第24話 危機
ドモア村付近、村を見下ろせる鉱山の中腹にルイスとカトリーヌはいた。
カトリーヌは見るからに苛立った様子。
本来この程度の規模の拠点であれば、もっと短い時間で破壊し尽くせるはずだったからだ。
カトリーヌが苛立っているのはただ時間がかかっているからではない。能力を行使する時間が長いほどルイスの苦しみが増すからだ。
(あんなやつらが邪魔するから、ルイスは今も苦しんでいるのに……!)
ルイスはカトリーヌの足元にうずくまって、頭を抱え泣きじゃくっていた。
涙と鼻水、能力が与える精神的苦痛でルイスの顔はぐちゃぐちゃになっている。
「母さん、姉さん、ビッキー……逃げて、逃げないと、死んじゃうよ……」
うわ言の様に繰り返すルイス。
今ドモア村に発生している騎士の幻影は、かつてルイスの村を蹂躙した王国騎士を模した物だった。
ルイスの扱う魔術はイメージを具現化する具現化魔術。彼は具現化魔術については稀有な才能を持っていた。
それこそ、この世界で具現化魔術を扱える魔術師達の中で最も優れていると言えるほどに。
その一方で、彼が具現化できるものはただ一つだけだった。
それは、知らずに使徒を匿った咎で村を騎士団に滅ぼされたときの記憶。
ルイスは知る由もないが、当時の騎士団長は異端審問官出身の過激な思想の持ち主だった。
彼は普段、村で起こった虐殺の記憶を意識しない様に暗示をかけていたが、任務で能力を行使するためにはその忌むべき記憶の封印を解かなければならなかった。
ルイスが記憶を呼び起こし、かつて体験した虐殺のイメージを強く意識することで能力は発現する。
幼少期の彼が見た村全体を燃やす炎と、抵抗した村人から容赦なく殺し、恐怖の対象として記憶に刻み込まれた騎士。
それ故、再現された幻影の騎士は現実の騎士よりも大きく、武装した者から優先的に襲うよう無意識のうちに作られていた。
一度能力を行使すると、騎士達が目標の拠点を破壊し、住人を殺し尽くすまで、ルイスはかつての村人が殺され、幼馴染が殺され、両親が殺される様を何度も何度も体感し続けることになる。
それが彼の具現化魔術だった。
ただ、彼の具現化魔術の才能はあまりにも特異すぎた。
能力を行使し続けるといずれは暴走し、彼の具現化した“殺戮領域”が現実へと固定されてしまうのである。
そうなるとルイスの意思でも領域は解除できず、“殺戮領域”は地から、風から、殺した人間の生命力から得た力を原動力として際限なく拡大を続けることになる。
そうなってからルイスを殺したとしても、現実の一部となった“殺戮領域”は広がっていき、いずれはローレ・デダームそのものすら飲み込むと考えられていた。
ローレ・デダームと対立している使徒ではあったが、まだ利用価値のあるそれを滅ぼすのは本意ではない。
その為カトリーヌは能力の行使中に無防備になるルイスの護衛と、暴走を防ぐ為「補佐」としての役割を与えられていた。
即ち、ルイスの暴走前に彼を殺害することである。
カトリーヌは焦っていた。小勢ではあるが見知らぬ魔術師達によってルイスの稼働時間は想定よりも長くなっていた。
まだ暴走までには時間はあるが、敵の奮戦次第でどう転ぶかはわからない。
元“奴隷人形部隊”精鋭であるカトリーヌが村に乗り込めば敵に損害を与えることができるだろう。
しかし、カトリーヌは逸る気持ちを懸命に抑えた。
まだ敵は幻影の騎士にかかり切りだが、もし敵に遠距離攻撃の魔術師がいたら彼を守ることができないからだ。
ルイスだけ先に死なせることは彼女の心が許さなかった。
「死ぬときはルイスと一緒に」
彼女はそう心に決めていたのだから。
クラリッサとアレキサンダーによって村の東西南北、四か所の入口のうち三か所は塞がれ、最後の南部の一か所を防衛線として分隊員達は後退する。
セシル、ステラ、シャーリーの三人が前衛を務め、その後ろでヘンリーが術師の居所を探り、アレキサンダーはゴーレムの維持に徹する。
上空からはヨナが魔弾で敵を狙撃し、アンとクラリッサは透過と転移を活用して村の生き残りを逃がすことに専念する。
この布陣で敵術師を見つけるまで、もしくは敵術師の魔力切れまで耐える。
戦いはより厳しいものになると分隊員達は肌で感じていた。
セシルの仮説通り、武装した前衛三人に群がる様に幻影騎士が向かってくる。
そして前衛目がけて幻影が追ってきた跡は新しい騎士の発生地となった。
ただ、入口に敵が集中している間、他の区域は騎士の密度が低く、転移しながらの村人救出には都合がよかった。
その隙にアンによる透過で、閉じこもった村人の家に侵入し実体化、戸を開けクラリッサを招き入れ、村人を外部に強制的に転移させる。
この繰り返しで二人は着実に生き残りを救出していった。
そして騎士を迎撃する隊員たち……セシルとステラはそれぞれ強化した剣を構える。
シャーリーも周囲に仲間がいる以上、先ほどの様な大立ち回りをするわけにはいかず手斧と片手剣を一本ずつ持っている。
「これだけの数が相手となると、私の出番ではなくて?」
迫りくる幻影騎士の軍勢を見て、ステラが自信ありげに言う。
「ステラ、本気でやる気か?」
「ええ、だから先鋒は私に任せてくれないかしら。分隊長さん」
“アカデミー”時代にヘンリーはステラの腕前を見たことがあるらしい。
ステラは実技、座学共に優秀で、あのアレキサンダーとトップ争いをしていた生徒だ。任せてみるのもいいかもしれないとセシルは思った。
「ステラ、頼めるか?」
「ええ、討ち漏らしは任せたわ」
ステラが二人より前に出る。ステラが剣に魔力を集中させた。
そして彼女の周囲の地面が抉られる様に削られ、彼女の剣の刀身へと土や石が集中していく。
すると王国騎士団正式採用のロングソードがステラの身の丈ほどもある大剣へと変貌した。
高濃度の魔力が土の大剣とそれを支えるステラの身体に溢れているのがわかる。
ステラは大きく土の大剣を振りかぶると、迫りくる幻影騎士に勢いよく叩きつける。
大剣は幻影を三体同時に霧散させると共に大地を砕く。そして砕かれた地面からも、大剣は魔力を吸収して力を増す。
しかし次の騎士が二体、彼女が大剣を構え直す前に接近していた。
セシルは元素弾で、シャーリーは手斧の投擲でそれぞれステラを守ろうとする。
「土だけじゃ埒が明かないわね。風も入れることにするわ。火は……幻影だものね。これ」
すると、後方のセシルとシャーリーに届くほどの強風が吹きすさぶ。
ステラは大地から得た魔力を風の元素に変換し、騎士達を切り刻む衝撃波として放ったのだ。
近くにいた幻影騎士二体はバラバラに分割され霧散し、彼らの後方でも複数体の騎士達が余波で消滅する。
ステラが地面から大剣を片手で軽々と引き抜き、肩に担ぐとすぐさま次の幻影が湧き上がる。
「しつこい!」
ステラが再び剣を振り下ろす。
追加の影が左右から湧くが、目視することもなく突き立てた剣を引き抜き、回転して薙ぎ払った。
次々と湧く敵を一振りで数体まとめて消し飛ばしていく彼女の戦いぶりは、セシルやシャーリーの助力など必要のないものに見えた。
とはいえ有事の際にはすぐさま駆け付けられる様、二人は警戒を怠らない。
ステラの風と土の元素を併せ持った大剣は直撃した騎士だけでなく、剣が纏う暴風で周囲の騎士も切り刻んでいく。
大剣自身が持つ攻撃範囲をさらに伸ばす風による攻撃により、押し寄せてくる影も攻撃に移れない。
そして大剣の大振りな攻撃によってできる一瞬の隙を突いて近付いてくる敵はヨナの上空からの狙撃によって撃ち抜かれていく。
ステラの魔力次第だが、盤石な布陣だとセシルは思った。
「ステラ! 魔力が心もとないのなら交代するぞ。どうだ?」
「この辺りの土は集められた魔鉱石の影響で魔力が豊富だわ。当分心配なさそうだけど、分隊長さんは部下の手柄が欲しいのかしら?」
軽口か嫌味かよくわからなかったが、この調子なら問題なさそうにセシルは思った。
しかし、ヘンリーの発言により状況は一変する。
「セシル! 術式の反応を辿って術師の居場所がある程度絞れた! 東方向に見える鉱山の辺りだ!」
「僕が行く! 魔力反応を察知できない上空から狙撃して終わらせるよ!」
「待てヨナ! 術師が反撃手段を持っているかもしれない! 今のまま魔力の枯渇を狙った方がいい!」
既にヨナは空高く飛翔し、セシルの声は届いていない様子。
ステラのサポート役がいなくなり、後詰めであったセシルかシャーリーが前に出なければならなくなった。
「シャーリー先輩! 飛び道具でステラのサポートをお願いします!」
「……わかった」
こうなった以上は元素弾よりも強力な手斧を持つシャーリーを前に出すしかない。
セシルも前に出たいが、ステラの大剣の邪魔になるだろうし、万が一への備えが必要だった。
ステラは相変わらず強力な攻撃で幻影騎士達を霧散させるが、数が限られる手斧ではカバー仕切れず、彼女に肉薄する騎士も出てきた。
剣を振り切った隙を突いてステラへと接近した騎士は、シャーリーが前に出て片手剣で仕留めていく。
だが即席ではどうしても上手く連携ができず、シャーリーがステラの攻撃の邪魔となってしまうこともあった。
シャーリーがステラの左前方の影目がけて手斧を投擲する。
それを察知したステラは正面から右前方に向け大剣を振った。
だが、タイミング悪くステラが大剣を振り切ったところで、彼女の両脇に幻影騎士が湧き出る。
シャーリーは、ステラの左側の騎士は戻ってくる手斧で対処できると考え、右側の騎士に斬りかかり霧散させる。
だが、シャーリーは先ほどステラが放った斬撃の纏う風元素の影響を考慮していなかった。
手斧が戻るよりも先に左の騎士がステラに向け剣を振り上げる。
ステラは咄嗟に騎士を切り刻む衝撃波を放ってしまいそうになるが、シャーリーを巻き込むことに気付き反撃ができない。
ステラに絶体絶命の危機が迫っていた。




