幕間:幹部
セシルが使徒と対決する意思を固めた頃。
深い森の中へ逃走したガニメデは、使徒の隠れ家に潜んでいた。
ドロシーは隠れ家に備え付けてあった椅子に縛り付けられている。
彼女の目は虚空を見つめ、涎を垂らし、放心状態であった。
そして隠れ家にはもう一人、使徒の居城から転移用の黒紫色の扉……「ゲート」を通じてガニメデの下までやって来た男がいた。
「いやーこりゃあもう再起不能ですかね。血統も良いしガキにしては有望な方だとは思ってましたが」
「『原石』の情報を得ようにも証言が曖昧だったからね、ちょっとだけ無理をしただけさ」
ガニメデに対し男は平然と告げる。
「これでも一応俺の相棒だったんですけどねえ。あんた、同胞を壊した罪悪感とかないでしょ」
「そう責めるなよ。この程度で壊れる様な弱者は使徒の精鋭、“奴隷人形部隊”も必要としてはいないだろう?」
男はガニメデに冷たく言い放つ。
「まあ、そうなんですがね。上級使徒のお方のすることに俺ごとき一介の剣士が軽々しく口を挟むべきじゃありませんでしたっと」
ドロシーが廃人と化した経緯を知るには少し時を遡る必要がある。
彼女を担いだまま隠れ家までたどり着いたガニメデは使徒の本拠地と連絡を取り、「原石」奪取に失敗したことと目標の「開花」を一通り報告した。
ただ報告の後「ゲート」を通ってやってきたのが”黒父の使徒”の中でも上位の構成員。
つまり上級使徒“ナンバーズ”序列第七位の男であったことには流石のガニメデも面食らった。
第七位セオドアは一通りガニメデとドロシーに尋問を行ったが、怯え切って尋問が思う様に進まないドロシーに苛立ち、魔術で記憶を強制的に再生させ詳細を語らせたのだ。
精神にダメージを与える魔術である上に、質問をされる度に「開花」の記憶が再生される恐怖に晒され続けたドロシーは、尋問を終える頃には正気を失っていた。
「それにしてもどういった風の吹きまわしで、あんたほどの偉いさんがわざわざこんな場所まで?」
「それが計画統括者の意思だったからさ」
「はあ。『新世界』だかの計画に組み込まれたんですか。あのガキ」
実働部隊の精鋭と上級使徒しか知り得ない「計画」の存在はガニメデも認識していた。
一部の特務関係者、異端審問官を除き、一般に“黒父の使徒”は魔術を悪用した巨大な犯罪者集団といった理解しかされていない。
だが、既にこの世界の根幹を揺るがしかねない計画に着手していたのだ。
「勝手に殺すなよ? 雪辱を果たす機会を狙ってるのはわかってる」
「へえ、わかっちゃいますか。このまま引き下がっちゃ“剣鬼”の名が廃るってモンでさあ」
「次はヨロイが動く。精々腕を磨いておくんだな」
会話を続けながらセオドアは「ゲート」に向かって歩み始める。
「このガキは?」
「君に任せるよ。放っておいたところで餓死するだけだろう」
「なら売り飛ばすかあ。まだ未熟だったが素材としては一級品だ」
ドロシーを縛っていた縄を切り落とし、ガニメデは再びドロシーを担ぎあげる。
三人の使徒が「ゲート」をくぐり抜けると「ゲート」は収縮するように消え、隠れ家からは誰もいなくなったのだった。