第50話 究血
教王への謁見の日、アレキサンダーとステラ以外の隊員達は純白の軍服に身を包み、教王府議事堂前で催される勲章授与式に参加していた。
教王の演説は相変わらず王都市民向けの“天馬遊撃隊”の戦果を誇張したもの。
不参加のアレキサンダーとステラについては、申し訳程度に二人の隊員が名誉の負傷をしたということだけ伝えられた。
そして式典が進み、“特別栄誉騎士”の勲章が授けられる時がきた。
教王フリードリヒが壇上の隊員達の胸に勲章を付けていく。
そして最後のセシルの番。教王は再び演説を始める。
「この彼こそが使徒の精鋭を三人も立て続けに撃破し、巷では“人形狩り”と呼ばれているセシル隊長です。“天馬遊撃隊”の活躍は彼なくして成り立たなかったでしょう」
セシルの紹介から入り、教王は演説を続ける。
「彼らによって使徒から守られた国民達。救われた命による彼らの感謝の念、そして我ら王都市民の感謝の念を込め、私はセシル隊長に“ローレ・デダーム守護騎士勲章”を授けたいと思います!」
「うおおおお!」
「守護騎士勲章!? アーサー以来か?」
「“人形狩り”セシル万歳! 守護騎士セシル万歳!」
歓声が湧き上がる。民衆たちも興奮している。拳を突き上げ絶叫する者もいた。
かつて民衆の声を遮っていた遮音の魔術は今回壇上には使用されていないようだった。
セシル達“天馬遊撃隊”の士気向上にこの状況を利用するつもりなのだろうか。
フリードリヒへと“特別栄誉騎士”とは異なる、首から下げる型の勲章が侍従から渡される。
五芒星の形をした、盾のマークが刻まれたデザインの勲章。それがセシルの首にかけられようとした瞬間、彼は頭を下げながら小声でつぶやいた。
「“四祖の赤”とは何ですか?」
フリードリヒの顔が強張るが、一瞬で取り繕った。
「ここに新たな守護騎士が誕生しました! 皆さん盛大な拍手で祝福を!」
群衆による拍手の音で広場が覆い尽くされる。
そしてその拍手に呼び寄せられる様に、何か大きな物体が群衆を数人押しつぶす様に着地した。
それは一見鎧の姿をしていた。
その騎士は着地と同時に、手にした身の丈ほどの長さの大剣を群衆の一人に突き立てている。
深紅の鎧に身を包んだ騎士は同じく身の丈ほどの大きさの、分厚い長方形の盾をもう一方の手で支え、着地した姿勢から立ち上がる。
群衆はあまりの唐突さに逃げる選択すらできず立ち尽くしている。彼らに大剣を振り上げる深紅の騎士。
次の瞬間、目にも留まらぬ早さで騎士の下まで駆け付けた男が剣で重撃を受け止める。
もう一人の守護騎士、“人類最強の騎士”アーサーだった。
立ち上がることで深紅の騎士の異様さが明らかになる。
その騎士は群衆たち、つまりはローレ・デダームの一般的成人の倍ほどの大きさをしていた。
つまりは騎士と同じ大きさのその剣も、その盾も、人間の倍の大きさをしていることになる。
そしてその異形の騎士を覆う鎧は赤く、紅く、そして朱かった。
最早、異形とも言える重厚な鎧の騎士、その兜の覗き穴からはさらに赤い光が漏れ出している。
「オオオオオオ!」
剣を振り上げ咆哮する騎士。
「騎士達は市民を避難誘導しろ! ここは僕が引き受ける!」
鈍重そうな見た目とは裏腹に次々と斬撃を繰り出す深紅の騎士。
剣同士がぶつかり合う激しい音と共に、体格差をものともせずその全てを受け止めながらアーサーは王国騎士達に指示を出す。
受け止めなければ余波で市民に被害が出る。その為アーサーは攻撃には転じず、防御に徹していた。
セシル達もそしてアーサーへの助太刀をしようと動こうとする。
「“天馬遊撃隊”の諸君は市民の避難に協力してくれ。周りに人がいるとアーサーは本気を出せないからな」
彼らを引き止めたのは、威厳のある格好をした教王を補佐する枢機卿の一人、ゼノン。
フリードリヒは既に護衛の騎士と共に議事堂に避難していた。
「頼んだぞ、セシル君。君は“真実”の一端を知っている様子だからな。どこでそれを聞きつけたのか確かめねばなるまい」
どうやらゼノンにはセシルが教王に尋ねたことが聞こえていたらしい。
セシルは声の主に向かって頷く。
「“天馬遊撃隊”、動くぞ! アーサーさんの周りから市民を遠ざける様に避難させろ!」
騎士の一撃を受け止めるごとにアーサーの足が石畳にひびを入れ、めり込んでいるのがわかる。それほど深紅の騎士の剣撃は重かった。
だが、防戦一方ながらその連撃を次々と捌いていくアーサー。
するとしびれを切らした騎士は突然浮遊する様に背後に移動し、逃げ惑う群衆達に向け、剣を横薙ぎに振ろうとする。
身体強化に第五元素を回し、一飛びで騎士の下へたどり着き、全力でその剣を受け止めるセシル。
彼は弾き飛ばされながらも、注意を群衆から自身に向けることに成功した。
体勢を崩したセシルにすぐさま巨大な盾が横殴りに襲い掛かる。
二者の間に割って入り、剣で盾による重い一撃を受け止めるアーサー。
「下がれ! 君が敵う相手じゃない!」
セシルは足に第五元素を集中し、跳躍。深紅の騎士を飛び越えると二人の間合いに市民が入らないように騎士の後方に防壁を展開する。
その間も騎士とアーサーのぶつかり合いは続くが、アーサーの剣は強力な付呪がされているのか、何度打ち合っても折れることはない。
すると、突然背後から触られ、転移空間へと飛ばされるセシル。
深紅の騎士の隙を突いてセシルの傍まで転移し、再転移したクラリッサによるものだった。
「セシル! どうしよう、こんなの……!」
「落ち着け、クラリッサ。とりあえず最初の壇上に転移しよう。そうしたら同じ様に避難誘導を終えた隊員を集めてアーサーさんに加勢する。いいな?」
「わかった。セシル、無茶はしないでね!」
転移空間から出て勲章を授与された壇上に戻るセシル。クラリッサは早速再転移して他の隊員達を集めにいった。
一方で群衆達が広場から逃げ出したことによってアーサーが全力を出せる環境が整った。
深紅の騎士による渾身の一撃、それを石畳が砕けるほどの踏み込みで弾き返す。
弾いた勢いで振り上げたその剣をアーサーが振り下ろす。騎士は咄嗟に巨大な盾を斜めに傾け、身を守るように構えた。
するとアーサーの全力を込めた剣撃は盾の角を叩き斬り、大地を割る。
騎士に異変が生じる。鎧と同じ深紅の盾の切断面から脈打つ様に血液が吹き出していた。
(どういうことだ? この盾は“器官”なのか?)
「アア、アアアア!」
ほんの一瞬、アーサーは敵の騎士が苦しんでいるのかと思った。
が、違う。深紅の騎士は自身の盾に傷を付けられたことに怒っているのだった。
彼がそれに気付いたのは深紅の騎士が欠損した盾を前面に出し、突進してきたからだ。
(今の一瞬で隙を与えてしまったか?)
彼は瞬時に跳躍することでその攻撃を回避しようとする。
すると騎士はその動きを予測していた様に、飛び上がったアーサーに向け盾を傾ける。
アーサーは足を何かに引っ張られるような感覚に気付く、それは盾から伸びた無数の触手。
やはりアーサーの予測は正しかった。
(この鎧、この盾。身体の一部か!)
足に巻きついた触手達はアーサーを地面に叩き付けようと、飛び上がった彼を勢いよく引き戻す。
即座にアーサーは触手の束を切断する。それらの断面からは先ほどの盾と同じく血液がほとばしった。
そのまま空中で体勢を立て直し、着地するアーサー。そして着地の隙を突こうと、右手に大剣、左手には盾を構えて突進する騎士。
再生した盾の触手は絡まり合い、一本の鋭利な角の様な姿になっていた。
迫り来る巨鎧にアーサーは一瞬だけ全力を出すことに決めた。
彼はこの深紅の騎士を“吸血騎”ミカエラ以上の操血魔術の使い手だと認めたのだ。
そして使徒を拒む王都の結界を破壊するほどの者を野放しにするわけにもいかなかった。
彼が常に全力で敵に挑まないのには理由があった。決して慢心によるものではない。
いくら特別製の付呪をしても彼の全力に十分に耐えられる剣はこの世界に存在しないからだ。
更に言うと彼はその身に莫大な魔力を宿しながら、身体強化以外の一切の魔術を使うことができない。それは彼の身体の先天的な欠陥によるものだ。
それ故に彼の剣撃には剣に施された付呪以外の魔力が込められていなかった。アーサーは剣の魔力強化ができないのだ。
放出のできない莫大な魔力を全て身体強化に回して叩き斬る。それだけが彼の戦法だった。
だから全力を出すときは一瞬だけ。いや、一瞬しか剣の耐久が持たないのだ。
そしてこの深紅の騎士は全力を出して倒すべき強敵であるとアーサーは確信した。
「少し本気を出す。殺してしまったらすまない」
込める。込める。ただ腕に魔力を込める。
一瞬。すれ違う様にぶつかり合う両者。
アーサーの剣が砕けるが、騎士の攻撃は当たっていない。
そして深紅の騎士は構えた盾ごと胴を深く斬られ片膝を付いている。吹き出す鮮血。
「オ、オオ......許さない。許さない。許さない」
兜で表情は伺えないが雄叫びではない部分の声は少女のものだった。
武器を失ったアーサーは拳を構える。仮に誰かから剣を借りても魔力強化のできない彼が扱えば一合で壊れてしまう。その為の拳。
しかし騎士は血の粒子を噴射し、浮遊する様に空へ舞い上がる。
「ミラ・ダージュを潰す。あの作戦で“天馬”にプリシラを殺されてから全部おかしくなった。だから潰す。潰す。潰す……」
そう言い残すと鎧から血液で構築した翼を広げ飛び去る深紅の騎士。
彼女こそ使徒の首魁にアーサーを本気にさせるほどの力を与えられ、自身の姿さえ作り変えた“究血鬼”ウルスラだった。




