第42話 装甲
セシルがベネディクトの執務室を訪れると、ベネディクトはロバートこと使徒ヨロイが起こした後始末に追われている様子。
傍には何人かの特務騎士が控え、ベネディクトの作成した報告書や書類を次々と使い魔にくくり付け窓から放っている。
「やあセシル君、無事で何よりだよ。この通り大変な騒ぎでね。こちらから顔を出せなくて申し訳ない」
「いえ、いいんです。ベネディクトさん。俺、出直します」
「いい。みんな、少し休憩にしよう。ずっと働き続けだろうし、食事でも取って交代要員を連れてきてくれないか?」
そう言って人払いをするベネディクト。騎士達が出ていくと遮音の魔術をかける。
「まず最初に言っておくと、君が使徒に吹き込まれたことは決して口外しない方がいい。無論、私にもね」
「どうしてですか? こういう話はベネディクトさんくらいしか相談できないと思って来たんですが……」
取り付く島もないベネディクトに疑問をぶつけるセシル。
「“天馬”のロバート指揮官。彼が使徒のヨロイだった話は聞いているね? 当然この事実は市民に公表されることはないが、教王府での王国騎士団の立場は危ういものとなる。クビが飛ぶのも数名では済まないだろう。そんな中で彼らが次にすることは何だと思う?」
「王国騎士団内の使徒や内通者を一掃する。とかでしょうか?」
「そうだといいんだがね。彼らはきっと特務に責任転嫁をし始めるだろう。ロバート、つまりヨロイが特務の本部にいたのは事実だからね。特務に他の内通者がいるといったでっち上げをし始めてもおかしくない」
ベネディクトの見解。予想とは言えども王国騎士団の腐った内情を聞き驚くセシル。
しかし教王と騎士団に仕組まれていた初めての任務のことを思い出すとありえない話でもない気がしてくる。
「近いうちに私も教王府に呼び出されるだろう。最悪の場合、直近の記憶を覗かれる可能性もある。そんな時に君から聞いた教王府に都合の悪い真実を私が知っていたらどうなるかな? そうすると内通者のでっち上げが真実にされてしまうんだ」
「じゃあ今こうやって話してること自体も不味いんじゃ……」
セシルは何も考えずにベネディクトの下へ相談に来たことを後悔し始めた。
「そうだね。だからこの後私はこの会話の記憶を消す。ああ、『原石』を匿っていたことは最も厳重に記憶の防壁をかけてある。でもそう何回も使える魔術じゃないからね」
「わかりました。忙しいところありがとうございました……」
執務室を出ようとするセシルを不意にベネディクトが呼び止めた。
「一つだけ聞かせてくれ。ルキウスについての話はあったのかな?」
「いえ、もっと抽象的な話でした」
「そうか。ありがとう」
どこか落胆した様子のベネディクトを尻目にセシルは退室したのだった。
夜も更け、事件現場を見張っている特務騎士があくびをしたとき、突然それはやって来た。
見張りの騎士を打ち倒し、同じく交代にやって来た騎士も殴り倒す。
その人物は特務本部の構造を把握している様で、本部の重要施設が密集している方向へと歩いていく。
近道の為に深夜の訓練場を突き進むと“それ”は、意外な人物に遭遇する。
「意外と遅かったな。ロバート……いや、ヨロイ」
「セシル……貴様、何故気付いた」
「使徒に答える義理は無い」
その人物は豪奢なプレートアーマーに身を包んだ使徒。通称ヨロイ。表の顔は王国騎士団“天馬遊撃隊”指揮官だった人物、ロバート。
セシルは事件現場に第五元素でできた糸を残しておいた。それも十数本。万が一見張りが何かの用で司令部に入ったとしてもその全てが切れることはないだろう。
彼は吹き飛んだ窓から侵入者が通り過ぎる様なルートに沿って糸を張っていた。
第五元素を糸状にしてそれを長時間そのまま存在させられる様になったのは、“段階”が上がったことによる能力の質の向上によるものだ。
ヨロイは爆発の傷が癒えていない様子で、肩で息をしているのが鎧越しに伝わってくる。だからといって油断が許される相手ではない。
手負いであっても意地とプライドだけでここまで来た意志の強さは、特務本部に殴り込みをかけてギルベルトに止めを刺すことさえ可能にするだろう。
アレキサンダーと戦った時の話、そして内通者であることが看破された際に逃亡よりも報復を優先したプライドの高さは、きっとまたギルベルトを狙いに来る理由となり得るとセシルは判断した。
その為、いつでもロバートを迎え撃てる様に待機していたのだ。
(応援は呼ばない。こいつには聞きたいことがある)
ヨロイの纏ったプレートアーマーに魔力が集中する。
先手必勝とばかりにセシルは急接近し、兜目がけて殴りかかる。身体強化の質も各段と上がり、最早背中に第五元素をぶつける必要もなかった。
腕を交差させて間一髪で攻撃を防ぐヨロイ、攻撃を受けた勢いで地面を抉りながら後ずさりする。
だがその一瞬、セシルとの距離ができた隙を見逃さず、ヨロイは叫んだ。
「変身!」
魔力による暴風が吹き荒れ、セシルも防御姿勢を取らざるを得ない。
ロバートのプレートアーマーは、可動重視のフォルムに変形し、薄い伸縮性の金属が全身を覆っていた。
(“陛下”の影響で力が増している! 始めから全力で挑まねばなるまい!)
ヨロイは手にした黒剣を構え、セシルに迫る。セシルも白い剣を作り出し、ヨロイの剣を受け止める。
高濃度の魔力を秘めた二本の剣がぶつかり合い、余波が訓練場の砂を巻き上げた。
セシルは黒剣を受け止めた状態から跳ね上げる。
そして体勢を崩したロバートへそのまま斬りかかる。と見せかけ白剣を一瞬で消失させ、黒剣で防御の姿勢を取るヨロイの胸の装甲を殴り付けた。
「グ……ッ! 貴様ァ!」
「答えろ! “陛下”とは何者だ!」
奇しくもセシルが殴り付けた場所は爆風により負傷した部分。そして彼はただ拳で装甲を殴ったのではない。
その拳からは第五元素による三角錐状の鋭い突起が生えていた。無論、装甲を破壊する目的で作成したものだ。
「貴様……如きが、口にしていい御人では……ない!」
(想像以上に効いている? なら!)
胸の装甲に亀裂を入れられ悶えるヨロイ。
のけ反った彼にセシルの追撃が迫る。空気を裂く様な蹴りが容赦なく胸の亀裂を襲う。
拳と同じく爪先には三角錐状の突起。ヨロイは胸の装甲を完全に砕かれ、苦悶の声を上げながら後ずさる。
セシルとヨロイの戦闘は終始セシルが主導権を持って進められていた。かと言ってヨロイもただ防戦一方なわけではない。
セシルに勘付かれない様に少しずつ剣に魔力を注ぎ込み、強化した黒剣による一撃で勝負を決めようとしていた。
セシルによる胴への前蹴り、それが直撃し前のめりに体勢を崩すヨロイ。その攻撃は胴の装甲を砕いた。かに思えた。
「……かかったな」
彼は蹴りの体勢に入ったセシルを見た瞬間、意図的に胴回りの装甲への魔力を減らし、自ら攻撃を受けることで装甲を破壊させたのだ。
その目的は、胴の装甲を急速再生させてセシルの足を自身と一体化することにあった。
蹴りを放った右足はヨロイの胴から離れず、セシルは身動きが取れない。
彼はこの為に破壊された胸の装甲をあえて再生させていなかった。
黒剣を振り上げ、セシルの右足を切断しようとするヨロイ。
(やつの次の手は衝撃波による結合の解除。だが今装甲の魔力は胴に集中させている。そう簡単に解除はできない。……その前に斬る!)
爆発による負傷を押して特務本部に戻ってきた彼は、一方的に攻撃を受けながら周到にセシルを撃破する策を考えていた。
最早、ロバートにとって“陛下”への忠誠よりもギルベルトや特務への報復心の方が勝っていたのだ。
「“陛下”の寵愛を受けた『原石』だとしても、俺の邪魔するのであれば足の一本程度はいただいていく!」
剣が足に届くと思われた瞬間、ヨロイの全身を纏う装甲が弾け飛ぶ。彼は砕けた装甲ごと背後に吹き飛ばされた。
確かにセシルの取った手は衝撃波による結合の解除だった。その点ではロバートの読みは当たっている。
だが今回セシルがしたのは、今までの全身から衝撃波を放つやり方ではない。
放てる第五元素を全て結合された右足に集中し、装甲内部から炸裂させたのだ。
剣を地面に突き立て、ようやく立ち上がったヨロイ。
そのまま彼は膨大な魔力を黒剣に注ぎ込む。
彼にとって装甲を破壊された屈辱は、ギルベルトに受けた屈辱を大幅に上回るものだった。
「俺は貴様を全力で殺すことにした。“陛下”による罰は甘んじて受けよう」
「そうか、なら俺はお前を半殺しにすることにした。“陛下”とやらについて洗いざらい吐いてもらう」
「ほざけ!」
ヨロイは黒剣を振るい虚空を十字状に斬る。空中に固定された漆黒の軌跡は大気の魔力を喰らい大きさを増す。
「|魔装黒蹴《アーマーキック!」
ヨロイは魔力を込めた足で十字状の軌跡を蹴り飛ばす。それはかつてアレキサンダーを破った奥の手だった。
迫りくる漆黒の十字。一方セシルは白剣を再度構成する。光剣の様に第五元素を放出するのではなく、ひたすらに白剣に第五元素を込めて純度を高めていく。
一閃。
深夜の訓練場を照らす輝く剣が、漆黒の十字を両断していた。
十字を構成していた魔力が四散し、訓練場に突風が巻き起こる。
“奥の手”で魔力を使い果たしたロバートはその場に崩れ落ちていた。
「もう一度聞く! お前らの言う“陛下”とは一体何者なんだ!」
「この世界を真に支配すべきお方……」
ロバートがそう言うと、魔力を切らしたはずの彼から急速に魔力の反応が増大する。
隠していた切り札、もしくは魔導器による攻撃を想定して防壁を展開するセシル。
それを見て、ロバートは笑みを浮かべる。
そして彼は爆炎に包まれた。情報の漏洩を避ける為に自爆したのだ。セシルが理解するまでにそう時間はかからなかった。




