第46話 殺意
使徒に隠れてハーデ・ベル内に透過して潜入していたアンは、実体化して球体となったヨナを回収。
ゴーレムを纏ったまま動かないアレキサンダーの元へ向かう。
「アレキサンダー、聞こえてたら動くっす」
ゴーレムの頭部に上り、殴り付けながらアンが問いかける。
「しょうがないっすね」
アンは透過と実体化を繰り返し、アレキサンダーの外装を削っていく。
「見えたっす!」
隙間から見えたアレキサンダーの顔色は真っ青で、呼吸も荒かった。
「処置が遅れると不味いよ。残留はしてないみたいだけど、毒を散布した使徒がいるのかもしれない」
白い球体状のヨナが口の様な切れ目を動かしながら言う。
「毒って言ってたのは聞こえたっすけど。こんなの運べないし、『ゲート』も入らないっすよ」
「クラリッサさんとヘンリー君を呼んで相談してみるといい。何か案が思いつくかもしれない」
早速ゴーレムの空けた大穴に隠れるように『ゲート』を生成し、二人に相談するアン。
「どうにかしてあげたいけど、ゴーレムごと転移は無理よ……」
「助ける方法が一つある、と思う。でも魔導器と使い魔が全部壊れるから俺の手持ちを手分けして持って離れてもらえないか?」
「それってホムンクルスも?」
「多分。十分距離を取ってくれ」
いそいそとヘンリー手製の魔導器と起動前の使い魔を運んでいくクラリッサとアン。ヨナは転がって離れていく。
「プニちゃん、頼む!」
「ぷぅ! ぷぅー!」
プニちゃんの能力でアレキサンダーの纏った岩の鎧は風化する様に消えていったが、肝心の彼の容体は芳しくない。むしろ段々と悪化しつつある。
「毒なのに魔力の無効化が効かない? ……もしかして、自然毒か!?」
ロリポップ・キャンディーの第二の毒の正体に気付くヘンリー。
「クラリッサ、ヨナとアレキサンダーをフレデリカさんのところに連れていってあげてくれ。済んだらまた外の待機位置で待つこと。街のどこで戦いが起こるかわからないからな」
仲間の窮地に冷静な判断を下すヘンリー。クラリッサは早速二人を連れて転移していく。
「ヘンリー、わたしはどうするっすか」
「怪我をした隊員がいたらまた『ゲート』を開いて欲しい。追加の符を今渡すから。それと攻撃が必要な時は『ゲート』が開通した瞬間叫んでくれ、ありったけの使い魔で攻撃する」
「わかったっす!」
透過して戦場の様子を把握しにいくアン。
(俺には俺にしかできない役割があるはずだ。今はまだこの程度だけど、いつかはちゃんとみんなをサポートできるようになりたい。セシル、絶対お前の方から頼ってもらうからな!)
その頃、シャーリーとダリルは接戦を繰り広げていた。
「チビ! その槍の小細工、鬱陶しいからやめろ! 正々堂々と勝負しろ!」
「……うるさい!」
ダリルとしては衝撃を蓄積して槍を叩き折ろうとしても、シャーリーの巧みな槍捌きと槍から魔力を吸われる妙な違和感から決定打が出せない。
一方でシャーリーは槍全体を強化する為の魔力消費と、時折ぶつかり合うダリルの剣による衝撃で槍を折られない様に立ち回るので手一杯だった。
お互いの実力が拮抗している際に勝敗を分けるのは武器の差だというのが彼女の持論だった。
それを実証すべき時が今、来たのだ。
ダリルの剣から打ち合うごとに、少しずつ奪った魔力を自身の魔力でさらに増幅し、槍の穂先に集中させる。
その高濃度の魔力反応を確認すると、即座に逃亡を試みるダリル。
「強い武器に頼るのは弱さを埋める為の弱者の行為だ! ってヨロイの兄貴は言ってたぜ! あばよ!」
「……その弱者から逃げるのが、お前」
「なんだと! このチビ!」
彼はシャーリーに向き直って、剣を構える。
(いくら魔力を込めようが、槍で出来る攻撃なんざ突きくらいだろ。剣で受け止めて、粉々に砕いてやるぜ!)
短絡的で激情型のダリルはシャーリーの煽りに容易に乗った。
シャーリーが槍を地面に水平に、ダリルに向けて構える。
「見せてやるよ! ご自慢の槍をぶち折られるところをな!」
「……燃えろ」
彼女が放つのは突きではない。それまでに敵から奪った魔力と使い手が込めた魔力が変換された熱線だった。
「な……にぃ!」
咄嗟にダリルは剣を熱線にぶつけ、衝撃として蓄積しようとする。
(これさえ耐えれば、この蓄積を返せれば、あのチビは死ぬ! 耐えろ! ヨロイの兄貴の為にも!)
しかし熱線の一部は衝撃として吸収できても刀身が、柄が燃える様に熱い。
「クソオオオオオ!」
手のひらを焼かれながらも耐えるダリルであったが、剣の限界はすぐそこまで来ていた。
(受け止めきれねえ! なら衝撃を弾き返して相殺する!)
彼は赤熱した剣から、それまで受けた衝撃を解放しようとした。
したが、一瞬判断が遅かった。その瞬間剣が折れ、熱線と蓄積された衝撃が暴発し、ダリルは家屋をぶち抜いて吹き飛ばされていった。
止めを刺しに行こうと一歩踏み出したシャーリーだったが、多大な魔力消費と安堵から座り込んでしまった。
「……わたし、勝った?」
爆音の後の静寂をシャーリーの独り言が破った。
南西の住宅街から爆音が聞こえた頃、セシルはちょうどイザベラを追い詰めている最中だった。
彼女の苛烈な攻撃は消費する血液量も多かった。
血の羽の出力が一瞬弱まったところを第五元素の衝撃波をぶつけられ勢いよく民家の壁を突き破っていくイザベラ。
「姉さん!」
血鎧を解除したウルスラが駆けつけてくる。
(ヨナが負けた? 早くこいつを倒して探さないと……)
「手ぇ出すなあああ!」
ウルスラの姿を見てセシルが思案すると、民家の中から最大出力で羽を展開したイザベラが血杭を手に突っ込んできた。
頭部を狙った一撃を頭の動きだけで回避するセシル。目の前を通り過ぎる血杭。そして彼は杭を持ったイザベラの手首を力強く掴んだ。
そして手首を掴んだ腕を思い切り振り上げ、反撃の隙を与えずに石畳へと叩きつける。
「ガ……ァ!」
血液の消費のし過ぎと今の一撃が決定打となり、戦闘不能に陥るイザベラ。
「姉さん! ……次は私が相手だ!」
すぐさまウルスラが血鎧を展開し始め、セシルに宣戦布告する。
「もういいだろ! お前達はガニメデの駒にされているだけだ! 命が惜しかったらもう退け!」
「……そうだ。もういいよな」
背後から剣で貫かれるウルスラ。彼女は剣を抜かれるとそのまま倒れ伏す。
ウルスラを攻撃したのはセシルに異常な執着を見せる男、ガニメデだった。
「お前ら姉妹ばっかじゃ不公平だ。順番代われよ、な?」
ウルスラを横合いに蹴とばし、セシルの前に立つガニメデ。
「黙れ、下衆!」
ウルスラは瞬時に血管を血液で補強し、立ち上がった。血剣を生成し、ガニメデに斬りかかる。
「一か所じゃダメだったか? じゃあよお、これならどうだあ!」
血剣を持った手首を切り落とされ、三連続で腹部を突き刺されるウルスラ。
「ウグ……ッ!」
やはりイザベラ、ウルスラと違ってガニメデは剣士として圧倒的な実力差がある。
そしてガニメデは上着で包んだ何かをセシルに投げてよこした。
「土産だ。受け取れよ小僧」
セシルが身をかわすと、石畳に落ちて転がっていったのは、女の腕だった。
「お前……! ステラを殺したのか!?」
即座に白剣を生成、怒りにまかせて斬りかかるセシル。ひらりとかわしてみせるガニメデ。
「怒るな怒るなって、腕だけな。ま、元素使いの剣士としちゃ死んだ様なもんだがな」
次のセシルの横薙ぎの一閃を飛び越えてガニメデは続けて言う。
「俺はこの通り問題ないが、義手は元素が通りにくいからなあ。終わりだよ終わり。ご愁傷様だ」
ガニメデは鈍い光を放つ銀色の義手をわざとらしくヒラヒラと動かしながら告げた。
「どうしてそう簡単に理不尽を振りまくんだ! 終わるのは、お前だよ……! ガニメデ!」
セシルは全身から第五元素を放ちながら、今までガニメデを殺せなかったことを心底後悔し、彼を今日ここで殺すことを決意した。




