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第40話 共鳴

「なん、で……使徒の黒幕はお前だったのか……!?」


 玉座に座っていたのはセシルが初めて遭遇した使徒、帽子の少女ドロシーの姿。驚いたセシルは何とか言葉を絞り出す。


「何だ。面識があったのか。この素体を売りに来た男が適当だった様でね。素体としてはかなり品質がよかったけど、元がどんな女の子だったのかは知らないんだ。身体を乗り換えるのはたまにこういうことがあるから面倒だよね」


「素体……? 乗り換え……? お前、ドロシーじゃないのか?」


 口調と口ぶりからかつてのドロシーとは違う人物が乗り移っていることを察するセシル。


「このドロシーちゃん? は元々人格が壊れていたから、本人の記憶が混濁していてね。僕の方には君の記憶は無いよ。で、こちらとしては本題に入りたいんだけどいいかい?」


「先に聞かせろ。お前は使徒の首領、“黒父”か?」


 “黒父の使徒”と名乗っているくらいだ。そしてミカエラの「陛下」という呼び方。


 旧“アカデミー”の学長で教王府に反旗を翻した“黒父”ヴァルデマールであるとセシルは確信した。


「何だそんな話か。ヴァルデマールはとっくに死んだよ。僕の方は黒幕と言えばそうかもしれないけど、今は指揮をリヒャルトに任せて好きにさせてもらってる。答えになってるかな?」


「ならお前は誰なんだ!」


 想定外の答えに思わず声を荒げてしまうセシル。


「ヴァルデマールの血縁。といっても遠い先祖に当たると言えばいいのかな。ついでに言っておくと、ヴァルデマールを唆して使徒を立ち上げさせたのは僕だよ。やっぱり黒幕かもだね」


 新しい情報の洪水に理解が追いつかない。


(ヴァルデマールを操っていた黒幕がその先祖で、今はドロシーの身体でそれを語っている? どういうことなんだ!?)


「じゃあ次はこちらから聞こうかな。『原石』の君から見て、教王府の統治はどう思う?」


 「原石」を燃料として成り立っているという国家。


 統治に不都合な情報を隠し、逆に王都市民が好みそうな情報を過大に宣伝するやり口。そして省みられない辺境民達。


 今まで納得できず、無理やり飲み込んでいた事実が溢れる様に次々と脳裏に浮かんでくる。思わずセシルの顔が歪む。


「少なくとも満足はしていない様子だね。でも君が一番気になっていること、それはおそらく『原石』の重要性についてだ。違うかな?」


 突然図星を突かれ動揺を隠せないセシル。畳みかけるようにドロシーの姿をした自称「黒幕」は語る。


「そもそも魔術体系を逸脱した『原石』。そんなものが何故生まれてくるのか? それはそのローレ・デダームの作った魔術体系の根本が歪んでいて完全ではないからだよ。だから教王府はそんな『原石』を捕まえてはその魔力を燃料代わりに使ってシステムの歪みを抑えようとする。バカバカしい話だね」


 使徒の「黒幕」の口から突然語られる「原石」についての真相。


 だが、「黒幕」の言うことが本当であれば、ローレ・デダームの魔術は元から欠陥のあるシステムということになる。


 しかしローレ・デダームの歴史の中で国民達は長らく魔術の恩恵を受けて生きている。


 魔術と共に生きてきたと言っても過言ではない。「原石」を燃料にして無理やり成り立たせる様な欠陥があるとは到底思えない。


「俺を惑わせて何がしたい!?」


「まあ信じがたい話だよね。じゃあ僕が『原石』に精通しているところでも少し見せようか」


 ドロシーの姿をした「黒幕」がにじり寄ってくる。逃げようにもミカエラに押さえつけられ動くことができない。


 「黒幕」がセシルの額に触れる。途端に脈が乱れ、呼吸がままならない。頭がズキズキと痛み、身体が熱くなる。


「なんだ、『開花』したと言ってもまだ初歩じゃないか。君は尋常でない魔力を身に宿すが、それを抑えることができない。魔力を全力解放して大技を放つことはできるが、身体がついてこない。合ってるね?」


 事実だが、セシルは返事をすることもままならない。


 ただ使徒の「黒幕」を前に苦悶の声を漏らさない様にするのが精一杯だ。苦しいが、せめてもの意地だった。


「身体が『共鳴』しているのが分かるだろう? そして『原石』としての段階は少し上がる。というか『原石』として『完全体』の僕に近づけば勝手に上がる。そういうものなんだ」


 ドロシー、「黒幕」、「完全体」。何と呼べばいいかわからないが、その人物はセシルの首輪を外してしまった。


「ミカエラ、殺れ」


「はっ!」


 突然ミカエラにセシル殺害を命じる「黒幕」。


 ミカエラは血で構成した剣を振り上げ、押さえつけたセシルの首を刎ねようとする。


 防壁は間に合わない。せめて衝撃波で剣筋をずらそうとするセシル。


 するとミカエラは勢いよく弾き飛ばされ地下室の壁に激突する。


 壁にめり込んだ状態からミカエラが剣を構え直すと、パラパラと壁の破片が落ちていく音がした。


 自身の放った衝撃波の威力に驚くセシル。


 しかも以前に首輪を外した時の様な、魔力が身体から外に流れていく感覚もない。


 これが「黒幕」の言う“段階を上げた”ということなのだろうかと逡巡する。


 ミカエラは剣を構え突進してくると同時に、背部から二本の血で出来た触手を生成した。彼女の突進の勢いでうねる触手の先端は槍の様に尖っている。


 衝撃波は有効打にはならない。しかし、強化すべき剣がない。


 突然セシルの思考が冴えわたる。


(剣がないなら造ればいい)


 セシルは第五元素で右手に白く輝く剣を作成する。光剣の様な実体のない剣ではない。飛び散ろうとする第五元素を押さえつける手間も必要ない。


 彼は第五元素そのもので出来た実体のある白剣を手にしていた。


 それはセシルの第五元素のコントロールが格段に向上したことを意味している。


 迫る触手を一閃し、切り落とす。ミカエラの表情に驚きの色が見える。


 突き出された血剣がセシルに届く直前、彼は鋭い前蹴りを放つ。蹴りが腹部を直撃し、前かがみに身体を折るミカエラ。


「グッ……!」


 セシルの身体を巡る第五元素の質も格段に上がっている気がする。


 思考した瞬間、反射的に攻撃ができた。第五元素による身体強化だけでなく、思考のスピードも最早以前のものではない。


 ミカエラは予想外の攻撃に激昂した様子で、一旦後退すると剣に血液を注ぎ血の大剣を生成。赤黒い鎧の全体も血で覆う。


 先ほどの触手に加えてさらにドモア村で見せた血液の翼まで作り上げている。


 どうやらセシルは彼女を本気にさせてしまった様だ。


「うん。そこまでにしようか」


 突然、「黒幕」によって勝負は中断させられた。


「『共鳴』の力、わかってもらえたかな? これで少しは僕の話に信憑性も出てきたんじゃないかと思うけど。でもこれはまだ君の力の断片に過ぎない。君は『原石』でもかなり上質な方だ。ぜひ僕の手元に置いておきたい、使徒が今進めている計画とは全く別でね」


 セシルが剣を一振りすると、第五元素で形作られた剣は消え去った。


「断る」


「そう言うだろうとは思っていたが、教王府で“真実”を目の当たりにしても同じことを言えるかな? 枢機卿にでも『四祖の赤』の紹介だと言えば、多分本物の教王に会わせてもらえるよ」


(本物の教王? では王都市民の前で演説をしていた老人は偽物だと言うのか?)


「本物の教王とは何だ!?」


「本人に聞いてみなよ。それじゃあね」


 「四祖の赤」と名乗った黒幕は再び指を鳴らす。すると地下室は突然暗くなり、椅子からも人の気配が消えた。


 ミカエラも警戒を解かないまま「ゲート」を通って地下室を立ち去る。


 セシルは地下室から出る扉を探そうとしてみるが、出口がどこにもない。転移以外で入る方法のない部屋なのだろうか。


 帰還用の「転移の符」はドモア村でミカエラにぶつかられた際に紛失してしまった様だ。


 帰還する手段を失い困り果てていると、玉座の上に「転移の符」が置かれているのを見つけた。


 罠の可能性も捨て切れなかったが出口の無い部屋にいつまでもいるわけにはいかない。


 それを使い彼は「ゲート」を作成し転移するのだった。


 その頃特務本部でとある人物を巡った騒動が起きていることも知らずに。

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