第30話 演習
王都から少し離れると、農業と王都との交易で成り立つ小規模な街が点在する様になる。
元々その街々は、王都から追放された者や何らかの理由で王都に入れなかった者達による集落から派生して繁栄していったという歴史があった。
その様な近隣の街は王都へ作物を納入する対価として、魔導器や付呪をされた品々を受け取ることで生活を豊かなものにしていた。
ハーデ・ベルという名の中規模の街近くに放棄された城。
その周辺の平原が今回騎士団本隊と“天馬遊撃隊”の合同演習が行われる場所だった。
演習の筋書きは「使徒の居城まで進軍し、少数の特殊部隊が潜入する」というもの。
具体的には、ハーデ・ベルを進軍拠点とし廃城まで行軍、そして廃城を包囲する。
その一方で特殊部隊は使徒が包囲に対処している隙を突いて潜入する。
“天馬義勇軍”のほとんどは包囲にあたることとなった。
彼らが組織的な行動をするのは初めてで、軍としての動きを知っておく必要があったからである。
一方で第一分隊は特殊部隊側に組み込まれた。
部隊の性質からして妥当ではあったが、他の“天馬遊撃隊”メンバーと顔見知り程度にはなっておきたかったとセシルは思った。
「私はロバート。今回この演習で特殊部隊の隊長を務めることになる。“天馬”の活躍によって騎士団本隊は沸き立っているよ。私も一国民として感謝している。ありがとう、諸君」
今回任務を共にするのは若き王国騎士ロバート。
オットーとそう年齢も違わなさそうなのにとても爽やかな王国騎士だった。ロバートに握手を求められ応じるセシル。
「でも君達は既に上級使徒を撃破しているからね。教えられることは我々王国騎士の方が多そうだ」
少し自嘲気味に笑うロバート。
「そんなことはないですよ。俺達だってまだ学生の身から義勇軍に参加したわけですから。正規の騎士としての訓練はまだまだです。こちらこそよろしくお願いします」
(実際はほとんど“アカデミー”にはいなかったわけなんだけど……)
セシルも苦笑しながら答えた。
今回の任務に当たるのはヨナを除いた七名。
再生治療を終えたヨナはまだ調整が不十分らしく、今回の演習は見送りになった。
廃城の見える丘の上でセシル達は包囲の陣形が整うのを眺めていた。
訓練では陣形が整い次第、廃城へ潜入する流れになっている。
今回の特殊部隊側の課題は四段階に分かれている。
転移を用いない城内付近への接近。敵側の結界を前提とした侵入経路の確保。安全地帯を確保した上で『ゲート』の作成。『ゲート』を通じて別働隊と合流し城内を攻撃する……といった流れ。
これをどれだけ迅速にこなせるかということらしい。
第一分隊には転移や透過の魔術を行使することのできる隊員がいるが、必ずしもその力を頼れる状況にあるとは限らない。
セシルは分隊長として、この演習を通じて部隊の運用についてできるだけ吸収しようと思っていた。
陣形は中々整わない。隊列を乱してしまっているのは“天馬遊撃隊”の他の部隊だろうか。
しかし“天馬遊撃隊”の隊員達からすれば“アカデミー”を修了せずに、義勇軍に志願した上での初めての演習なのだから仕方ないとも感じる。
すると突然、特殊部隊側から包囲部隊の前衛が一斉に空中へ向かって火球を放つのが見えた。
空中への火球は緊急時の簡易的な救難信号であるが、これほど一斉に放たれる意味は一つ。
使徒との接敵だった。
「ロバートさん!」
「ああ、至急転移して加勢する!」
緊急事態として、本隊との合流用の『転移の符』を部下に起動させるロバート。
陣形の後方への転移となるが、騎士団員と第一分隊を一息で転移させる方法はそれしかない。
両部隊が転移し終えると、既に使徒達は陣形の深くまで食い込んでいる様子だった。
「派手にやれよぉ! お前ら!」
「よおガニメデ、殺した騎士の数で一勝負しようぜ? そのくらいの余興がないと歯応えがなくてつまらねえよ」
「あぁ!? 無理言ってんじゃねえよ、ハンス! より取り見取りだ。数え切れるわけねえだろうが!」
隊列の中央にまで切り込み、騎士を軽々と斬り捨てる“剣鬼”ガニメデと、スピードで騎士達を翻弄し切り刻む“八つ裂き”ハンス。
彼らを含む計六名の使徒は、転移はせず廃城に潜んでいた。『転移の符』では『ゲート』の場所次第で、転移直後に集中砲火を食らう可能性があったからだ。
つまりこの合同演習襲撃は使徒に情報が漏洩しており、さらに使徒がローレ・デダームに対し攻勢に転じたことを意味していた。
「おいおい、この戦場! ガキばっかじゃねえか!」
「へえ! 義勇軍の良い子ちゃんが? 刻み甲斐がありそうじゃんか! テンション上がってきたぜぇ!」
騎士達の頭を足場にして器用に後衛の“天馬遊撃隊”本隊の方向に向かうハンス。時折飛び移りにくい位置の騎士がいると、腹いせとばかりに兜の覗き穴へと爪先に仕込んだ刃物を刺し込む。
ハンスの性格は気分屋で自分勝手。そしてどの使徒にも言える様に「自分は何をしても許される」と心から思っていた。
そして前衛の騎士達を次々と削っていくのは“槍撃ち”ウルバン。
廃城に潜んだ彼は、魔力耐性を付呪した騎士の鎧すら容易に貫く威力と、遠距離射撃を両立した魔弾で騎士達を着実に減らしていく。
その威力と魔弾が刻む槍で貫いた様な傷跡、それが“槍撃ち”の由来だった。
ウルバンが使徒として凶行に及ぶのは、「武装した騎士こそが一番仕留めにくい的である」という理由だけ。
彼にとって戦闘は狩猟そのものだった。
前衛で暴れているのは“血の四姉妹”の次女イザベラ。彼女は自身の血液で作った杭を手に騎士の一団を相手に大立ち回りを演じている。
彼女の杭は突き刺した相手の血液から魔力を奪う。
そして彼女が杭で付けた傷は、杭が抜けた際には癒えてしまう。
この特殊とも言える杭の性質は、彼女が長く敵をいたぶる為に術式を開発したという証拠。
彼女が相手にかけた治癒の術式は任意で解除することが出来、解除された相手はそれまで刺された傷の全てから血を噴き出して死ぬ。
といっても敵の数も多く、一人ずつ楽しんでいられないのも事実としてあった。
その為本意ではないが痛めつけるのは最低限にし、急所のみを狙い騎士の数を減らすことに努めていた。
彼女は生粋の嗜虐趣味だった。
普段姉妹達であたる任務では、一対一で相手を徹底的にいたぶり尽くすのが常だ。
イザベラは強者ぶった男をいたぶり、あえて隙を作ることで最後の抵抗を試みた相手の治癒を解除して、全身から血を噴き出して死ぬ様を見るのがたまらなく好きだった。
そしてもう一人前線で戦うツインテールの女。
本名不詳、自称“ロリポップ・キャンディー”。
彼女は童話のお姫様の様な華やかでピンク色を基調とした、過剰にフリルやレースをあしらった曲線的なスカートが特徴的なワンピースを着用していた。
彼女の周囲に王国騎士はいない。
正確に言うと皆倒れ伏している。そこには飴の様な甘ったるい匂いが満ちていた。
彼女の着用している衣服、そして手にしたフリルがあしらわれた傘には猛毒が仕込まれている。
甘い匂いはその毒に由来するものだった。
倒れている王国騎士達は、穴という穴から血を流し微かに痙攣するのみで動きはない。
彼女は全身に仕込んだ毒を風に乗せ、風の流れを操作することで周囲の騎士達を全滅させたのだった。
鼻歌を口ずさみ、上機嫌な素振りで倒れた騎士達を踏み歩くロリポップ・キャンディー。
彼女は本名も、経歴も、使徒として活動する動機も不明。明らかなのは殺しを楽しんでいるということだけ。
ガニメデを含む五人の使徒はいずれも“奴隷人形部隊”所属の精鋭。
そして、最後の一人の使徒は部隊所属ではないワリードと名乗る男。そのワリードは戦場には出ていない様子。
ただガニメデはその男の能力も役割にも興味がなかった。
興味があるのは久方ぶりの戦場でどれだけ遊べるか。
“奴隷人形部隊”指揮官ルキウスからの命令は「暴れて来い」ただそれだけだった。
「上等上等! この“剣鬼”ガニメデに二度の失敗はねぇ! 死ぬ気で殺せよ、お前らあ!」




