第26話 結末
ルイスの泣き声が絶叫に変化したあたりで、カトリーヌはルイスの限界を察した。
暴走が始まりかけているのだ。
ルイスとしても彼の体験した地獄が現実を上書きし、国中に広がることは本意でないだろうとカトリーヌは考えた。
だからこそ叫び、のたうつルイスをカトリーヌは優しく引き起こし、抱き寄せる。
その手に短剣を持って。
カトリーヌによって心臓を一突きされたルイスは、力を失いカトリーヌにもたれかかる。
その時確かにルイスが「ありがとう」とつぶやいた気がした。
それはルイスが記憶に囚われたまま言った言葉なのか、最期に正気に戻ったのか。
どちらにせよカトリーヌは泣き出しそうになる。
だが、彼女は涙を必死で堪える。ルイスがカトリーヌを泣かせたことを知れば彼は悲しむに決まっているからだ。
カトリーヌはそのままゆっくりとルイスを地面に横たえる。
そして、ルイスを刺したその短剣を自らの喉に突き立てたのだった。
二人は重なり合うように倒れ、流れた血は混じり合っていく。彼らを分かつものは既にない。
この終わりにルイスが救いを感じたのかそうでないのか、カトリーヌには最後までわからなかった。
幻影の炎と騎士が消滅したのを確認すると、クラリッサとアンに先導されて生き残った村人が村へと戻ってきた。
生き延びたことに安堵する者。
家族の亡骸を見つけ泣く者。
生き残った者達は思い思いに感情を発露させる。クラリッサも役割を果たすとへたり込んでしまう。
「よかった……。森にまだ両親が住んでるかもしれなかったから、本当によかったよお……!」
泣き出しそうになるクラリッサの頭をアンがなでている。
一方で前線で戦っていたセシル達は、アーサーに疑問をぶつけていた。
「どうして、貴方ほどの方がオレ達みたいな小部隊の援護に来てくれたんですか?」
「そうだね。君達の奮戦がなければ被害は周囲の村にも及んでいただろう。故に君達にはこの一件の真実を知る権利がある。無論僕の開示できる範囲の話ではあるがね」
「じゃあ俺から質問します。アーサーさんが援軍に来たのは王国騎士団上層部からの指示ですか?」
セシルが最初から核心に迫る質問をする。
彼ほどの騎士が派遣されたことから、王国騎士団の上層部が“天馬遊撃隊”の戦果をでっち上げようとしているのではないかという疑念を感じたのだ。
「それは違う。僕を派遣したのは教王陛下その人だよ。王国騎士団からすると、僕は扱いづらい駒の様だからね」
「なんだって国のトップが騎士団の最高戦力をこんな吹けば飛ぶ様な部隊に送り込むんだよ」
「それに人類最強の騎士が扱いづらい駒というのはどういった意味で仰ったのかしら。気になるわ」
畳みかける様に質問をぶつける分隊員達。
「順番に答えるよ。まず一つ目、教王陛下は王都市民が安心して過ごせることを心の底から望んでいらっしゃる。それ故、王都市民の新たな希望“天馬遊撃隊”の精鋭が万が一にも使徒相手に敗れることがない様に僕を派遣された。二つ目、君達も言っていた僕の“最強の騎士”という二つ名。これが一人歩きしてしまっていてね。王都の市民は『僕がいないときに何かあったら』と僕が王都から離れることを嫌うんだ。だから騎士団上層部は下手に僕を王都から動かせない。これでいいかな?」
次々ぶつけられる質問に一つ一つに丁寧に答えるアーサー。
その人柄に触れたセシルは、きっと彼はいい人なのだろうと思った。
しかし、どうしても聞いておかねばならない質問がもう一つあった。
「アーサーさんはいつここに転移してきたんですか?」
「君たちが転移してすぐ、偵察に向かったあたりかな」
分隊員達が顔を見合わせる。
「では何故最初から俺達に加勢してくれなかったんですか?」
少し間を置いてからアーサーは答えた。
「僕が最初から君達と共に戦っていたら、“天馬遊撃隊”が戦果を上げたということにならないからだ。ただの辺境地ならまだしもこの辺りは王都に出入りしている商人もいるからね。王都は僕が守り、君達が使徒を討つ。それぞれの役割を僕の一存で崩すわけにはいかないんだ」
(この人が言っていることは、王都の市民を中心とした考え方だ。この前の演説だってそうだ。全て王都の市民に向けてのものだった。じゃあ辺境民は? この国に辺境民の居場所はあるのか? でもこれはこの人にぶつけてどうにかなる話なのか?)
「相手が辺境民なら見殺しにする理由になるっすか?」
セシルの思いを代弁するかのように、いつの間にか合流していたアンが問う。
純粋なアンだからこそできるストレートな質問だった。
「手厳しいな。無論、その考えを肯定するつもりもないよ。現状、教王陛下を支持する王都の市民がいるからこそこのローレ・デダームは成立している。だからどうしても王都市民の優先順位が上がってしまう。しかし、僕も教王陛下も国民全てが王国騎士団の庇護を受けるべきだと考えている。だが今回はそう、見殺しにせざるを得なかった」
「じゃあ教王陛下が間違っていたらどうするっすか?」
「やめろ! アン!」
ヘンリーはアンの質問を遮ろうとする。
相手は教王の命で動いている騎士であり、忠誠心も厚い。アンの発言は例え斬り捨てられても文句は言えないものだった。
「教王陛下こそが国だ。そして僕は国が振るう剣だ。君の剣は意思を持つのかい?」
逆にアーサーが問う。柔らかい言い方ではあったが、アンを威圧し、黙らせる迫力があった。
「目的は果たした。そろそろ僕は行くよ」
アーサーがそう言うと、彼の足元の地面から這い上がってくる様に仮面を着けた騎士が出てきた。
仮面の騎士はアーサーに小声で何か伝えるとそのまま『ゲート』を発生させ、転移していく。
(他に戦力を伏せていたのか……)
「死亡した使徒が確認されたそうだ。僕からも礼を言っておこう。僕だけではここまで上手くやれなかった。君達がこの一帯の村人達を守ったんだ。機会があれば、また」
仮面の騎士に続く様にアーサーは転移していった。アーサーによって明かされた真実を前に沈黙する一同。
その沈黙を破ったのはアレキサンダーだった。
「おい、ヨナが戻ってこねえぞ」
「そうだ、ヨナが狙撃の狙撃で術式が解かれたんだった。今ヨナはどこにいるんだ?」
空を見渡すセシル。だが、飛んでいるヨナの姿は目視できなかった。
「ヨナのことだし、何かに気を取られて戻るのを忘れてるんじゃないか?」
ヘンリーがそう言うと、突然彼の足元から声がする。
「ひどいなあ。ここにいるじゃないか」
声の主は白くて丸みを帯びた塊だった。白い塊にできた割れ目が口の様に動くことで言葉を発しているらしい。
「うわぁ! その声、ヨナなのか!? どうしたらそうなるんだ、それ!?」
「もう散々だよ。魔弾が撃ち返されてね。それで墜落しちゃったから身体の機能しない部分を捨てて、こうやってここまで来たんだ」
変貌したその姿に戸惑いながら、セシルはヨナに言い含めた。
「ヨナ、お前勝手に戦線を離脱しただろ? お前の離脱でみんなは混乱して、シャーリー先輩は死にかけた。もう二度としないと言ってくれ」
「……わたしは、別に」
「みんなごめん。もうしないよ。結局狙撃も失敗して僕も死ぬところだったしね」
場にいる全員が彼の発言に困惑する。
「じゃあ何で使徒は死んでたっすか?」
全て教王と騎士団に仕組まれていた初任務、そして何らかの理由で死んだ使徒。
死闘を制した天馬遊撃隊であったが、どこか釈然としないまま帰還の準備を始めるのだった。




