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第55話 蜂起

「君が光になれ」


 プロメテウスの最後の言葉を反芻しながら、セシルが転移空間を抜ける。


 するとそこは見慣れた王国特務魔導騎士団……つまり、特務騎士団の司令官執務室だった。


 どういうわけかベネディクトは出払っているようで、彼の席は空いたままだ。


「俺……どうして……」


 状況が理解できないセシルだったが、横合いのソファーに人影があることに気付く。


「間一髪だったな。お前が俺の介入を避けでもしていたらこの腕が吹き飛んでいたところだ」


 執務室のソファーに座っているのは異端審問官、“首輪”のランドルフ。


 先ほどミラ・ダージュでセシルを王都まで転移させた男。


 今度は教王府の地下から執務室まで転移させ、セシルを救ってくれたらしい。


「マスターがあそこまでの危険を冒す必要はなかったかと。使徒の首魁が彼に魅入られているのであれば、命だけは助けたでしょうから」


「相手はあのルキウスだ。奴は他人と連携を取ったりしない。親玉のお気に入りだろうが殺されていてもおかしくないと判断した」


 ソファーの後ろに立っているのは眼帯をした少女。ランドルフの副官、“魔眼”のグレース。


「俺、何もできなくて……見てるだけ、いや反応すらできなかった……」


 セシルが膝を震わせる。


 プロメテウスとロキが話していた内容のほとんどは、彼には理解できていなかった。


 だがおそらく取り返しのつかない場面に立ち会い、その上で何もできなかったことを実感し、それが大きな衝撃や動揺を与えていた。


「思い上がるな。お前ごときが何かできる相手ではなかった。今までにどれだけの異端審問官が奴の手にかかったと思っている」


「でも俺が、ちゃんとしてれば……増援だって、来たかもしれなくて……」


「使徒の親玉とルキウスより強い増援がか? それ以上ごちゃごちゃと言うな。無駄だ」


 グレースが特務騎士団のティーセットを勝手に使って入れた茶を飲みながら、吐き捨てるように言うランドルフ。


「で、お前は何の縁があって使徒の親玉に狙われているんだ? 使徒の親玉という呼び方も面倒だ。名前を教えろ。それがお前を助けた理由だ」


 こういった話はベネディクトに判断を委ねたい気持ちもあるセシルだったが、当の本人が不在なのでどうしようもない。


 ランドルフの射抜くような視線に耐えかねて、セシルは状況を説明した。


 使徒の指導者は黒父ヴァルデマールの祖先のロキであり、魔術師の身体を器として移し替え生き永らえているということ。


 王都襲撃の混乱に乗じて真の教王プロメテウスの命を奪いに来たこと。


 そして自身が「原石」であることを。


 彼らはセシルが「原石」であるということにはさほど関心を抱かなかった。


 セシルには二人がとことん異端狩りにしか興味がないように見えた。


「ロキ……聞き馴染みのない名前だ。マークしている使徒や異端には無い名前だと思うが、どうだグレース」


「マスターのおっしゃる通りです。私も初めて聞きました」


 ローレ・デダームが作られた世界である話や、魔術社会の欠陥については伏せておいた。


 他人に説明できるほどセシル自身が咀嚼しきれていなかったし、プロメテウスの存在を知るランドルフであっても簡単に明かしていい話だとは思えなかったからだ。


「俺からも質問いいですか。ベネディクトさんはどこです」


「出かけた。王都の混乱を鎮めるために技術局に協力を求めるつもりだそうだ。机にかじり付いてばかりの連中に何ができるか疑問だが、当てがあるのだろう」


 技術局。正式名称「王立魔導技術局」はローレ・デダームにおいて魔術の研究や魔導器開発を主に担う機関だった。


 確かベネディクトの“アカデミー”同期に関係者がいるという話をセシルは思い出した。


 ベネディクト、ヴァルター、フレデリカ、ルキウスといった異才揃いの中で“アカデミー”を主席で卒業した男、ハインリヒ。


 他の追随を許さない座学の成績と、やや苦手な剣術を補って余りある魔導の才能。


 在学中に開発した魔導器が騎士団に正式採用されたという逸話を持つ天才。


 そして騎士団幹部候補の道を蹴り、技術局入りを志願した変わり者。


 だがハインリヒは同僚や上司に才能を嫉妬され長年不当な扱いを受ける間に、ある「野望」を芽生えさせていた。


 かつての友人ベネディクトであっても、その事実に気付くことはなかった。


 王都の動乱というかつてない事件の中、ハインリヒの積年の思いが萌芽しようとしていた。


 *


 王都の外れ、王立魔導技術局の研究施設の一つ。


 研究所周辺の住民たちは教王府前の広場から逃げてきた避難民の姿を見て、避難の準備をしたり、中央広場で何があったのか探ろうとしたりとそれぞれの反応を見せた。


 そんな人混みの中でフードを目深に被った男が一人。


 特務騎士団の司令官、ベネディクトだった。


 この未曾有の危機に護衛も付けずに技術局を頼ったのには理由があった。


 対使徒用の決戦装備の試作品が実戦投入間近だという確かな情報を掴んでいたからである。


 そして開発責任者はベネディクトの“アカデミー”同期である王立魔導技術局魔導軍装第二開発室の室長ハインリヒだという。


 つまりはその決戦装備を特務で借り受け、王都へさらに投入されるであろう使徒に対処するつもりなのだ。


 ベネディクトは今までの経験から使徒の攻勢が終わったとは判断していなかったのだ。


 ただ彼の想定よりも事態は深刻だった。


 既に使徒の指導者ロキとルキウスが教王府の深奥に到達し、さらに王都へ有象無象の下級使徒を転移させる計画が進行中だったからだ。


「私だ。入るよ」


 フードを下ろしてベネディクトが室長ハインリヒの部屋に入る。


 普段は王国騎士が警備のために巡回しているが、非常時のため皆出払っていた。


「やあ、久しぶりだねベネディクト。さ、かけてくれ」


 机の上には山積みになった図面と試作品の部品が散らばっている。


 椅子に腰かけたハインリヒは年齢の割りに白髪の混じった前髪をいじりながら、ベネディクトを笑顔で迎え入れた。


 彼の机の上には杖状の魔導器が置いてあり、王都の危機など我関せずといった様子。


「立ったままで十分だよ。時間がないんだ。単刀直入に……」


「用事は僕にというより“雷杖”にある、そうだろ?」


 ハインリヒによる芯を食った発言にやや面食らうベネディクト。


「流石、話が早いね。“雷杖”の試作品を一部、いや数は多いほうがいいが……至急特務に回してもらえないかな?」


「“雷杖”……正式名称『試作爆導槍二式』。まだ改善の余地はあるけど、騎士団の次期主力軍装となる予定の自信作さ」


 ハインリヒが机の上に置いた魔導器を手に取り、愛おしそうに撫でる。


 どうやらそれがベネディクトの目的である「雷杖」らしい。


「ベネディクト、君に質問だ。魔弾がどうして対魔術師戦での決定打に欠け、緊急時の補助魔術扱いなのか。君なら当然分かると思うけど」


「魔力だけで構成された魔弾は、相手の魔術師を覆う魔力の干渉を受けやすいからだね。魔力の塊でもある防壁に弱い理由でもある。まさか技術局所属の君がわざわざ私に聞く話でもないだろうに。急いでいるんだ。“雷杖”の件、できれば即決して欲しい」


「この“雷杖”のアイデア自体は単純極まりないんだよ。壁や地面といった土の元素を集め、質量弾にして魔力で撃ち出す。でもそれを完成させたのは僕だ。使徒から『原石』の存在を隠すための魔力隠蔽の首輪。あれも僕が作った。魔導軍装第二開発室の室長……聞こえはいいけど、第一と第二の差は歴然だ。予算は少ないし、その中で生まれた成果の多くは第一開発室にかっさらわれる。いつかは報われると信じて研究に打ち込んだ。だが……」


 ハインリヒの顔から笑みが消えた。彼ほどの才能を持った研究者はいないとベネディクトは思っていた。故にハインリヒの語っている境遇はにわかには信じられなかった。


 故にベネディクトは思考が鈍り、魔力のわずかな流れを見逃してしまう。


「もううんざりなんだよ。ただ搾取されるだけの人生は。そして思ったんだ。奪われるだけの世界なら、世界のそのものを変えてしまおうってね」


 ハインリヒの声は疲れ果てた者のそれに変わる。長年の冷遇の末、いつからか彼の心には狂気が潜むようになっていた。


「……ベネディクト、君も奪う側の人間なのか?」


 何もかもを奪われた男は手にした杖の先端をベネディクトに向け、轟音と共に土くれの弾丸を放った。

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