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第21話 初陣

 ドモア村、というのがセシル達が次に向かう目的地らしい。


 教王の演説で紹介されるという最初の任務を終えた第一分隊の一同は、司令部に戻るや否やオットーから次の任務について説明を受けることとなった。


「貴様らに次の任務を伝達する。目的は使徒の実験拠点への威力偵察。可能であれば使徒は討ち取れ。現地に先だって派遣された王国騎士の協力により、座標が設定された『転移の符』が作成済みだ。今日中に向かうように」


「もう次の任務の話ですか? いくら任務とはいえ情報が少なすぎます。使徒絡みの案件なのにどうして特務や異端審問官に管轄が移らないのか。王国騎士団が対応するとしても何故最初に下部組織の“天馬遊撃隊”に話が来るのか。不自然な話だと思います」


 まずは分隊員を代表してセシルが異を唱える。


「それにいくらなんでも急すぎる話ではありません? 演説までの期間に言ってくださればそれに備えて準備をしたのですけど」


「……武器の選別、しないと」


「『魔弾の原石』の用意が間に合わねえよ。騎士団ってのは使徒にぶっつけで挑みに行くもんなのか?」


「オレも出るんですか? 座学の評価だけで前線に放り込まれても……」


 セシルに続く様に分隊員達からも次々と不満の声が上がる。


「騎士団本部の意向に逆らう気か? そもそも“天馬遊撃隊”は騎士団所属である以上、常在戦場の精神であるべきである。準備期間などというものは甘えと言わざるを得ないな」


「今日聞かされる理由になってないっす」


 精神論で追及をかわそうとするオットーにアンがすかさず反論する。


「私だって今日の今日まで聞かされていなかったさ! それに上層部からは可及的速やかに任務を遂行しろという命令だ。明日一日やる、それで準備しろ」


「セシルの質問にも答えていないですよ。オットーさん」


 追い打ちをかける様にヨナも追及する。


「聞けば満足か? なら答えてやろう。騎士団の上層部は“天馬”が戦果を上げることを期待している。教王陛下があれだけの演説をして貴様らを王都中に紹介したのだ。いち早く戦果を上げ、王都の臣民の不安を拭い去る。これが貴様らの役目だろう? その為に使徒の首をわざわざ貴様らにくれてやろうというのだ。わかったらさっさと準備に入れ!」


 オットーは早口でまくし立てると、勢いよくドアを閉め司令部を出て行ってしまった。


「オレが前線に出る理由を聞いてないんだけど……。で、セシル分隊長としてはどうする?」


「どうもこうも。正式に騎士団の所属になった以上命令に従うしかないだろ。それにこれ以上オットー隊長を刺激すると憤死しかねないよ」


 各々が限られた時間で任務に臨めるように急いで司令部を出ていく。


 そんな中セシルは不平不満をぶつけそうな分隊員筆頭のクラリッサが、何も言わずに司令部を出ていく様子に違和感を覚えたのだった。




 翌々日。限られた時間でできる精一杯の備えをし、司令部に集まった分隊員達。


 彼らは軍服ではなく辺境出身のセシルが選んだいかにも田舎者といった服に身を包んでいた。


 司令部に『ゲート』が設置され、二人ずつ転移していく。


「セシル分隊長。王都市民の心の安寧は貴様らにかかっている。精々気張るのだな」


「かかってるのはあんたの出世だろ。隊長さんよ」


 吐き捨てる様に言い放つのはセシルではなく、転移する直前のアレキサンダーだった。


 オットーが何か言い返そうにも既に二人は転移が済み、『ゲート』も消えかかっていた。


 “アカデミー”の学長だったアレキサンダーの父の失脚から始まる騎士団内での政争で、後ろ盾を失ったオットーに与えられたのがこの義勇軍の指揮官というポストである。


 詰まるところ「子供の世話」であり、今までの彼らへの態度はその不満が表れ出たものだった。


「クソガキが!」


 日頃からの鬱憤と怒りが爆発し、オットーは軍帽を床に叩きつけるのだった。




 転移先の地域は王都を中心とするとセシルの辺境村の正反対の辺り。


 位置的には辺境地に当たるのだが、そこは魔導器の部品などに加工される魔鉱石を産出する鉱山地帯だった。


 その為王都から距離はあれど、商人やその護衛、比較的近くの村から出稼ぎに来る労働者、そして彼らを相手に商売をするものなどで賑わっている。


 そして使徒の拠点という目的地のドモア村は転移先の地域にある村の一つ。


 鉱山地帯の中にある村の中でも、ローレ・デダームの領土を円状に囲む森へ比較的近い場所に位置していた。


「やはり森の中に隠れているのかしら。異端に森は付き物でしょう?」


「でも事前に派遣された騎士からの情報では、村の周囲に使徒の痕跡はなかったってオレは聞いたぜ? 外部から転移してきてるんじゃないか?」


「実験拠点の行き来に一々『転移の符』を使うというの? 付呪を学んているあなたにならその費用対効果の悪さはわかると思うのだけど」


「それはそうだけどさあ……うーん」


 ステラとヘンリーは使徒の居場所について熱心に議論を続けている。




 確かに国土を囲む森と異端は切っても切れない関係にある。


 事実、セシルが故郷で使徒の襲撃に遭ったのは森の近くだった。


 かと言って使徒を森と結びつけるのは早計だとセシルは感じる。


 個人単位で動く異端は大規模な拠点が持てない為に森へ潜むが、使徒は森の外側にも支配領域を持っている。


 というより、森の外側は使徒の支配領域となる荒地が延々と続いている。


 森の内側だけがローレ・デダームという国であり、魔術によって人類が興した唯一の国家だということはセシルでも知っていた。


 結局セシルの考えた案は「クラリッサとアンにペアを組ませて透過状態で村を見てもらい、有事の際は転移で脱出する」というものだった。


 しばらくしてから二人が転移して帰ってきたが、想定よりも早い帰還だった。


「セシル。入口は四方に一つずつあったっす。でも透過状態じゃ入れないっすね。高度な結界が張られてるっすよ」


「実体で結界内に入ってから透過はできないのか?」


「多分できるっすけど、透過で村から魔力が急に消えると勘付かれる可能性もあったっす。だからやめたっす。でも外からでもわかるくらい濃い魔力が村から漏れ出てたっすよ」


 透過したアンを阻む高度な結界。


 そして高濃度の魔力反応。


 やはり使徒による拠点として、現在も運用されていることを可能性を意味している。


(おそらくこれが王国騎士団に使徒の実験拠点と判断された理由か)


「多分あの魔力反応は魔鉱石だと思う。でもあれだけの魔力、相当な数の魔鉱石を集めてることになるけど……」


 この任務が開始してからほとんど発言のなかったクラリッサがようやく口を開いた。


「魔鉱石について聞きたいんだけど、それだけの量の魔鉱石を集めてることから考えられることはあるのか?」


「わからない。でも魔鉱石は加工して魔導器の部品にしたり、精錬してちょっとした燃料にしたりする程度のものなの。でもそれを出荷もしないであれだけ集めてるってことは普通じゃない使い方をしてるってこと。使い道は思いつかないけど」


「人の多い鉱山地帯にわざわざ拠点を作るリスクを負ってまで魔鉱石を集めてるってことは、魔鉱石であること自体に重要な意味があるのかもしれない。それにしてもクラリッサは鉱石に詳しいんだな」


 クラリッサは独学で魔術を習得した魔術師で、基礎がおろそかになっているとフレデリカはかつて言っていた。


 その彼女が魔鉱石について用途にまで詳しく知っていたのは意外だった。


「それはまあ、ちょっと詳しくなる様な事情があったというか……。あたし前に山奥出身って言ったでしょ? ちょうどこの辺りの森に住んでたのよ。でも、まさか任務で戻って来ることになるなんて思ってもなかった」


 それだけ言ってクラリッサは考え込む様に黙ってしまった。


 彼女の様子も気になるが、セシルは分隊長として次の偵察方法について立案しなければならなかった。


 次のセシルの案は、セシル、ヘンリー、アレキサンダーの男達三人が出稼ぎ労働者の振りをして直接村に入り込むというものだった。


 偵察は魔力を一般人並みに抑えながら行うことにする。


 ヘンリーが短時間だが魔力を偽装する符を作ってくれた。


 ヨナは容姿が目立ちすぎるため居残りとなった。


 出稼ぎ労働者といってもそのほとんどが辺境地出身の者だ。


 辺境出身のセシルが中心となって聞き取りでもすれば村人に違和感を与えることもないだろう。


「ヘンリー! お前はしゃべり過ぎんなよ。すぐぼろが出るからな」


「お前はどうなんだよ、アレキサンダー。その口の悪さじゃ目立ってしょうがないぜ」


「なら二人とも黙ってりゃいいだろうが」


 セシルが辺境民の振り、というか辺境民時代に戻った気持ちになって聞き取りすることになった。


 すると入口から村の中を覗いている若い男の姿が見えた。男がセシルたち三人の姿を見て話しかけてくる。


「よお、俺はロブってんだ。あんたらもここのウワサを聞いてやってきた口かい?」


「俺はトマス。他でちょっともめてな。ヒョロいから一人前の報酬はやれねえとか言われて出てきちまった。次の仕事場を探して来たんだが、ここはそんなに金払いがいいのかい」


 かつての村長の名前を偽名として使い、村にいた粗野な若者の口調を真似して探りを入れてみるセシル。


「まあウワサなんだけどよ。魔鉱石を持ち込むだけで、流通してる倍の値段で買い取ってくれるらしいぜ? 物は試しってことで来たんだが、あんたらもウワサがマジか見ていくか?」


 怪しい儲け話である為、一人では心細くて村に入る決心がつかなかったというところか。


「俺らもそんな儲け話があるなら乗ってみたいな。あんた、魔鉱石の手持ちはあるのかい?」


「おうよ、採掘のときにちょいとくすねてな。このウワサがマジならこの辺りで魔鉱石掘りをやってみようってとこだ。善は急げ、早速村に入ろうぜ」


 仲間を得て覚悟の決まったロブが先導し、三人が付いていく。


 外からでも感じてはいたが、村に満ちた魔力を全身で実感する。


 村の中心地にはロブが見せたのと同じ魔鉱石が大小問わず山の様に積まれていた。


 それは今日初めて魔鉱石を直接見たセシルからしても異様な光景に思える。


(やはりこの村、何かある)


 この後セシルの身に降りかかる想定外の事態を彼はまだ知る由もなかった。

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