第22話 鉱石
魔鉱石の山を見てロブが言う。
「こりゃあすげえな。それにしても何だって魔鉱石なんかこんなに集めてんだ」
「どっかの商人が魔鉱石を買い占めてるんだろ? ウワサくらいにしか話が漏れてないのは他の商人の反感を買うから、とかな」
「お前頭いいな! 確かにこんだけ集めてりゃそうなるよなあ」
出稼ぎの労働者まで使って魔鉱石を集めているという話から、使徒の目的は魔鉱石そのものだとセシルは確信する。
きっとロブの言うウワサも使徒が意図的に流しているものなのだろうと彼は思った。
「お兄ちゃんたち、魔鉱石を売りにきたの?」
話しかけてきたのは金髪のまだ小さい少年だった。出稼ぎではないだろう。村人の様だ。
「お駄賃くれたら魔鉱石買い取ってくれる商人さん、教えてあげる!」
無邪気な笑顔で金銭を要求する少年。
ロブはよほどケチなのか子どもを追い払おうとしている。
「まあまあロブ、ここは俺が出すからさっさと行こうぜ。時間がもったいねえよ」
セシルは銅貨を少年に手渡す。
「やった! 来て! こっちこっち!」
ドモア村は魔鉱石の山以外は平凡な小さな村だった。
強いて特徴を挙げると村の四方が石壁に囲まれているということくらいか。
魔鉱石を買い取る商人は空き家でも借りているのか、家の庭は雑草だらけで手入れされていなかった。
「ここが商人さんのおうち! じゃあね!」
四人が家に入ると、中では中年の男が魔鉱石を手に取り鑑定している様子だった。
「こんにちは皆さん。私はダグラス。鉱石商人です。あまりウワサが広がり過ぎると商売敵に目を付けられるので本意ではありませんが……しかし、魔鉱石を定期的に提供していただけるのであればそれなりの報酬は弾みましょう。無論、この話はもう以上広めないように、ね。」
ダグラスは一見魔力もほとんどない、魔術とは無縁の普通の商人である様に見えた。
しかし家の中には魔鉱石とは違った魔力の痕跡がある。
この拠点の主かはわからないが、彼が使徒の関係者であることはセシルから見て明白だった。
「おうとも! 俺はロブ。こいつらはついさっき出会った出稼ぎ連中だ。一つだけだが魔鉱石を買い取ってもらおうと思ってな」
「ふむ……形もそれなりに整っていて、大きさも悪くない。銀貨一枚で買い取らせていただきましょう」
「マジかよ! こんないい話が別のやつらに取られちまうのは癪だ。黙っとくよ。お前らも、な!」
ロブは上機嫌でセシルらに口止めを促す。
「ああ、俺達もあんたの為、金の為。がんばらせてもらうよ」
「早速この村に滞在させてもらう手はずを整えねえと。俺は先行くぜ、トマス!」
銀貨を握りしめ、いそいそとダグラスの家を出ていくロブ。
「じゃあ俺達も失礼するよ。今は手持ちの魔鉱石はないからな」
「ちょっと、ちょっとお待ちください。あなたのしている首輪。宝石が入っていますよね? 私はこんな商売をしているものですから石に目がないんですよ。魔鉱石の話とは別にその首輪……いや宝石だけでも買い取らせていただけませんか? ええと……」
「トマスだ。悪いが、これを売るわけにはいかないな。親の形見なんだ。」
セシルは予想外の展開に焦る。
辺境民が装飾を身に着けているのが不自然というわけではないが、石を扱う商人を前に「魔力を抑える首輪」を隠さなかったのは失策だった。
「トマスさん。気を悪くしないでいただきたいのですが、その首輪は本当にあなたのものですか? 見る限りかなり高価。それも魔力を持っている様ですが……」
「失礼だな。アンタ。落ちぶれて王都から辺境に流れた親が唯一手元に残した形見なんだ。ごちゃごちゃ言われる筋合いはないぜ」
咄嗟に考えた作り話をし、セシルは気を悪くした振りをして家を出ていこうとする。
「そう仰らずに、手に取って見るだけでも構いませんから」
ダグラスは首輪に手を触れようと手を伸ばす。
それを避けようと後ずさりするセシル。
ダグラスには宝石が持つ魔力が見えているのに、魔力がないように偽装しているという矛盾がある。
セシルはダグラスが使徒関係者だった場合を考え、正体を気取られない様にあくまで穏便に済ませようとする。
だが次の瞬間、ダグラスは足元に積まれた魔鉱石の山に足を取られ、転んでしまう。
そしてダグラスが転ぶ際、伸ばしていた手がセシルの首輪を掴む形で倒れ込んでしまった。
首輪が外れ、床を転がる。セシルは慌てて首輪を拾ってはめ直す。
自分からは外せないはずの首輪は、外からの力で容易に外れてしまった。
想定外の出来事から足早にその場を去ろうとするセシル。
「いたたた……。大変失礼しました。お話だけでも、お話だけでもー!」
ダグラスを無視して足早に家から出て行くセシルと他二人。
「おい、どうしたんだよセシル。いつも大事にしてるのはわかるが、そんなに怒らなくてもいいだろ? いくらなんでも不自然だぜ?」
状況を理解できないヘンリーと、首輪の外れたセシルの真の力を知るが故に非難めいた目でセシルを見るアレキサンダー。
「ヘンリー、これは俺の特異体質を目立たなくする魔導器だと思ってくれればいい。けど首輪を外した俺を使徒が見れば、一目で俺が魔術師であることが分かるはずだ。お前もあの家の魔力の痕跡はわかっただろ? あの商人はおそらく使徒関係者だ」
「おいおい。それってかなり不味いじゃねえか!」
初めて聞いた事実にヘンリーが戸惑う。
「すぐにお前の『転移の符』を使って分隊の待機地点で合流する。それとフリーの符に村の入口に転移で戻れるように座標を設定しておいてくれ。このまま分隊の全戦力で村を制圧する。使徒を捕らえるよりも、証拠隠滅される前に拠点を抑えることを優先する」
「オットーのバカは納得するか? それで。」
「俺の失態だ。こうなったら最善を尽くすしかない」
セシルはアレキサンダーの疑問に答えながらヘンリーが設置した『ゲート』で転移した。
待機していた残りの分隊員達は突然の転移に驚く。
「分隊長さん? あなた、不審がられないために魔術は使わないと言っていたわよね」
真っ先に抗議の声を上げたのはステラだった。
「状況が変わった! 悪いが経緯を説明している暇はないんだ。これから村を制圧する。使徒との戦闘も覚悟しておいてくれ」
「こいつが魔術師だってバレちまった。偶然の産物で初任務失敗の危機とはな。運がないにもほどがあんだろうが」
アレキサンダーが皮肉交じりではあるが端的に何があったか説明する。
「クラリッサはアレキサンダー、ステラ、シャーリー先輩と先に転移して村に乗り込んで欲しい。戦闘、制圧向きの三人を選んだつもりだ。俺はヘンリーの『転移の符』で向かう。ヘンリー、お前の符は何人転移できる?」
セシルの指示ですぐさま転移に取り掛かるクラリッサとそれに備える三人。
「俺含めて三人ってとこだな。一人あぶれる」
分隊員が八人。今転移していったクラリッサの転移で四人、ヘンリーの転移で三人。
どうしても一人は自力で移動することになってしまう。
「僕、転移いらないよ。少し遅れるだろうけど、飛べるし」
危機的状況の中、任務が始まってから森の様子を観察することに熱心だったヨナの突然の発言で一同が困惑する。
「いたっすか。ヨナ」
ヨナ。彼は造られた生命。幾度の失敗作の犠牲の上で今を生きているホムンクルス。
彼は特性として自身の体を自由に作り変える力を持っていた。
服を突き破りながら、ヨナの背中から純白の翼が生えていく。
「僕はこのまま上空で村の様子を監視するから、残りはヘンリー君の『ゲート』で行きなよ」
セシルとしてはもっと早く言ってもらいたかったが、分隊員全員が村の制圧にあたれるのは不幸中の幸いだった。
ヨナはそのまま飛び立ち、残りの三人は急いで村の入口へ転移する。
先に転移した四人と合流したセシル達。彼らは予想外の光景に目を奪われることになる。
セシル達がほんの数分、村から離れている間に村全体が業火に包まれていたのだ。
セシル達がダグラスの家を出てすぐ、セシル達を案内した金髪の少年がダグラスの家へと戻ってきた。
少年が家へと入ると、ダグラスは魔力を断たれた使い魔の様に意識を失っていた。
金髪の少年こそ十人の上級使徒”ナンバーズ”序列第八位のギュスターヴ。
人間の体を乗り換えることのできる魔術師だった。
金髪の少年も、ダグラスも、ギュスターヴが役割を使い分け演じていたものだった。
ダグラスの体で偶然を装いセシルの首輪を外したのも、首輪の持つ魔力を怪しんだからだ。
「やっとこれだけ魔鉱石が集まったのに放棄しなければいけないとはね」
彼の研究は、個別に魔力を持った物体を連結させていくことで、高濃度の魔力集積機関の作成をすること。
その為に鉱山地帯の村を拠点として魔鉱石を買い集め、巨大な試作品を作ろうとしていたのだ。
小規模な実験は既に成功し、次はより大きな実験を行うつもりだった。
いずれは魔術師達や「原石」を連結させた魔力集積機関を作ることが彼の最終目的であったが、こうなってしまっては拠点を放棄せざるを得ない。
彼は各地に配置した自我の無い人間、“木偶”に意識を乗り換えることによって、使い魔や転移を用いずとも本部や辺境の拠点、王都に潜む使徒などと連絡を取ることを可能としている。
ギュスターヴは遠隔操作で使徒の居城に配置した“木偶”を使い誰かと話し始める。
「やあ計画統括かい? 僕の拠点が魔術師に割れてしまったよ。急ぎルイスの派遣を頼みたい。うん、早速次の拠点を探さないといけないね」
彼はこのまま本体を切り替えて少年の体を捨てることもできたのだが、お気に入りでもある今の体を捨てるのは本意でなかった。
その為、隠れ家行きの『転移の符』を使い拠点から逃げ出したのだった。
そして彼が派遣を要請した使徒。上級使徒“ナンバーズ”序列第十位のルイス。
彼の役割は放棄された拠点の破壊と現地協力員の殲滅であった。




