第53話 四祖
呆然とする隊員達の後方からパチ、パチと拍手する音が聞こえる。
驚いて振り向くとそこには異端審問官、ランドルフが立っていた。
すると突然彼らを囲む様に無数の“ゲート”が出現し、カーキ色の軍服を着たランドルフの部下たちが次々と転移してきた。
彼らはセシル達を取り囲む様に配置されていく。
想定外の出来事に動揺する“天馬遊撃隊”の隊員達。
「どういうつもりですか? ランドルフさん。それだけの兵を伏せていたのなら我々に加勢できたのでは?」
「加勢するつもりで来たのではないからだ。枢機卿がお呼びだ。激戦の後で悪いが付いて来い」
広場での枢機卿ゼノンとの会話を思い出すセシル。「“四祖の赤”についてどこで知ったのか問い質す」と。
「……もしかして用があるのは俺だけ、ですか?」
「理解が早くて助かるよ。無駄がないのはいいことだ」
早速ゲートを作成し、セシルを連れて行こうとするランドルフにヘンリーを筆頭とした“天馬”の一同が立ちふさがる。
「……無駄が湧いて出たな」
「セシルだけを連れていくってどういうことですか? 俺達は付いていけないんですか?」
ランドルフは質問には答えずに部下へ手で合図をする。“首輪部隊”の隊員達が一斉に魔弾の発射態勢に入る。
「枢機卿のご意思は教王陛下のご意思と同義と知れ。ゼノン卿の指令に貴様らは入っていない。早々に失せろ」
「でも……!」
魔力を込めた無数の指に囲まれてもなお食い下がるヘンリー。
「いいんだ、ヘンリー。これは俺が望んだ結果でもあるんだ」
「またお前は、そうやって一人で勝手に……!」
「もういい。俺の部下と戦うか、快く仲間を送り出すか選べ」
ランドルフの言葉を聞いて眼帯の副官グレースが一歩前に進み出て、部隊の指揮を取ろうとする。
「喧嘩しないの! セシルはみんなと約束して! 特務の本部でみんな待ってるから! 絶対に無事で戻ってくるって約束! ヘンリーもそれでいいでしょ?」
クラリッサが二人の間に割って入る。
「……言いたいことはまだあるけど、わかったよ。約束だからな!」
ヘンリーが拳を突き出す。
「ああ。約束だ」
セシルも拳を突き出し、ヘンリーの拳にぶつける。
「ゼノン卿を何だと思っているんだ貴様らは。まあいい、さっさと転移をするぞ。グレースはやつらを王都に送り届けてやれ」
ベネディクトには“四祖の赤”の語ったことについて口外することを止められた。
だが、やはり真実を追及せずにこの世の中を渦巻く理不尽を放置する気にはなれなかった。
ランドルフの目の前に発生した“ゲート”を前にし、覚悟を決めるセシル。
彼は固い決意と共に“ゲート”に飛び込むのだった。
*
セシルの転移した先は薄暗い広間。そこには広場で会話した枢機卿ゼノンが待っていた。
早々に“ゲート”で退室するランドルフ。
(また地下室か……)
ただ以前使徒の本拠地に連れていかれた際とは違い、部屋の中央部にはほのかな光を放つ“何か”があり、それが部屋を薄っすらと照らしていた。
「急に悪いな。“天馬”のセシル君だったか。我ら枢機卿が仕える“本物”の教王陛下がお待ちだ。急ぎたまえ」
(やはり教王に本物と偽物がいるという話は本当だったのか……!)
薄暗い広間は広さこそあったが、ゼノンとセシル以外に人の気配はなかった。
「その“本物”の教王陛下はどちらにいらっしゃるのですか?」
「君にも見えているだろうに。この広間の中央におわすのが教王陛下ご本人だよ」
中央の発光する物体に視線を向けゼノンが言う。
セシルが同じ方を向くと、光っているのは円筒状の透明な結界だった。
それは水色の液体で満たされており、水晶の様な半透明の人型が浮かんでいた。そして光を放っているのはその水晶の様な人型だった。
「やあ。“天馬遊撃隊”のセシル君。活躍は聞き及んでいるよ。僕がフリードリヒに指示を与えている本当の教王、というべきなのかな」
水晶の人型の声は、頭の中に直接響く様に聞こえてくる。
「……あなたは一体何者ですか?」
「フリードリヒの演説の才能を見出して傀儡にしているローレ・デダーム真の統治者。君に僕の存在を吹き込んだ者の名乗りに合わせるとすれば、“四祖の白”ということになる」
「“四祖の赤”に“四祖の白”? それって、使徒の黒幕とローレ・デダームの黒幕は繋がっているということですか!?」
思わず声を荒げてしまうセシル。
「不敬だぞ、天馬の。最後まで陛下の話を聞いてからにしないか」
「いいんだゼノン。彼が驚いても仕方ない。セシル君。君の質問に答えよう。“赤”の彼は他の“四祖”とたもとを分かったとは言え元は同志だった。だが今は明確な敵だ」
(“四祖の赤”の言う通り教王フリードリヒは偽物だった。しかし、本物の教王がかつては使徒の黒幕と仲間だった? どういうことだ。情報の整理が追いつかない)
動揺するセシルに教王、“四祖の白”は優しく語りかける。
「ゆっくりでいい。君の聞きたいことを一つずつ答えよう」
「……まず一つ目、何故俺に真実を明かそうとするのですか?」
そう、使徒の側に言わせればローレ・デダームは『原石』の魔力を燃料にして魔術体系を維持しているという欠陥を抱えた国家であるという。
ヘンリーには無事に帰るという約束をしたものの、教王側の出方次第では実力行使でこの場を逃げ去る覚悟をしていた。
その『原石』であるセシルに真実を告げる意味は何なのか?
それがセシルによる最初の質問だった。
「そうだね。まずはそこからだ。『原石』が燃料にされるという話は聞かされているのだろう? しかし君ほどの『開花』をした『原石』というのはとても珍しいんだ。それが“四祖の赤”によって段階を引き上げられたものだとしてもね。つまり我々は将来的に君を統治者側、つまりは教王府の一員になってもらおうと考えているんだ」
「俺に教王府入りしろと……?」
「そう、返事はすぐにではなくてもいいけどね。君ほどの人物を種火にしてしまうほど僕達は愚かではないよ」
想定外の回答にセシルは考え込む。教王府内部からこの世界を変えることができるのならば、そうすべきだと思う。
だがそれ以前に聞くべきことがあった。
「あなたも“四祖の赤”も一体何者なんですか? 赤とか白とか、本当の名前を教えてください」
「名前、ね。本来の名前は当の昔に捨て去ったよ。しかし“四祖”でのコードネームなら教えてあげよう。“プロメテウス”。それが僕の名だ」
とても人名とは思えない、初めて聞く不思議な言葉の響き。
「……ならプロメテウスさん。“四祖”とは何を指す言葉なんですか?」
「元は四人で始まった組織だった。世界を存続させる為に。しかし賛同者が増えるごとに始めの四人の立場が上がっていってね。その四人を“四祖”と呼ぶことになったわけだ」
「ローレ・デダームを存続させる為の組織ということですか?」
セシルはこの世界の成り立ちを知るという当初の目的を果たす為に問う。
「違う。人類世界を存続させようとした結果、ローレ・デダームが生まれたんだ」
想定を遥かに超えた話に口を閉ざすセシル。
「プロメテウスというのも旧世界の言い伝えから取った名前でね。“四祖”はそれぞれ『力を与える者達』にあやかってその名前を拝借したんだ。プロメテウス、ロキ、ルシファー、テスカトリポカとね。……君に言ってもわからないだろうが」
「ローレ・デダームが元々無かった、新しく作られた世界だった……?」
ようやくセシルは言葉を絞り出す。
「そう、この魔術世界こそが“四祖”とその賛同者達の創造した新世界。それまでは魔術もこの世界にはなく、一部の異能を持つ者が幅を利かせる歪んだ世界だった。この世界が完成する直前に“赤”は離反してしまったがね」
「それじゃあ、それなら、この世界を今歪めている使徒の黒幕が、この世界を作ったと?」
「そういうことになる。我が愚兄であり始まりの使徒……“四祖の赤”、ロキと共に作った世界だよ」
「そんな……」
今まで戦ってきた使徒の黒幕がこの国を作った一員だった。
セシルはそのプロメテウスの話に対して、ただ唖然とするしかなかった。
絶句しているセシルにプロメテウスが語りかける。
「ロキは我々ローレ・デダーム創設者達の恥だ。恥は本来身内で雪ぐべきだが、僕はこの通り魔術世界を維持するので手一杯だからね」
「……なら他の、その“四祖”の残り二人はロキ、使徒をどうにかしようとしないのですか?」
使徒達が野放しになっている以上、ある意味わかりきった事をセシルは問う。
「それは、叶わないことなんだ。僕同様にルシファーもテスカトリポカもこの世界を維持する機構の一部となってしまっている。そしてロキはローレ・デダーム創造の直前で裏切った。それ故にロキの担当すべきだった部分を『原石』の魔力で補うことになった。これが君の知るべきこの世界の真実だ」
「“四祖の赤”、いやロキはこの世界を『原石』に依存した歪んだ世界と言っていました。だが、そうしたのはやつ自身だったと……?」
「何を目論んでいたのかわからないが、そういう事だ」
飲み込み切れないが、この世界と使徒は切っても切り離せない深い関係があることがわかった。しかし、セシルにはもう一つ解せないものがあった。
「なら、なぜこのタイミングでそれを俺に教えたのですか?」
「それはね…」
プロメテウスの言葉は、突然ドウンと地下室にも響く大きな音と激しい揺れに遮られた。
「王都の襲撃はまだ終わっていない。今しかタイミングがなかったからさ」




