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第37話 鮮血

 ワリードは自身に何が起こったか理解する前に無数の肉片となり飛び散っていった。


 そう、これこそが教王府が総力を挙げて量産した符の正体。『呪詛返しの符』。


 使徒は王都周辺の街には内通者を潜ませてはいなかった。特に見るべきものもないからだろう。


 これは使徒の捕虜、ブレンダによる証言を実際に検証して得た確かな情報だった。


 一方で王都は内通者だらけ。


 王国騎士団、特務騎士団、異端審問官の庁舎、王立魔導技術局等様々な重要施設が集中していたからだ。


 そして教王府の結界は工作員ごときに破られるものではない。


 異端の魔術を行使することによる淀んだ魔力を持った者が突然転移してくることは侵入者がよほどの手練れでない限り難しい。


 つまり、教王府は王都が攻撃対象になることはないと判断し、市民達にお守りの符を配った。


 内通者の手に渡ったのもそれだった。


 その一方で王立魔導技術局が工房を全て使い総力を挙げて量産していたのは、お守りに見えるように高度な偽装を施した『呪詛返しの符』。


 例え付呪熟練者の手に渡ろうと、最初から疑ってかからなければ見破れない完璧な出来だった。


 これを周辺都市の住民達に配り、どこを攻撃されても返り討ちに出来る様に対処していた。


 そしてワリードは見事教王府に騙され、付呪を返されて死んだ。




 ワリードが転移し、付呪の準備を整えている頃、突然崖を滑る様に接近してくる三人の少女達。


 最初の狙撃で敵は使徒だと判断したセシルは陣形を編成し直す。


 ゴーレムによる防壁が作成可能なアレキサンダー、遠近兼ね備えた武器を持つ近接戦に特化したシャーリー、そして隊長のセシル自身を前に出す。


 クラリッサとステラは時間差転移による攻撃、ヨナは上空からの狙撃、アンには自由に動いてもらう。そのつもりだった。


 使徒は通常王都で修める様な魔術ではない外法を使うこともある。


 少女の姿をしているからといって油断できない。相手の出方を伺うセシル。結果的にはそれが間違っていた。


「ちょーど前に三人いんじゃーん! プリシラやっちゃってー!」

 

「はいなのです!」


 プリシラと呼ばれたドレスの女の子が地面に手をかざす。


 すると少女たち三人と“天馬”の前衛三人を囲う様に、大地に血で刻まれた赤い円陣が光を放つ。


 咄嗟にそこから離れようとする三人。だが、一瞬遅かった。


 勢いよく壁にぶつかる様な感覚でそれが結界であることに気付く三人。


 赤くゆらゆらとした光の様な結界が使徒と“天馬”を三人ずつ丸く囲んでいた。


「クラリッサ! アン!」


 結界内に侵入できそうな二人へと呼びかけるが声が聞こえている様子はない。


 二人とも内部に侵入しようと試みている様子。しかし上手くいっている様子はない。


「最初に頼るのが女かよ。だっせーな。あたしこいつ殺るわ」


 赤いワンピースの少女、イザベラがセシルに向き直る。


 その右手からは赤い杭の様な物体が生え始めていた。元素弾で妨害を試みるセシル。


 手から杭が生えたまま元素弾を両断するイザベラ。


「あたしは“血の四姉妹”のイザベラ。せーぜー楽しませてもらうから、な!」


 セシルに急接近するイザベラ。右手に握った杭とセシルの剣がぶつかり合った。


 血で構成されたと思われる杭は、セシルの想像よりも硬い感触がした。


 そしてセシルの視線が右手の杭に向いている隙を突き、左手を彼の脇腹に向けるイザベラ。


 始めに手から血杭を生やしたときよりも、急速に伸びる新たな杭がセシルの脇腹に迫る。


 このあえて血杭の発生速度をコントロールし、死角から一息に杭で腹を抉る一連の流れはイザベラの必勝パターンの一つだった。


 しかしセシルは脇腹へと血杭が刺さる直前、その存在に気付く。


 常人であれば既に間に合わないタイミングだが、自身の胸に第五元素をぶつけわざとバランスを崩した。


 空を切る左手の杭。セシルはそのまま後ろに倒れ込むが、追撃を避けるため横に転がる。


「避け方だっさ。てか避けてんじゃねーよ。腹刺されてビービー鳴けっつーの!」


 両手に血杭を持ってセシルに迫るイザベラ。


「ビービーうるさいのはお前だろ」

 

 素早く立ち上がり、剣を構えイザベラに対応しようとするセシル。


 その頭を手斧がかすめていく。それはシャーリーの放ったものではない。


 結界の中央でシャーリーと対峙している“血の四姉妹”ウルスラが自身の血を纏わせ投擲した手斧だった。




 ウルスラが投擲した血斧は、突然立ち上がったセシルの頭をかすめ、弧を描きながらシャーリーへと向かっていく。


(今の、当たればよかったのに)


 内心舌打ちするウルスラ。彼女はイザベラと違って血液で武器を構築することは少ない。


 ウルスラはいつも持ち込んだ武器に少量の血を纏わせて威力を強化する。


 その戦法は血液の消費に配慮した継戦能力に長けたものであり、ウルスラの慎重さが伺える。


 奇しくもシャーリーが最初に手にした武器も手斧だった。


 片手で血斧を弾くことも考えるが、ウルスラの血の放つ強烈な魔力反応を考慮して、両手の手斧で受け止めることにした。


 シャーリーの対応は間違っていなかった。血斧は交差させた手斧で受け止めきるのがやっとで、なんとか上に弾き飛ばす。


 だが血斧を受け止めた一瞬の隙に接近したウルスラは、もう一方の手に持った短剣で斬りかかる。血を纏ったその短剣も強化がなされていた。


 血剣を受け止めることは諦め、最低限の動きで回避を試みるシャーリー。


 シャーリーの首元目がけて襲い掛かる血剣は空を切ろうとしていた。


 が、瞬時に刀身に纏っていた血液が短刀の先端に集まり刀身を伸ばす。


 伸びた刃がシャーリーの首筋に血剣が届こうとしたその時、シャーリーの首に巻かれたチョーカーから格納されていたナイフの刃が生えた。


 咄嗟に魔力強化をし、血剣に首をかき切られることは防げたが。ナイフはへし折られる。


 ウルスラは落下してきた血斧を手に取ると、攻撃を受けた勢いで転倒したシャーリーに向けてにじり寄る。


 そして転んだ際にシャーリーの軍帽は脱げ、その軍帽からは禍々しい魔力を放つ剣の柄がはみ出していたのだった。




 シャーリーとウルスラが激戦を繰り広げている一方で、アレキサンダーはゴーレム越しに“血の四姉妹”プリシラと向かい合っていた。


 アレキサンダーがプリシラに攻撃を仕掛けないのは、彼女の魔力反応の異常さにあった。


 『原石』のセシルやフレデリカの様に単純な魔力量だけが多いのではない。


 彼女の放つ魔力反応自体の数が複数、それも数え切れないほどあったのだ。


「スカートの中に何を隠してやがる。クソガキ」


「まあ! とても口の悪い殿方なのです! それにスカートの中だなんてデリカシーの欠片もないのです!」


 いつまでも様子を見ていては埒が明かない。アレキサンダーは何も言い返さず、ゴーレムを前に進める。


 対するプリシラはスカートの裾をつまんで、片膝を曲げて軽くお辞儀をする。


「それではこちらも失礼して……なのです」


 彼女のスカートの中からボトボトと、そして足を滑り降りる様に、大小無数の蛇の群れが一斉に大へに広がる。


 それらは日頃からプリシラが自ら魔力を帯びた血を分け与えた血蛇の群れ。血蛇の群れは彼女に敵対する者へと一斉に襲い掛かる様に調教されていた。


 ゴーレムは血蛇の群れを叩き潰すべく拳を振り下ろす。


 一部の血蛇は潰されるが大地を抉ったゴーレムの拳から腕へ一斉に血蛇が這い上がっていく。


 そして蛇達は腕から内部に潜り込み掘り進めていく。


 すぐさまアレキサンダーは腕を自壊させるが、もう血蛇は胴体に潜り込んでいた。


 アレキサンダーはゴーレムが崩される前にプリシラを始末してしまおうと、前に進めようとする。


 が、一歩前に進むと踏み出した足が崩れ落ちた。腕だけでなく足からも血蛇はその内部に侵入していたのだ。


 そのままゴーレムは前のめりに倒れる。血蛇が“核”まで到達するのは時間の問題だろう。だが、あえてアレキサンダーはその様子を静観する。


 プリシラの血蛇とアレキサンダーのゴーレムは相性が悪い。ならば稼働数や部分召喚などの情報は極力伏せていざという場面に備える。


 そしてアレキサンダーの備えていた「いざという場面」は意外と早く訪れたのだった。


 シャーリーの頭から落ちた軍帽からはみ出した禍々しい魔力を放つ剣の柄は、まるで意思があるかの様に刀身を現し、シャーリーの手元に向かっていく。


 これはシャーリーの切り札、強力な付呪をされた剣である“魂食み”。


 一般的な魔力で強化する剣ではなく、魔力を注げば注ぐほど強くなる魔剣。


 ただその剣が“魂食み”と呼ばれる理由は、使用者の意思で魔力の流入を止めることができず、起動し続ければ使用者が死に至るという点にある。


 通常であれば一定以上の魔力を注がなければ起動しないが、軍帽から飛び出した際に、結界内に満ちた六人による高濃度な魔力を喰らい起動してしまった。


 一番近くにあった魔力反応、シャーリーの手まで動いていった“それ”は、シャーリーの意思に反して剣を握らせた。


 “魂食み”の放つ爆発的魔力に、距離を詰めていたウルスラは飛び退る。


 結界内の皆が異常な魔力反応に気を取られる。





 そう、圧倒的劣勢で虎視眈々とプリシラの隙を狙っていたアレキサンダー以外は。


 アレキサンダーは“魂食み”の放つ魔力に紛れて、魔力を感知されることなく新たなゴーレムを召喚していた。即ち、プリシラを握り潰す為の片腕だけのゴーレムを。


 岩で構成された片腕はプリシラを拘束する。倒れたゴーレムは血蛇から集中攻撃を受け、囮の役割を果たしている。今からでは血蛇達による腕の破壊には間に合わないだろう。


「離すのですー!」


 手足が拘束されているため、首をブンブンと振りながら叫ぶプリシラ。


「このクソガキを殺されたくなかったら結界を解け、イカレ女ども!」


 アレキサンダーが叫ぶと、想定外の答えが返ってくる。


「やってみろよ! バーカ!」


 セシルの剣と血杭を打ち合っているイザベラが叫び返す。


 アレキサンダーは間髪入れずにプリシラをゴーレムの腕で握り潰した。胴が潰され口から臓物をはみ出させたプリシラを放り投げる岩石の腕。


 すると血蛇達は新たな肉の餌を見つけたかの様に一斉にプリシラの身体へと群がる。


(飼い慣らしても所詮は獣か……)


 様子がおかしいシャーリーの元へ向かおうとするアレキサンダー。


 異様な魔力を放つ剣から悪影響を受けない様に自身を“核”としたゴーレムを身に纏う。


「残念なのでーす」


 突然の声に振り返ろうとするも、それすら間に合わずゴーレムの体ごと結界の壁に思い切り叩きつけられる。


 そして背後からの一撃は“核”であるアレキサンダーの自身にまで届いていた。口内に溢れる血を無理やり飲み込むアレキサンダー。


 アレキサンダーの負った傷は深手だったが、ゴーレムを纏った状態であれば意思だけで動かすことが可能だ。


 振り返ったアレキサンダーが目にしたものは、身体が元通りになったプリシラの姿だった。


 いや、元通りどころか身に宿す魔力はそれまでの数倍に膨れ上がっている。


 深手を負ったアレキサンダーに復活を遂げたプリシラの圧倒的な暴力が迫る。

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