第49話 見舞
使徒達との決闘から数日経って、“天馬遊撃隊”の隊員は容体が安定したステラの見舞いに行くことになった。
見舞いと言ってもステラの傷口は治癒魔術によって完全にふさがっている為、自室で静養している彼女の部屋を訪れる程度のことだ。
しかし彼女は利き腕を失っており、魔力で可動する義手を装着したとしても、以前の様に手にした剣へ元素を注ぎ込む様な事はできない。
つまりステラは元素剣士としての道を断たれたということになる。
それは彼女が元素剣士として今まで積み重ねていた研鑽のほとんどが無に帰したことを意味する。
セシルは一対一のルールを破ってでもガニメデとステラの対決を妨害すべきだったと後悔していた。
彼の足取りは重い。ステラの部屋の前に立つと一瞬ノックをするのをためらってしまう。
「ステラいるっすか?」
アンが勢いよくドアを開ける。
セシルはアンの細かいところを気にしない性格に救われつつ、ここぞというところで踏み出せなかった自分を隊長として情けないとも思った。
「あなた、いつも思うのだけどノックというものをご存じないの?」
意外にもステラは右腕の欠損という大きな怪我を負ったのにも関わらず、普段とそう変わらない印象に見えた。
彼女はベッドの背もたれにもたれつつ、残った左手を見つめていた。
「ノックなんて中にいるのがわかってるならするだけ無駄っすよ」
「はあ、あなたにかかったら大概のマナーは無駄でしょうね」
普段の調子でアンにチクチクと小言を言うステラ。
いつも通りの自分として振る舞おうという気丈さに応えるべく、セシルが問いかける。
「ステラ、大丈夫か?」
「片腕になって大丈夫なわけないでしょう? でもあなたがあの使徒を殺したのよね。そこは悔しいわ。私が倒すはずだったのに」
そう、大丈夫なわけがない。セシルは自身の質問を恥じた。
だが彼女は魔術師としての道を諦めたのではないらしい。それを聞いてセシルは少しだけ安心する。
「そうだよ。ステラの元素使いとしての資質を埋もれさせるのは損失だぜ? 何に転向するつもりかとかは考えてるのか?」
ヘンリーも安心した様子でステラに話しかける。だが彼女から返ってきたのは想定外の答えだった。
「転向もなにも今まで通りやっていくに決まっているじゃない? 何を言っているのかしら」
「でも義手は元素の伝導率が……。いや、ごめん。ステラの気持ちを否定するわけじゃないんだけど……」
ステラが現実を直視できていない可能性があることを失念していた。ヘンリーは途中まで言いかけた言葉を飲み込む。
「知ってるわよそんなこと。でも義手になった分腕力が強くなるでしょう? 左手から今まで以上に元素を放出できる様に特訓して、義手で威力を増やすのよ」
「そこまで考えてたっすか、頭いいっすね!」
素直に驚くアン。セシルもそんな手があるのかと感心する。
「悪いけど今特訓中なの。少しでも早く隊に復帰する為にも私は頑張るから、今日はここまでにしてちょうだい」
ステラはそう言って彼らを追い払いにかかる。
クラリッサはステラの痛ましい姿にかけるべき言葉が浮かばずにいたが、最後にやっと彼女の選択を後押しする一言を絞り出した。
「ステラ。あんた、絶対負けないで。頑張ってね!」
「急に変ね、クラリッサさん。言われなくても頑張るわよ」
それが最後のやり取りとなり、隊員達は部屋から出て行った。
ステラの強がりに気付いていたのはヘンリーだけだった。
ステラの元素変換、そして放出の腕は最早一流の腕前と言って差し支えない。伸びしろがあるとしたら剣術の腕くらいだろう。
元々一流の元素使いが、今まで両手から放出していた元素を片手から全て出せる様にする。
そんなことできるはずがない。修練だとか、根性だとかそんな次元の話ではない。
そしてそれ以上にその事実を痛感しているのは、彼女自身だろう。
どんな理由で彼女が元素剣士からの転向を拒絶し、強がっているのかはヘンリーにはわからない。
ただあのステラがいつまでその虚勢を貫き通せるのか、それができなくなったとき彼女はどうなってしまうのか。
彼自身もそれを考えるのが怖く、口に出すことができなかった。
ステラの家は王都に古くから根ざす、代々優れた王国騎士を排出している高名な家系だった。
その歴代の王国騎士の多くは剣士として名を上げて要職に就き、そのことを誇りにしている一族だった。
彼女もその才能の片鱗を幼い頃から見出され、それこそ蝶よ花よと育てられてきた。
“天馬遊撃隊”の一員として戦果を上げている彼女を、一族の誇りとして褒め称えた。
そして右腕を失い元素剣士として、王国騎士として戦っていけなくなった彼女に突き付けられたのは絶縁状だった。
もう王国騎士でもない。政略結婚をさせられるような身体でもなくなった。そんな彼女を一族は利用価値のない失敗作とみなしたのだった。
けれどもステラはまだ諦めていない。頭では理解していても心が認めない。
彼女はどうにかして戦える術を身に着け、そして一族にその力を認めさせると決心していた。
(まずは左手からの元素の放出量を増やせるように特訓から始めよう)
再び左手に目を向け力を込める彼女の目から一条の涙が伝う。
彼女はそれを一時の気の迷いだと信じ、特訓に励むのだった。
教王謁見の式典の前日。アレキサンダーが目を覚ましたとの報を受けて、静養中のステラ以外の隊員達は彼の元へ駆け付けた。
ヨナに関しては研究所も修復に慣れてきた様で早めに復帰していた。
アレキサンダーのベッドがある個室のドアを開ける。
すると彼は横たわったまま宙に固定した紙へ、右手の指から放つ魔力で何かを一心不乱に刻み込んでいた。
「廊下がバタバタうるせえと思ったらお前らかよ。面白いもの見たさで来るんじゃねえ」
顔を隊員達に向けながら、書き物をしているアレキサンダー。
「無事そうでよかったぜ! アレキサンダー、あれからよく持ち直したな!」
「ああ? お前ら聞いてねえのか? 動かねえんだよ。腕も足も、右手以外な」
「……悪い」
駆け付けた一同はアレキサンダーの発言に絶句する。
しかしアレキサンダーの顔に絶望の色は無い。むしろ紙に何か刻んでいることに熱中している様に見える。
「……それなんすか?」
流石のアンも少し遠慮気味に尋ねる。
「これか? 俺がまた動けるようにゴーレム操作の術式を改良してるんだよ。俺自身を魔力で操縦できるようになればまた動けるようになる。そうすりゃ人間の枠を超えた動きだってできるかもしれねえ。だから俺は忙しいからさっさと帰れ。……いや、やっぱヘンリーは残って手伝え」
アレキサンダーがヒラヒラと右手を振る。
「アレキサンダー、お前は今まで十分戦ったんだ。身体が動かせる様にはしても、もう前線には出なくてもいいんじゃないか?」
セシルはアレキサンダーを諭す様に言う。
「じゃあお前はダチ殺されて、家は没落して、身体が動かなくなったらすごすご引き下がんのかよ。ありえねえだろ。何が何でも前線に戻って使徒をぶち殺す。絶対な」
「そうか、なら必ずまた隊に戻ってこい。ずっと待ってるからな」
「うるせえ隊長さんだなあ。そう時間はかからねえ。俺は天才だからな」
ヘンリーを残して退室する隊員達。
セシルは、ステラとアレキサンダーが自身の置かれた状況に対して前向きに取り組んでいることに感心する。
先ほどのアレキサンダーは本心から思いを語っていた。
対照的にステラが心を偽り気丈に振る舞う以上、彼女が抱える悩みを彼らは理解していない。
その苦悩がいずれ心を蝕み、その身を陰の側に置くことになるのはそう遠くない話だった。
同時刻。聖ヴァルデマール城地下、玉座の間にて。
ミカエラの作成した「ゲート」によって連行されてきたのは“血の四姉妹”三女ウルスラ、“へし斬り”ダリル。
傷が癒えた二人は処断される為に玉座の前に連れて来られたのだ。
パチン。と指を鳴らす音がする。
すると漆黒の玉座が照らされ、少女がそこに座っていた。
「なんだよこのガキ。それになんで俺はこんなとこにいるんだよ」
全く状況が把握できないダリル。
一方でウルスラは相手がどういった存在であるか漠然と理解していた。
“血の四姉妹”長姉ミカエラが、“奴隷人形部隊”の指揮官ルキウスとは別の人物に仕えているのは知っていたからだ。
おそらくそれがこの使徒の頂点に立つ人物であることも。
「わからないかなあ。王都中に宣伝して無断出撃。死亡者を二人も出して、しかも敗北。“黒父の使徒”に泥どころか汚物を塗りたくったんだよ。君たちは」
「でもそれはガニメデの兄貴が……!」
「連帯責任って知ってる?」
目の前にしている少女の威圧感、それは戦場で死線をくぐり抜けてきたダリルすら圧迫する迫力があった。
「じゃあキャンディーは、キャンディーはどうなんですか!」
相手がかなり上位の使徒だとようやく察したダリル。
「彼女は君らが負けた時の回収役で……まあいいか、殺せ」
「待っ……」
ミカエラの血の大剣によってダリルの首が落ちる。
「ウルスラは何か言い残したこと、ある? お姉さんに殺されること、どう思う?」
ウルスラは少し考え込んでから言う。
「ただ一つ、自身の手で姉妹の仇である“天馬”を殺したかった。そういう心残りはあります。姉に殺されるのは構いません。私の恥は姉が雪ぐべきです」
少女はどこか驚いた様な顔でウルスラを見る。
「へえ、家族愛というのは素晴らしいね。その家族愛で“天馬”を撃ち落とせるか興味があるな。おいでよ、力を貸してあげようか」
ウルスラは玉座の下へ歩みを進める。それはただイザベラとプリシラの仇を取る為に。
「ですが“陛下”、罪人に恩寵など! ……ウルスラ、止まれ!」
少女がウルスラの手に触れると、彼女の中にかつてない力が溢れてくる。
血が沸き立つ、身体が震える。
この強力過ぎる力を宿したことで、ウルスラはもうどれほど身体を維持できるかわからない。
でも、いい。何でもいい。この手で“天馬”を殺すのだ。
操血魔術の極致、“究血鬼”と化したウルスラはそう決意するのだった。




