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第28話 群像

 “天馬遊撃隊”第一分隊にはドモア村で戦果を上げてからしばらく休暇が与えられていた。


 そんな中、一人の少女が一世一代の大仕事に挑もうとしていたのだった。


(わたしはみんなよりちょっとだけ、お姉さん)


 服はいつも通りの厚着。


(この前のオットー隊長は、ひどすぎた)


 顔を刀身に映して笑顔の練習。


(わたしがセシルくんを元気づけなきゃ)


 そして軍帽を深々と被る。


 バン! と勢いよくドアを開けた後、音に驚きゆっくりと閉める。


 少女は第一分隊が間借りしている建物内を、セシルの部屋目がけてちょこちょこと移動する。


 緊張のあまり力強いノックをする。


「すみません! すぐ行きます!」


 音に驚いたセシルが飛び出すように出てきた。


「……お、おはよう」


「おはようございます。シャーリー先輩」


 オットーとセシルの口論を見たシャーリーは、自分より年下のセシルが分隊長という責任重大な役割を果たす上での重圧にプレッシャー、ストレスを感じていると感じ、自らその解消に乗り出したのだった。


 そしてシャーリーのプラン、それは“デート”だった。


「……今日、暇?」


「暇ですけど……」


 突然のシャーリーの訪問に面食らうセシル。


「……もしよかったらデ、デ、デー……出……かけない?」


 ぎこちない笑顔でセシルを誘うシャーリー。


「え、いいですよ?」


 シャーリーからの思わぬ誘いに驚くセシル。


(セシルくん。暇でよかった……。ふふ、わたしと同じ)


 シャーリーの笑顔が、本人も知らないうちに自然なものになっていた。




 早速セシルは出かける為の準備を終え、特務本部を出発する二人。


 二人が最初に向かったのは、鍛冶屋だった。


 研ぎに預けていた武器を受け取る用事があったらしい。


 渡される武器を次々と衣服の中へと格納していくシャーリー。


「先輩のそれ、すごい便利ですよね。武器以外にも何か入っていたりとかするんですか?」


 セシルが今まで疑問に思っていたことを質問してみる。


「……携帯食料は入れてる。でもほとんど武器。容量にも限度があるから」


「でも前聞いたときは十個くらい入れてるんでしたよね? 一番大きい武器ってどういうやつなんですか?」


 セシルが武器の質問をしたことがシャーリーは嬉しい様子で、いそいそと服の腹部に手を入れる。


 すると長い棒状の武器の先端が出てきた。


 セシルはシャーリーの街中で武器を出す癖をどうにかすべきとも思ったが、鍛冶屋の前なのでまあよしとする。


 それは彼女の腕では一息で取り出せない長さ。


 棒を手繰る様にしてやっと取り出したのは、幅広大型の三角形の穂先が特徴的な長槍。


 シャーリーはパルチザンとも呼ばれるその槍を、石畳にガツンと立てた。


 セシルよりの身長よりも長い槍と並んだ小柄な彼女の姿は、いつも以上に小さく見えた。


「槍ですか? でも魔術戦で槍はあんまり……」


「そう。槍は柄の部分まで強化しないとすぐに折られるから敬遠されがち。両手がふさがるから戦闘中に片手間で魔術を使いたい魔術師ならなおさら」


 饒舌に槍の扱いについて説明するシャーリー。


「じゃあ何で先輩は容量制限がある中でその槍を入れてるんですか? それにシャーリー先輩の両手がふさがっちゃったら武器を使い分ける戦法が使えなくなりませんか?」


 セシルは疑問を率直にぶつけてみる。


「いい質問。剣も使う近距離タイプの魔術師相手なら長さで槍が有利。魔術を使う隙を与えない様に畳みかける。それに手練れ相手なら仕込んだ飛び道具くらいなら使えても、使い分けをしてる暇はないから。強力な付呪もある」


「じゃあ、それには一体どんな付呪が……?」


「エクセレント。この槍は敵の武器と打ち合えば打ち合うほど、そこから敵の魔力を奪う。そして奪った魔力が溜まるとわたしの魔力でさらに増幅して穂先から熱線が放てる。並みの身体強化なら全身火傷。してないなら身体に穴が開く」


(割りと容赦のない攻撃なんだな)


 槍について説明しているシャーリーはとてもイキイキとしていた。


 小柄な少女が持った不釣り合いなほど大きな槍。しばらくすると道行く人々の視線が集まってくる。


 シャーリーは急に我に返って槍を腹部に戻すと軍帽を深く被ってしまった。


「……次の場所、行こう」




 次の場所は武器屋だった。


 ただの鍛冶屋とは違って付呪を施した取り寄せた品を扱ったり、店に付呪師がいて武器に付呪を依頼できたりする店だった。


 普段シャーリーは街レベルの付呪師に依頼をかけることがない為、まだ来たことのない店だった。


 ただ、セシルに武器を選んであげたくて選んだ店だった。


「……セシル君の武器は、支給品?」


「そうですね。でも魔力強化をするから支給品でも満足してますよ」


「それはよくない。魔力強化の技量、魔力量が拮抗している様な場合、勝敗を決するのは武器の質や付呪の有無。わたしがセシル君の武器を見繕う」


 やはり武器のことになると饒舌になるシャーリー。


 シャーリーが選んだのは小振りのナイフだった。これには純魔水晶という魔力の伝道効率を高める石が使われているらしい。


 確かにセシルが今持っているナイフよりしっかりした作りで、野営でも役立ちそうに思える。


 するとシャーリーはそのナイフの会計を済ませようとする。


「先輩! 大丈夫です! 自分で買えますから!」


「……いい。誘ったの、わたしだから」


 遠慮するセシルを無視して財布を取り出そうとするシャーリー。


 財布も格納しているのか服の内部に手を入れて探しているが、見つからない様子。


「払えますって!」


 セシルの声にシャーリーは驚いてしまった様で、格納していた武器の一部をカウンターに落としてしまった。


 慌てて落とした武器を掴み格納しようとするシャーリー。


「ご、強盗だー!」


 刃物を手にしたシャーリーを見て早とちりした店主が大声で叫び出す。


「ち、ちが……」


「おいセシル。少し見ないうちに盗みに手を染める様になったのか? 王国騎士というものは随分と困窮しているんだな」


 聞き覚えのある声が店の入口から聞こえてくる。


「ああ騎士さん! いいところに来た! こいつら強盗だよ! なんとかしてくれ!」


 入ってきたのは特務騎士団副司令、ヴァルターだった。


「そいつらは強盗ではない。王国騎士だ。それも“天馬遊撃隊”のな。何故カウンターで刃物を持っているのかは知らんが」


「ええ!? あの“天馬”の!?」


「だから話くらいは聞いてやれ。俺もここにいてやる」




 ヴァルターの説得により少し落ち着きを取り戻す店主。


「人騒がせな魔術だな。気を付けてくれよ? 全く……」


 セシルたちの“天馬”所属という身分から店主は納得してくれた様だ。


「すみ……ませ……」


 シャーリーはすっかり落ち込んでしまった。


「そう! 騎士さん! 頼まれてた物、できてますよ! 奥さんの注文通りの付呪がしっかりしてありますからね!」


 そう言いながら店主がヴァルターに見せたのは、切れ味の落ちない付呪がされた包丁だった。


「え、ヴァルターさんって既婚だったんですか!?」


「悪いか?」


「いえ……」


 ヴァルターは包まれた包丁を受け取ると店を出ていった。


 買おうとしていたナイフは、セシルへの迷惑料と言って聞かないので、結局セシルはシャーリーからナイフをプレゼントされたのだった。


「……ごめんね、セシルくん。わたしから誘ったのに」


「全然! 楽しそうなシャーリー先輩をいっぱい見られてよかったです! なんかいい気分転換になりました! 今度は俺から誘いますよ!」


 シャーリーはセシルを元気づけるつもりが、逆に迷惑をかけてしまい情けない気持ちになっていた。


 しかしセシルの言葉を聞いて少し救われた様な気がしたのだった。




 同時刻。ローレ・デダームの国境の森を抜けた先の一面の荒野。


 唯一そこに存在する建造物、聖ヴァルデマール城。


 使徒の祖の名前を関した城は、彼ら使徒の軍事拠点でもあり、実験拠点でもあった。


 そこで行われたのは近年では例のない、上級使徒“ナンバーズ”たちによる会合。


 普段単独で活動する上級使徒の四人が揃うというのはもはや珍事と言える。


「まずは皆、多忙の中こうして集まってくれたことに感謝しよう。では早速お前の口から報告しろ。ギュスターヴ」


 話を切り出したのは第三位リヒャルト。役割は計画の統括。


「どうして僕の口から言う必要があるんだい? 僕も関係している部分もあるが、僕の失態の様に言うのはやめてもらえないかい? 心外だね」


 リヒャルトに正面から反論するのはドモア村で実験を行っていた金髪の少年。第八位ギュスターヴ。


「もったいぶるなよギュスターヴ。どうせルイスが死んだ話だろ? 拠点捨てて逃げてきたもんな。あんた」


 同胞の失敗や死を嘲笑う様に語る若き天才。第二位エドガー。


「口を慎め、エドガー。だがお前が言った様にルイスとカトリーヌは我々の計画成就の為、文字通り命を懸けて戦い、死んだ。それを侮辱することは許さん」


 リヒャルトが厳しい口調でエドガーを咎めるが、エドガーはわざとらしく肩をすくめた。


「……前線にいるべき俺まで駆り出したということは、今後は使徒が攻勢に転じるという理解でいいのか?」


 ルイスの死を意に介さず切り出したのは第九位ルキウス。“奴隷人形部隊(マリオネット)”の指揮官。


「そういうことだ、ルキウス。これ以上ローレ・デダームの連中を調子付かせるわけにはいかんだろう」


 リヒャルトはルキウスに同意する。


「ルキウスは“奴隷人形部隊(マリオネット)”の戦力を拡大させろ。工作員の潜入や協力員の確保の方は俺がやる。“ナンバーズ”だろうが最悪の場合戦場に駆り出されることも覚悟しておけ。以上だ」


 リヒャルトによって閉会が宣言されると上級使徒達は部屋を後にしていく。




 リヒャルトは自室に戻ると早速王都での協力員の選定を始める。


 その中には“天馬遊撃隊”隊長、オットーの名前もあった。


 使徒達が静観から攻勢に移るのはそう遠くない話だった。

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