幕間:審問
騎士団の義勇軍が上級使徒を撃破したという報告を聞き、含みを持った笑みを浮かべた人物がいた。
対異端組織の第一級異端審問官。ランドルフであった。
「私もやつを仕留める為に色々と策を講じていたが、騎士団も案外やるじゃないか」
「騎士団所属とはいえ所詮は寄せ集め部隊です。組織としての質は我々が大きく上回っています。マスター」
ランドルフに意見したのは彼の副官であり片目に眼帯を付けた少女、グレースだった。
異端審問官は基本的に組織的な行動を取らない。
したとしても精々二、三人程度の小勢である。
個々に動いて異端の魔術師を討ち、手柄とする。
だがランドルフは常に複数の部下を率いて異端の討伐に当たった。
また異端審問官には上官や部下といった関係性もない。
等級による区別こそあるものの、それは自分より下の等級の者を異端討伐への同行を強制させる理由にはならない。
しかしランドルフは常に第一級異端審問官を同行させ、敵の性質に応じて最大十名ほどの第二級異端審問官と共に異端狩りに臨んだ。
彼らはランドルフ直属の部隊であることを示すため、ランドルフと同じカーキ色の制服に身を包んでいる。
通称“首輪部隊”、それが彼らを示す別名だった。
それはランドルフの第一級異端審問官としての二つ名が“首輪”のランドルフであることに由来する。
彼らの多くはランドルフが運営し、魔術を徹底的に叩き込まれる孤児院の出身だった。
第一級異端審問官にはそれぞれの術式や戦い方に応じて二つ名が与えられる。
例えば副官グレースの二つ名は“魔眼”のグレースだった。
更に彼ら“首輪部隊”はランドルフの下で戦えることを誇りに思い、それぞれが首に黒いチョーカーを巻いていた。
一般的に異端審問官が教王や枢機卿以外に忠誠心を持つことは少ない。
その為ランドルフに忠誠を示し、彼の為に戦う部下を多数擁する彼は“異端狩りの異端児”と呼ばれていた。
そして彼自身は『転移の符』を用いることなく『ゲート』を作成し、複数の者を次々と転移させられる高位の転移術師だった。
その日、彼とその配下が向かったのは異端の住処とされる場所。
既に数名の第三級と第二級の異端審問官が返り討ちにされている。
標的の異端は組織に属さず国境沿いの森に潜むはぐれ者の魔術師。
その魔術師は森からは出ずに、森に入り込んだ辺境民の首を刎ねて殺す通称“森の首斬り”。
通常何か異端と認定される様な研究、実験をして指名手配される様なはぐれ者の魔術師は、周囲の辺境民との共存を図る。
村に魔術による恩恵をもたらし、代わりに実験などに必要な物資や食料を要求するのが常だ。
しかし近隣の村での聞き取りでは“森の首斬り”と交流している様子はない。
魔術師として活動している情報も確認できない為、ランドルフは“森の首斬り”を無自覚に魔術を行使している異常者だと断定した。
怯える近隣の村人を先頭に“森の首斬り”の行動範囲まで案内させていると、森の奥から何者かがランドルフ達の方へ向かってくる様子が見えた。
「目を閉じて!」
副官のグレースが突然叫んだ。
グレースがこの様な指示を出すことは稀にある。相手がグレースと同じ魔眼使いの場合だ。
魔眼使い同士が戦う場合、個人の資質もあるが互いに魔眼による攻撃が効きにくくなる傾向にある。
魔眼の力で遠見をしていたグレースは“森の首斬り”と目が合った。
その瞬間攻撃されたことを理解し、“森の首斬り”の魔術が常時発動型の魔眼だと判断した上で警告を発したのだ。
“首輪部隊”の隊員達は即座に目を閉じたが、村人は状況が理解できないまま、斧を手にし近付いてきた“森の首斬り”の目を見てしまう。
すると村人は膝を突き、首を自ら差し出すような姿勢をとった。
「この世界は救いを求めている人で溢れてる。だから僕と出会う人はこの斧を見るとそうやって首を差し出すんだよ、過酷な現世から解放されたくてね」
独り言か、ランドルフや“首輪部隊”に話しかけているのかはわからない。
だがランドルフは目を閉じたまま納得した。
“森の首斬り”は自身の目にその力があることを知らない。斧自体に特別な力があると思いこんでいる。
彼が無自覚に魔術を行使しているというランドルフの予測は当たっていた。
「でもおかしいね。こんなに人がいるのに、救いを求めているのは一人だけだ。ねえ、目を開けてよ」
いくら相手が魔眼だけの半端な魔術師でも、視覚を封じられては対処が難しい。
ただそれは味方に魔眼使いがいない場合の話だ。
グレースが背伸びをして両手でランドルフの顔を包む様に挟んだ。そのままグレースがランドルフの顔を覗き込む様に見つめる。
「もう目を開けても大丈夫です。マスター」
ランドルフが目を開けると、真っ先にグレースと目が合った。
「魔眼対策用の暗示をかけました。“森の首斬り”の魔眼は端的に言えば希死念慮の増大。それを無効化できます」
グレースの魔眼は遠見、暗示、透視、残留思念の読み取り、そして自らの命の危機にだけ発現する未来視といった様に用途は多岐に渡る。
それ故にグレースはその物珍しさから魔術師に片目を摘出され売られるという過去を持っていた。
常に着用している眼帯はその跡を隠すためだった。
「感謝する。グレース」
そう言うとランドルフは“森の首斬り”の頭上に異端処刑用の『ゲート』を展開した。
『ゲート』の転送先は異端審問官達に与えられた庁舎の一室。
異端の拷問をする際によく使われるその部屋には、金属製の柱が数本立っておりその全てに五、六本の縄が結ばれていた。
縄のうち一本がするすると蛇の様な動きで、拷問部屋に開かれた『ゲート』へと進んでいく。
その縄はランドルフ自身が付呪を施した代物で、伸縮自在でとても頑丈だった。
そして縄は『ゲート』を通じて“森の首斬り”の首へと到達した。
「ねえ君、君は救われたくないの? やっと目を開けて僕の斧を見てくれたんだ。救われていきなよ」
自身の首に巻かれていく縄を意に介していない様子で、“森の首斬り”はランドルフに“救い”を与えようとする。
「私が救われるのは貴様らの様なゴミ虫が一匹残らずこの世界から消滅したときだよ」
ランドルフがそう言うと、縄が縮み“森の首斬り”が宙に吊られる。
彼は必死にもがくが、付呪とランドルフの魔力で強化された縄が外れることはない。
ランドルフは“森の首斬り”がしばらくもがき苦しむのを見てから縄を一気に締め、首をへし折った。
必要以上の苦痛を与えない為の配慮ではない。時間の無駄だからだ。
ランドルフは無駄というものが大嫌いだった。
彼にとっては、自身が異端を討った証拠となる縄の跡さえ残っていればよかった。
死体に残った縄の跡こそが彼が“首輪”という二つ名を与えられた理由だ。
“森の首斬り”の死体はそのまま縄で『ゲート』まで引っ張り上げて回収。
そして帰還用の『ゲート』を作成すると“首輪部隊”の部下を連れランドルフ達は王都に帰っていった。
正気に戻った村人は何が起こったか全くわからなかったが、以後森で死者が出ることはなかった。




