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第32話 獣人

 ステラの衝撃破で吹き飛ばされ身を起こしたハンス。


 彼は起き上がるときにあるものが無いことに気付く。左腕が衝撃波と共に放たれた斬撃で切断されていたのだ。


「これじゃ今日はもう刻めねーじゃねーか。じゃ、命あっての物種ってことで、帰るわ。風剣の女は覚悟しとけ。一生かけて付きまとってやるよ。じゃあな」


 ハンスは左腕を失ったことで、戦場での高揚感が急に冷めてしまった。


 けれどもステラへの呪詛の言葉は忘れない。残った腕で『転移の符』を取り出すハンス。


 その瞬間、ハンスが『ゲート』を作成する暇を与えず、透過して様子をうかがっていたアンが仕掛ける。


 ハンスの心臓部分から実体化した腕が突き立っていた。


「お前はここで死ぬっす。下衆」


 心臓を貫かれたハンスは、間もなく崩れ落ちる。はずだった。


「あー……ここまでコケにされたらさあ……黙って死ぬわけには行かねえだろうが! お前ら、何の肉だったかわからなくなるまで、グチャグチャに刻んでやるよ!」


 ハンスの魔力量が急激に上昇していく。すかさず透過して場を離れるアン。


「グ、ア、アアアアア! お前ら、全員、道連れ、に……アア、アアアア!」


「“獣化の魔術”! しかも自分を暴走させたの!? まだ終わってないわ! 総員構えなさい!」

 

 即座にハンスの正体を看破したステラが警告する。


 ”獣化の魔術”。獣の骨や臓器を付呪した上で自身の体に埋め込み力を得る邪法。


 暴走の危険性がある為、ローレ・デダームでは禁術とされているが、使徒には関係ない話だ。


 ハンスは狼の心臓を埋め込んだ獣人。


 アンに心臓を貫かれても即死しなかった理由は、もう一つ狼の心臓があったからだ。


 ハンスは身体強化に加えて狼の力を得ることで、常人を越えた動きを可能にしていた。


 そして死に際のハンスが自らを暴走させたということは、もう後戻りするつもりがないことを意味している。


 どのみちこのまま身体の主導権を狼の心臓に引き渡さなければ死ぬ定めなのだから──彼は人として死ぬより、獣となって復讐を遂げることを選んだ。


 ゴキゴキと骨が砕け、肉が唸り、身体が変形していくハンス。


 身の丈は三割増しほどに。残された右腕の掌は大きく、指も長く、爪も鋭く長くなる。


 口元は大きく避け、牙がズラリと並ぶ。足は獣の様に爪先立ちをし、バランスを取るように大きく膝が曲がっている。


「フゥ、フゥ……ハァーッ。最初からこうしておけばよかったんだ……お前らみたいなクズ肉を切り刻む為の完璧な身体になれたんだからさあ!」


 咆哮するハンス。


 アレキサンダーがゴーレムを三体召喚し一斉に魔弾を射出するが、横っ飛びに跳ねて避ける。


「女ァ! まずはお前の腕から落とす!」


 ゴーレムの裏にいたステラへ獣の腕が勢いよく振り下ろされた。


 ステラも今度は土の大剣で受け止めようとするも僅かに間に合わない。


 アレキサンダーもゴーレムによる壁を召喚しようとしていたが、それよりも速く懐に入り込むハンス。


 だが、突如二人の下へ転移してきたクラリッサが二人を両腕で抱える様にして再び転移する。


 転移空間でアレキサンダーが声を荒げる。


「どうすんだよあんな怪物! そのまま逃がしときゃよかったろうが!」


「この空間はあんまり長居できないから、しっかり聞いて!」


「何か案があるのね? クラリッサさん」


 ステラが促すとクラリッサは覚悟を決め、話し始める。


「お前、狂ってるのか?」


「じゃあ他にあいつを倒す方法があったら教えて」


「やるしかないわね。ぶっつけ本番だけどクラリッサさんの手はず通り行きましょう」


 納得のいっていない様子のアレキサンダーと、珍しくクラリッサに同意するステラ。


 転移先はハンスが暴走を始めた地点。それは近くにまだアンがいると思われる場所だった。


 今回の作戦ではそれぞれ重要な役目を果たすことになるが、一番の重要人物はアンだったからだ。


「消えたり出たり、鬱陶しいんだよ! とっととミンチになれよ! なあ!」


 クラリッサの転移魔術に怒りをあらわにするハンス。


「アン、きて!」


 クラリッサが叫ぶとしばらくしてクラリッサの耳元でアンの声が聞こえる。


「いるっす」


「アン。あんたはアレキサンダーの近くにいて。今言えるのはそれだけ」


「っす!」


 クラリッサがアンを呼びつけている時間はアレキサンダーが稼ぐ。


 ゴーレムを三体横並びに同時展開、魔弾の一斉射撃を開始する。


 ハンスは自分の新しい力に酔っている様子。次々と飛来する魔弾をギリギリのところまで引きつけて避ける。


 そして魔弾を発射する直前のゴーレムへと急接近。


 目に爪を叩きつけて暴発させる。崩れ去るゴーレム。


 すると隣のゴーレムがハンスに向け、魔弾とパンチの同時攻撃を行う。


 片腕のハンスであれば同時に対処することは難しい。


 そう考えたアレキサンダーだったが、ハンスは強化された爪でゴーレムの腕を容易く切断し、魔弾は高く跳ねて回避する。


 アレキサンダー達から少し離れた地点ではステラが全魔力を剣に集中している。しかしハンスはすぐにステラの様子に気付いた。


「見つけたぁ! お前は両腕落とした後、生きたまま臓物をこねくり回してやるよ!」


 ステラに急接近するハンスへ向けて、アレキサンダーは残るゴーレムに魔弾を発射させるが当たらない。


 救援に向かう時間もない。が、アレキサンダーは小声で何かをつぶやき、ステラから視線を外した。


「ステラ! ダメ!」


 クラリッサが突き飛ばす様にステラを転移させる。


 連続した転移が身体に負担を与えているのか、もはやハンスから逃げる様子は無く肩で息をしている。


「お前え! 邪魔ばっかしやがって……! だが、お得意の転移もそろそろ種切れみたいだなあ!? 最初のミンチは黒髪の女だと決めてたが、美しい友情に免じてお前から細切れになる名誉をくれてやる! 女ァ!」


 振り上げられる右腕がクラリッサに迫る。


「なんちゃって、ばぁか」


 突然転移するクラリッサ。

 

 ハンスは一瞬呆気に取られる。次の瞬間ハンスの足元からゴーレムの腕三体分、計六本が生え、ハンスの足元を掴んだ。


 腕はそれぞれ重なり合う様に大地に根ざし、強化されたハンスの足でも抜け出せない。


「ふざけやがってえ! すぐに抜け出して殺す! 全員殺す! 生まれてきたことを後悔させて……」


 ハンスが異変に気付く。付近に新しいゴーレムが一体だけ召喚されている。


 それも術師のアレキサンダーから遠く離れた場所に。予めそこに召喚することを決めていた様に。


 ハンスに魔弾を暴発させられたゴーレム。それは致命傷を負って崩れ去ったのではない。


 召喚の枠を作る目的で、意図的に破壊したのだ。


 ハンスの足を掴んでいるゴーレムもそうだった。ステラが囮となり、クラリッサが時間を稼ぐ場所に仕込んでおいたのだ。


 そして新しいゴーレムの肩に乗るのは、実体化し息を切らしたアン。


 アレキサンダーの指示を受け、透過したまま走ってそこまでたどり着いた。


 そしてアンはアレキサンダーに目配せし、衝撃に備える。


「やるっすよー!」


 アレキサンダーはゴーレムに、アンを思い切りハンスに向かって投げさせた。


 しかし小柄で身軽とはいえ一人の人間である。いくらゴーレムでもハンスの距離まで届かせることはできない。


「何をするかと思えば! クソバカどもが! ハ、ハハハッ!」


 だが、状況は一変する。


 先ほどクラリッサが庇い転移させた、剣に風を纏った状態のステラがゴーレムの肩に時間差転移してきたのだ。


 転移とほぼ同時にステラは剣から風を放つ。斬撃ではなく、一点集中した暴風を前方に。


 風を受け加速したアンはその勢いのまま透過、全てを察したハンスはゴーレムの腕から抜け出そうとする。


 が、もう遅かった。アンはハンスの体と重なった瞬間実体化する。そしてその直後にまた透過しハンスの体を通過した。


 アンがハンスの腹に開けた大穴で消滅した部分には、埋め込んだ狼の心臓も含まれていた。


 力の源を失い急速に力を失っていくハンス。


「グ……ガ、あ……。ふざ……け……」


 力を失うと共に体が縮んでいくハンス。ハンスの死体は人間とも獣ともつかない奇妙なものとなった。


 “八つ裂きハンス”。


 彼はローレ・デダームの記録上で初の“奴隷人形部隊(マリオネット)”の死者という不名誉な称号を得たのだった。

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