第29話 使魔
部隊の皆がそれぞれに余暇を楽しんでいる中、ヘンリーはフレデリカによる使い魔制作講座強化合宿の真っ只中だった。
ちょうど第一分隊が特務本部に部屋を間借りしていることもあり、第一分隊がまとまった休みを得たことを知ったフレデリカ。
彼女は普段抱えている仕事を支援部隊の部下たちに振り分け、ヘンリーに付きっ切りで使い魔の制作について叩き込んでいたのだ。
ヘンリーは持ち前の知識欲と、フレデリカも認めた使い魔作成の才能を発揮し、飲み込みはとても早かった。
フレデリカはほぼ独学で使い魔の制作技術を習得したので、その数倍の速さでヘンリーは使い魔についての知識を得ていくのだった。
「使い魔に施す命令は形としては付呪なわけですよね? 例えば“アカデミー”の連絡用の使い魔は一方的に手紙を送り付けて帰っていくだけでしたし、そんなに複雑な命令はしていないと思います。でも設定された座標まで飛ぶ、結わえ付けられた手紙が外されるまで待つ、手紙が外されたら戻る。それだけでも少なくとも三つの命令が付呪されてます。ならポコちゃんみたいな自律型使い魔は相当複雑な命令が施されてるんじゃないですか?」
「必ずしもそうとは限りません。ヘンリー君が今までしてきた魔導器への付呪とは違って、使い魔への命令は幅を持たせることができるんです。ちょうどそこにプニちゃんがいるのでちょっと見てあげてください」
ヘンリーによって歩ける様になったプニちゃんは、フレデリカに手招きされ近寄ってくる。
「ぷ?」
「ちょっと触るぞ……。確かに、かなり大雑把? というかほとんど行動を使い魔の判断に任せてる印象ですね。でもそうすると、使い魔の人格の構成が大変になりませんか?」
「案外そうでもないんですよ。作成者の思考をベースに人格を構成してしまうんです。そうしたらその子の性格に合わせた任せた命令、能力を付呪するんです」
しばらく考え込むヘンリー。
フレデリカも次に来る質問は大体わかっていた。覚悟を決めるフレデリカ。
「じゃあポコちゃんの性格は、フレデリカさんの思考がベースなんですか?」
「あのときは条件が特殊だったというか……。その時期は、特務で理不尽なことが起きて、半ば怒りに任せて作ったというか……。でも優しい子も沢山いるんですよ? そうです! よかったら今度見に来てください! 色んな子がいるので勉強になるはずです!」
ポコちゃんの性格についての追及を、話を逸らして誤魔化すフレデリカ。
すると医務室のドアに備え付けられた使い魔用の小さな入口を通って、一匹のぬいぐるみ使い魔が入ってきた。
それはプニちゃんを一回り大きくした、というかポコちゃんの色違いの様な見た目だった。
色はグレー、垂れ耳に小さなにんじんの耳飾りと、首に水色のリボンを付けたウサギのぬいぐるみ。
ポコちゃんと異なる部分といえば少し優し気な目をしているというところか。
そこに入ってきたのはポコちゃんの対になるぬいぐるみ使い魔、シーちゃんだった。
前線に出たがるポコちゃんとは対照的に、あまり外に出たがらないシーちゃんは、ポコちゃんからの通信の受信用として特務の司令部にいることが多かった。
「ぷ! ぷ! ぷぅ~!」
シーちゃんの姿を見ると、するすると机を滑り降りて、シーちゃんの下へ駆け寄るプニちゃん。
そのプニちゃんの頭を耳でなでるシーちゃん。
(うーん。かわいい。ぬいぐるみでも兄弟愛は素晴らしいな)
思わず感心してしまうヘンリー。
シーちゃんは一通りプニちゃんをなで回すと、プニちゃんと共にヘンリーの下へ近付いてきた。
「ぷ!」
プニちゃんは耳でヘンリーを指すとシーちゃんの方を見る。
するとシーちゃんはヘンリーに向け深々と一礼したのだった。
「オレ、ヘンリー! シーちゃんだよな? よろしくな!」
シーちゃんは頷くと改めて一礼をして司令部に帰って行った。
「話してくれませんでしたね。オレ、嫌われるようなことしちゃいました?」
「とんでもないです! シーちゃんはポコちゃんとは全然性格が違って、人見知りで少し気難しい部分があるんです。そんなシーちゃんが、自分からヘンリー君のところにプニちゃんのお礼をしに来たということは、ヘンリー君は気に入られているはずです。きっと!」
フレデリカが嬉しそうにヘンリーに告げる。
「そんなもんですかね? ちなみに人見知りで気難しい部分もフレデリカさん由来なんですか?」
「使い魔の子の性格付けには、作成者の持つ一面を誇張して作る必要があるんですー! この期間に使い魔の子を一人作ってみてそれを実感してください! そしたらヘンリー君にもそれがよくわかりますから!」
「それなんですが、作成とは別に一つだけ試してみたいことがあるんです」
ヘンリーの話を聞いて思わず驚いてしまうフレデリカ。
「そんなこと、できるんですか……?」
「だから試してみたいんですよ」
ヘンリーの使い魔作成の道のすべり出しは好調に思えた。
だが彼が使い魔作成において、その才能を余すところなく発揮する様になるのはもう少し先の話。
第一分隊に与えられた休暇の最中、また分隊全体に唐突にオットーからの呼び出しがかかった。
彼は事前連絡というものを知らないのだろうか、とセシルは思う。
セシルとオットーの口論以降、二人の関係は険悪になった。
セシルは部下として割り切ってオットーへ謝罪したが、オットーはその謝罪を無視した。
それ以降もオットーはセシルをいないものとして扱い、今まで以上に必要な情報が入ってこなくなった。
既にセシルにとってオットーは騎士団本部からの使い走りと同じ様なものだったが、情報の共有が十分になされず隊の皆を危険に晒すことは避けなくてはならなかった。
司令部に向かいながら自分に言い聞かせるセシル。
「まだ休みっすよー。ねみっす」
寝ぼけて髪はボサボサ、制上着は“天馬”のもので下は士官学校時代の制服という奇妙な出で立ちで司令部に現れたアン。
「貴様ら、前の任務では散々文句を垂れたではないか! もう忘れたのか? だから事前伝達してやろうと思って呼び出してやったのだ!」
「使い魔でいいだろ、隊長さんよ」
確かに使い魔で済む伝達であった。
しかしオットーは一人で元倉庫の司令部にいるのが暇で、用事があるとすぐ分隊員を呼び出すのだった。
「情報漏洩対策だ! 意識が足りんなアレキサンダー!」
(特務本部の施設内で情報漏洩を気にする必要があるのか……?)
疑問に思うセシルだったが、これ以上オットーとの関係をこじらせても仕方ないので黙っている。
「貴様ら第一分隊、いや“天馬遊撃隊”全体に騎士団本隊との大規模な合同演習参加の指令を受けた! 企画を立案したのは私だ。精々私の顔に泥を塗らん様に任務の準備とやらに勤しんでから演習に臨むのだな!」
セシルに発現の暇を与えず、司令部を出ていくオットー。
「任務の説明をするだけであそこまで嫌な感じで言えるの。逆に感心しちゃうね。オレは」
「あたしもー。そういう人だと思ってても慣れないわ、あれは」
オットーがいなくなると、途端にオットーの態度について話が弾む。
ステラは王都の実家に帰省中。研究所でヨナはまだ再生治療中だった。
「でも合同演習か。オレら、本格的に政治の道具にされてる気がするよ」
「どういうことだ? ヘンリー」
ヘンリーの漏らした一言にセシルが聞き返す。
「いやさ、この前名前を上げた“天馬”と騎士団本隊の演習を大々的にやるってことだろ? それって『使徒対策はバッチリやってますよ!』って教王府のアピールに感じないか?」
「考えすぎじゃないか? 俺は未熟な俺達“天馬遊撃隊”に騎士団の戦い方を見せてくれるってことだと思うけどな」
「まあなー考えすぎかあ?」
アレキサンダーは無言、アンは寝ている。
初めての大規模演習という任務を楽しみに思う者、訝しむ者、無関心な者、立ちながら眠る者など反応は隊員によってそれぞれだ。
そしてセシルは分隊長として演習で失敗することの無い様に気を引き締めるのだった。




