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第35話 沈痛

 「悪いが死体を何体か持ってきてもらえないだろうか? 一部分で構わない。だが場所はそれぞれ別の場所で頼むよ」


 騎士達はベネディクトの指示で心底嫌そうに街へ入っていく。


 しばらくすると騎士達は住民から切り取った腕や肉などそれぞれ断片を持ってきた。


 フレデリカによる治療を受けながらその様子を見るセシル。


「これは……付呪されているな。見た限り……増幅か。全部そうだね」


 一目見ただけで使徒が住民に行使した魔術を看破するベネディクト。


「しかし……見比べると付呪がされたのはほぼ同時だ。複数犯じゃないね。人間への付呪自体が高等技術なのに、街全体の住民を同時に? 信じたくはないが、バカげた話が現実で起きてしまっているよ」


 彼の言うことを聞く限り、今回住民を虐殺した使徒はベネディクトですら現実から目を逸らしたくなる様な魔術を行使するらしい。


「高度な技術とその効果範囲が必ずしも同一の素養によるものとは限らないだろう。ベネディクト」


「というと? ランドルフ先輩」


「お前から説明してやれ。グレース」


 ランドルフの後方に待機していたグレースが一歩前に出てベネディクトに説明する。


「可能性の一つとして魔眼が考えられます。以前、元々効果範囲の狭い術式を視界全体に拡大させる魔眼使いと交戦したことがあります。同じ種類の魔眼を持っていたのなら、あるいは」


「ちなみにそれはどうやって魔眼の効果を確かめたんだい?」


「魔眼使い同士で目が合った場合、魔眼による攻撃を弱めることができます。私と目が合ったその魔眼使いは、それまで広範囲に行使していた魔術が急速に弱まったことで討ち取られました。この仮説が正しければ、魔眼を防ぐ結界ないし、魔眼使いによって攻撃を阻止することが可能かと」


 魔眼使いの当事者であるグレースの説明で腑に落ちた様子のベネディクト。早速彼はロバートの部下の王国騎士を呼び寄せる。


「君、街の結界はどうなっていたかわかるかい?」


「結界を維持するための要石は破壊されていました。それも自分の見る限り複数個が。使徒の攻撃時には結界は機能していなかったと思われます」


「ありがとう。この証言で使徒の手口は分かった。周辺の街の結界を騎士団員に守らせる必要があるな」


 そう、ワリードの武器は高等技術である人間への付呪と魔眼。


 それは魔術に精通したものが見れば、比較的容易に対策可能なものだった。


 精神的に不安定なルイスが使徒に重宝されていたのは、彼の具現化魔術は一旦解除されればそこに証拠を残さない性質のものだったからだ。


「随分と消極的だな。ベネディクト。付呪師本人を叩いてしまえばいいだろう」

 

「意地悪を言わないでくださいよ、先輩。この間“天馬遊撃隊”が上級使徒を倒しましたが、おそらく今回の使徒はその後釜でしょう」


「だからこそだ。お前程度に看破される様では、同じ役割でも前任から劣る魔術師なのだろう? 王都周囲の街には“首輪部隊”を配置して結界の要石を監視させる。工作員に動きがあり次第、我々が出撃し使徒を叩く」


 ベネディクトとランドルフはお互いの立場を忘れ、学生時代に戻ったかの様に言葉を交わす。


 ベネディクトはその感覚を懐かしく思いながらも、既に二人が遠く交わらない位置にいることを感じ少しだけ寂しくなるのだった。




 翌日、司令部にはオットーはおらず人型に回復したヨナがオットーの椅子に座って待っていた。


「やあ、久しぶり! でも今日は人が少ないね。何かあった?」


 オットーが不在という話は聞いていた。なので次の任務の話が下りてこない以上、律儀に司令部に顔を出す必要はないのだが、分隊長として他の隊員の様子も見て起きたかった。


 他に司令部へとやってきたのはクラリッサとアレキサンダーのみ。


 他の隊員は疲労と精神的負担が大きかったのか来ていない。


 セシルに精神的負担がなかったかといえばウソになる。


 だが、ハーデ・ベルで起こったことは余りにも現実味がなさすぎて、使徒への怒りもあまり湧いてこない。


 ただハーデ・ベルの住民を守れなかったという罪悪感だけがあった。


 どうやらヨナはハーデ・ベル壊滅の件を何も知らないようだ。


 当然王都の市民にも知らされていないだろう。王都近郊の街が滅ぼされたとなればパニックが起こるのは容易に想像できる。


「悪い。守秘義務があるんだ」


「そう。なら仕方ないね」


 意気消沈したセシルとクラリッサ。司令部に来ない隊員達。そして守秘義務という単語。ヨナは何か察した様子で黙ってしまった。


 すると突然ドアが開いた。誰かと思いそちらに目を向けると、昨日第一分隊と共に戦った王国騎士ロバートがそこにいた。


「失礼する。急な話で悪いが、オットー隊長が罷免された。なので私から話がある」


「え! なんでですかー!」


「その件について隊の皆に説明したいことがある。彼らもつらいと思うが残りの分隊員達を呼んできてもらえないだろうか?」


 セシルとクラリッサは手分けして部屋にいる隊員達を呼びにいった。


 アレキサンダーは腕組みして壁にもたれかかったまま。ヨナはロバートに自己紹介している様子だった。


「なんすか」


 残りの四人を呼び出したが、アンは眠そうだ。しかし他の三人の表情は暗い。


 特にヘンリーに至ってはいつもの快活さはどこかにいってしまったようで、別人の様だ。


「つらいところを呼び出してしまって悪いね。今日の新聞だ。私が要点を読み上げよう」


 教王府が発信させた情報は、「合同演習を妨害した使徒の戦闘部隊を“天馬遊撃隊”が撃退したこと」、「ハーデ・ベルで謎の奇病が発生し、当面ハーデ・ベルを封鎖すること」といった内容らしい。


「謎の奇病って……ウソじゃないですか!」


 声を荒げたのはヘンリーだった。


 昨日の一件で一番ショックを受けていたのはヘンリーだ。だからこそそれを隠蔽する教王府が許せなかったのだろう。


「悪いが最後まで聞いて欲しい。もしこれを使徒の攻撃でハーデ・ベルが壊滅したと書いたらどうなる? 教王府による王都の統治に綻びが生じて、次なる攻撃を招くことになるだろう。そうなれば最悪の場合、国ごと使徒に乗っ取られる可能性すらある」


「そうはいっても使徒は教王府が隠蔽不可能になるまで近隣の街を攻撃するのではないかしら? 時間稼ぎにしかならないのではなくて?」


 核心を突くステラ。第二、第三と街が犠牲になればそれこそ教王府の統治は崩壊するだろう。


「いや、その時間稼ぎが重要なんだ。昨日のベネディクトさんとランドルフさんの会話は聞いただろう? その間に使徒の攻撃に対する策を講じる」


「で? 時間稼ぎとやらはわかった。が、どうしてオットーがクビにされてあんたがここに来たのか教えてもらいたいな」


 アレキサンダーがロバートに切り込む。


「……くび?」


「そうだ。オットー隊長は罷免された。今回の合同演習を企画立案した責任を問われてね。彼の意思によるものかは不明だが、情報漏洩があった。使徒への内通の罪で処分される予定だ」


 想定外の事実にセシルは言葉が出ない。確かに嫌な人物だったが、誰よりも出世欲の強いオットーが敵へ内通する様なことはしないだろうと感じたからだ。


 「君達の言いたいことはわかる。彼の上昇志向は強い。自身が立案した合同演習を自ら台無しにする様な真似はしないということはわかっている。だが、結果として使徒相手に隙を作り、あれだけの惨事を招いたのは事実だ。組織としては誰かに責任を取らせないといけないんだ。それが本人のあずかり知らないところで、敵に利用されていたのだとしても」


「でもそんなのでっち上げじゃないですか! オットー隊長を内通者に仕立て上げても本物の内通者は他にまだいるわけでしょう? 根本的な解決になってないですよ!」


 再び語気を荒げて反論するヘンリー。ヘンリーのまっすぐな性格には政治の黒い部分というのは受け入れがたいのだろう。


「当然彼への処分は軽いものとなる。しかし、本物の内通者はある程度目星がついているんだ。以前特務が捕らえた元“アカデミー”教官のブレンダ。彼女の証言で判明した王都に潜む内通者達、彼らについては現在泳がせている状況にある。それを次の我々の行動に利用することとなった」


「次の行動というのは?」


 ようやく口を挟むセシル。半ばわかった上で改めて確認の為、質問をした。


「無論、今回ハーデ・ベルを壊滅させた使徒の撃破だ」

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