪乱します」


「本隊の指揮は誰が執るんだ?」


「知りません。私に聞かないでください。無駄ですので」


 グレースにあしらわれながら歩くセシルは、背後から鋭い魔力の反応を感じ取り勢いをつけて振り向いた。


「やあセシル君。みっともない姿で申し訳ないが、私だよ」


「ベネディクトさん! その怪我……!?」


 二人の背後に現れたベネディクトのコートはぼろぼろになり、右脇腹に出血による大きな染みがあった。


 その姿は大怪我をしているように見えたが、平然とセシルたちに向かって歩いている。


 実のところミアの魔力が体内に残留し、彼の傷はまだ治癒していない。


「身から出た錆というやつさ。拠点には私も同行させてもらうよ。さっき合流前の一団を潰して反乱軍の使用する『転移の符』を手に入れたから直接飛ぶつもりだ。異論は?」


「いつまでマスターを特務の本部に拘束するつもりか知りませんが、あなたは本来の責務を全うすべきでは?」


「これは手厳しい。だが私にも譲れない理由がある。ランドルフ先輩は理解してくれると思うよ」


 グレースの反論に切り返してから彼は動揺しているセシルへ声をかけた。


「心配をかけた。その様子では他にも何かあったみたいだね、セシル君。何も考えるなとは言わない。けど悩むのは全てが片付いてからだ。いいかい?」


「俺のことよりその怪我はどうしたんですか!? 異論なんかあるに決まっているじゃないですか!」


「情けない話だが不覚を取ってね。治療はもう済んでいるから安心して欲しい」


 ベネディクトはセシルにゆっくりと言い聞かせる。


(ベネディクトさんが不覚を取る敵? そんな危険な奴がそういるはずがない……)


 疑念を抱くセシルだったが、ベネディクトの有無を言わせない気迫に圧された。


 そしてセシルは大きく深呼吸をし、両手で頬を叩いてから言った。


「行きましょう」


 グレースは不服そうだったが、相手が実力も地位も遥かに格上であることを理解しているので口には出さなかった。


 ベネディクトは反乱軍から奪ったという「転移の符」を起動し、「ゲート」を出現させる。


 セシルが前衛となり左手に防壁、右手に白剣を生成して跳び込んだ。


 敵の本陣は石造りの簡素な建物を中心に展開していた。本来は魔導器の威力や効果を観測するための施設だったもの。


 反乱軍の主要な構成員は正規の騎士たちと、それぞれ魔導器で武装した技術局の制服を着た者たち。


 そしてセシルの目の前には薄汚いぼろを身にまとった痩せた少年がいた。


(子供!?)


 セシルは振り上げた剣を振り下ろすことを一瞬躊躇する。


 その一瞬で少年を魔力が包み込み、セシルに向けて魔術を発動させていた。


 セシルが防壁を全面に展開し身構えると、セシル前方の空間が爆発する。


 彼は間一髪で爆発を防ぐが、二発、三発と連続して空間そのものが破裂した。


「“天馬遊撃隊”の隊長がこの期に及んで何!? 甘さは捨てなさい!」


 グレースの叫び声と共に魔眼の視線を受けた少年が昏倒する。


「けど……!」


「この反乱軍には『原石』を含む教王府による実験の被検体たちが参加している。セシル君の気持ちはわかるが、下手な手加減は命取りになりかねないよ」


 ベネディクトが迫りくる騎士を返り討ちにしながら、冷たい現実に目を向けさせる。


 教王府に利用されていることに疑問を感じていたセシルではあったが、自分よりももっと過酷な境遇にあったと思われる少年を目の当たりにしたことで迷いは怒りとして燃え上がった。


「クソッ!」


 セシルは騎士や武装した技術者たちを斬り捨て前進する。その先にこの小部隊の指揮官と思われる人物が見えたからだ。


 彼がそう判断を下したのは、その男が王国騎士団所属高級将校の制服を着ていたことによる。


「第二小隊に敵襲! 近くの部隊はとっとと救援を寄越せ!」


 覚えのあるその声を聞いたセシルは目を見開いて驚きの色を示したが、彼はもう迷わなかった。


「貴様ああああッ!」


 セシルの絶叫が戦場に響く。


 彼の怒りの理由。それはその男がセシルの元上司であり、“天馬遊撃隊”初代隊長を罷免された王国騎士団のオットーだったからだ。

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