第20話 演説
医務室を訪れるフレデリカ達。
「ポコちゃんとシーちゃんは次の仕事に出たから、医務室には今この子、プニちゃんしかいないの」
「ぷー! ぷぅー!」
フレデリカがクラリッサとヘンリーに見せたのは、ポコちゃんよりも一回り小さいグレーのウサギ型ぬいぐるみだった。
「わー! かわいー!」
「この子は歩くことができないの。寂しがりのシーちゃんの弟として作ったのだけど、わたしの実力不足で……。この子にはかわいそうなことをしたと思っているわ」
「ちょっとだけ、触ってみてもいいですか?」
プニちゃんの境遇を語るフレデリカに、ヘンリーが何か思いついた様に告げる。
「ええ、痛くない様にしてあげてくださいね」
ヘンリーがプニちゃんに触れ、魔力の流れを走査すると、確かに足に流れる魔力が極端に少なくなっているのがわかった。
「うーん。理屈通りに行けば歩けるようにすることはできると思いますよ。多分」
「ヘンリー君、本当ですか!? でもどうやって……」
ヘンリーの発した言葉に驚くフレデリカ。
「ええとこの子、プニちゃんの足には魔力が僅かにしか流れないようになっています。だから足に魔力が流れる様に付呪を施すんです。元の魔力の流れに干渉しますが、それについては付呪の際の魔力量を増やすことで反発を強引に抑えます。ただ魔力の流れる経路が深くまで刻み込まれてしまっているので、上書きするにはかなりの魔力を注ぎ込む力技になりますね。どれほどの魔力が必要なのかわからない、出たとこ勝負になってしまうのが難点ですけど……」
「なるほど。今まで歩くことができるように試してみたことはありましたが、魔力量が足りなかったのですね」
早口の説明ではあったが、少し触れただけで解決法を導き出したヘンリーにフレデリカは思わず感心してしまう。
「まあ、理論上の話です。多分並みの魔術師では賄いきれない魔力量になりますよ」
「そこはだいじょーぶ! フレデリカさんはその並みの魔術師の数倍の魔力量があるんだから!」
今まで話に付いてこれていなかったクラリッサがここぞとばかりに補足する。
フレデリカは既にプニちゃんに触れ、作業を開始していた。
「ぷ?」
「プニちゃん、少しだけ我慢してね。ヘンリー君、干渉が起こり始めました。これが収まるまで強引に魔力を注いでしまって構わないのですね?」
「ええ、一応プニちゃんの意識は落としておいた方がいいと思います。本人にとってどう感じるかはオレらにはわかりませんから」
「わかりました。では意識を落としてから、魔力を注ぎ続けますね」
フレデリカの手元から眩いばかりの魔力が迸る。
ヘンリーが力技と称した様に、流石のフレデリカでも額に汗がにじむ。しばらくその状況が続くと次第に魔力の放つ光が弱くなっていき、消えた。
「干渉が収まるまで魔力を注ぎました。あとはこの子を起こすだけですね」
短時間で一息に魔力を注ぎ切ったフレデリカにヘンリーは驚くばかりだった。
「では……いきます」
医務室にいる三人がそれぞれ緊張しながらプニちゃんの起動を見守る。
「ぷ、ぷ、ぷ……ぷ? ぷぅー! ぷぅー!」
プニちゃんは始めこそ未知の感覚に戸惑っていた様で足をパタつかせていたが、何かコツを掴んだようで一息に起き上がった。
「プニちゃんが立った!」
フレデリカは思わず飛び上がり、ヘンリーの手を取る。
そして我に返ってすぐに手を離した。
「ヘンリー君、今回は本当にありがとうございました。何とお礼を言っていいのかわかりません。きっと、ヘンリー君には使い魔を作成する才能があります! ヘンリー君さえよければわたしが使い魔についての技術や知識を伝授したいと思うのですが、どうでしょうか? もちろん無理にとは言いません。でも、その才能を放っておくのは魔術界の損失です!」
「使い魔、使い魔かあ。付呪の方が好みだけど……実は俺って本当は使い魔作成の方が向いてるのかなあ? 使い魔需要は常にあることだし、アリか? アリだよな? 最初はお試しということでよければ……」
退路を確保しつつヘンリーが答えた。
「ええ、ええ! 構いませんよ。でもヘンリー君の才能はわたしが保証しますから安心してください! つまりわたしはヘンリー君を使い魔作成の弟子にします!」
「え? あたしは? あたしも弟子ですよね?」
興奮気味のフレデリカに、かつて一番弟子を自称していたクラリッサが不安そうに問いかける。
「クラリッサちゃんは……生徒ですね。クラリッサちゃんも魔術の基礎について聞きたいことがあったらいつでも来てくださいね」
「えー!?」
新たな道を見つけ心が弾むヘンリーとは対照的に、クラリッサは落ち込みながら司令部に戻るのだった。
オットーに倉庫を司令部として提供したのとは裏腹に、ベネディクトは分隊員達に空き部屋を貸してしてくれた。
鍛錬に勤しむ者、知己の特務騎士に師事する者、実戦に備え装備を揃える者、特に何もしない者。
分隊員達は任務の日まで思い思いの過ごし方をしていた。
そして天馬遊撃隊第一分隊の最初の正式な任務、教王の演説への参加する日が訪れたのであった。
純白の軍服に身を包み、オットーに率いられた分隊員達は緊張の色を隠せない様子。
移動中の隊員達は口数も少なく、特にアンは事前にオットーから厳重な注意を受けていた為、ふくれっ面をしながら黙っていた。
教王とそれを補佐する十三人の枢機卿。
そして彼らが政務を行う教王府議事堂前の広場に、教王が演説をする為の演壇が組まれていた。
演壇の脇に待機するオットーと八人の分隊員達。
「いいか貴様ら。くれぐれも粗相の無いように。特にアンとヨナ、おとなしくしていられたら飯でも茶でも奢ってやる!」
「……!」
「はーい」
オットーの発言でアンは一言も発さない態勢に移行。
ヨナは相変わらずにこやかだがキョロキョロと辺りを見回すのをやめない。
セシルも軽く周囲を見回してみる。警備の為の王国騎士が多数配置されているのに紛れ、制服姿ではない個々で装備の違う魔術師も警備に当たっているのが見えた。
(単独で配置された騎士団ではない魔術師が複数いる……。あれが教王府の異端審問官なのか?)
“アカデミー”で使徒騒ぎがあった影響で広場には多くの王都の市民が詰めかけていた。
それぞれが使徒騒ぎに対する教王府の見解や、事件の顛末を聞きに来ており、それ以外にも野次馬などで溢れかえっていた。
警備の騎士も押し寄せる市民が教王の演壇に近付きすぎないよう対応するので手一杯だった。
「静粛に! 静粛に! 教王陛下の出御である!」
近侍の魔術で拡大された声が広場に響き渡る。
教王府議事堂の扉から豪奢な衣装に身を包んだ老年の男が護衛の騎士達と共に歩み出てきた。
老年の男が演壇に上がると、近侍がまた拡大された声で告げた。
「教王陛下のお言葉である! 傾聴する様に!」
老年の男。”魔導国家ローレ・デダーム教王”フリードリヒが話し始めた。
「臣民の皆さん。皆さんはこの度の王立魔導騎士養成機関における使徒騒ぎについて、大変不安に感じたことでしょう。私も皆さんの安寧を乱す使徒のことを思うと夜も眠れず、昼は使徒に対しての政務に取り組んでいました。教王府の異端審問官も皆さんの為に懸命に働いてくれています。ただ、その力が不足していることも私は認めなければならないでしょう。しかし、我々教王府もただ使徒の暗躍に対し、手をこまねいていたわけではありません。対使徒専門の新たな精鋭部隊。その名も“天馬遊撃隊”を新設した次第です」
教王フリードリヒに促され、オットー率いる天馬遊撃隊第一分隊の隊員達が壇上に上がる。
壇上には特殊な魔術がかけられているのか、群衆の言葉が届かない様に対策が講じられている様だった。
「彼らこそ、まだ騎士候補生の若い身空でありながら、今回王都に潜入していた使徒を撃退、捕縛し、更には使徒の精鋭部隊と渡り合った生徒達なのです。そんな彼らを騎士候補生の身分のままにしておくのは国家の損失でしょう。そして彼らは皆さんの為に義勇軍に自ら志願し、使徒を叩いてみせるという覚悟を私に見せつけたのです! 彼らの実力であれば使徒たちの勢力が縮小することは確実と断言します! 王都を、臣民を、彼らが守ります!」
魔術の影響で壇上に声は届かなかったが、市民たちが熱狂している様は声がなくても伝わってきた。
教王の演説はしばらく続いたが、いずれも使徒に対する施策の内容であり、王都市民の不安を払拭する為のものであることは明白だった。
そしてセシルは事実を誇張して士官学校の生徒をプロパガンダとして利用する教王並びに教王府に対して、『原石』の利用に続き再び疑念を抱くのであった。




