第19話 本部
王国特務魔導騎士団司令官執務室にて、司令官ベネディクトと副司令ヴァルターが向かい合っていた。
「やつらを義勇軍に参加させる話、聞いたぞ。今ならまだ取り返しがつく段階だと思うが」
「状況が変わってしまったんだ。おそらく高位の使徒がセシル君を狙っている。どこに置こうが狙われるのには変わりないよ」
「セシルとクラリッサを鍛えるという話ではなかったのか? それにアンもまだ一年生だ。まず所属を特務にするのが筋だと思うが」
“アカデミー”所属の特務協力員を王国騎士団傘下の義勇軍に加えるというのは、ベネディクトの独断であり、ギルベルト以外には伏せられていた。
だがようやくその日、ヴァルターの耳へと入り彼はベネディクトに直接真意を問いに来たのだった。
「“アカデミー”が無期限休校となってしまった以上、彼らを鍛える場所はもう戦場しか残っていないだろうね。それに騎士団の下部組織所属であれば当事者目線の情報も入ってくるし、彼らの力で使徒の戦力を削ることだってできるだろう?」
「使徒殲滅の為の犠牲を増やす気か? エミーリアの様に」
ヴァルターの言葉を聞いたベネディクトの顔がわずかに歪む。
「もう我々には立ち止まる選択肢はない。分かるだろう? ヴァルター」
「構わんよ。お前がこれ以上の後悔をしないのであればな」
「すまないが、しばらく一人にさせてくれないか?」
ヴァルターの返事はなく、ただドアを閉める音だけが執務室に響いたのだった。
顔合わせから数日後、オットーからの呼び出しで第一分隊の面々が騎士団本部に集められた。
「これから貴様らを第一分隊の司令部へと連れて行く。このままついて来い!」
ひときわ機嫌の悪そうなオットーに率いられ本部の建物を出る八人の隊員達。
「オットー隊長。“天馬遊撃隊”ではなく、”第一分隊”の司令部に、ですか?」
セシルが分隊員を代弁して質問する。
「そうだ。第一分隊は“天馬遊撃隊”の中でも対使徒戦に特化した特殊部隊として運用される。その為に残りの人員は王都の治安維持に当たるが、使徒と戦う貴様らには特別に司令部が与えられている。騎士団上層部の計らいに感謝するんだな」
義勇軍の対使徒戦部隊。
その部隊を直接指揮する為の司令部を与えられながらも、オットーは苛立ちを隠せない様子。
「えー歩くんすかー?」
「一々文句を言うな! どうせすぐ近くなんだ。黙って歩け!」
オットーの刺々しい態度に、アンはわざとらしくクラリッサの背中に隠れる。
隊員達は言われるがまま黙ってしばらく歩いた。
すると目的地は意外にも王都の中心地にある石造りの要塞、王国特務魔導騎士団の本部だった。
「隊長、ここが第一分隊の司令部ですか? 私には特務の本部にしか見えないのですけど」
「そうだとも、王国騎士団所属の一部隊が特務の本部に駐留することで、『対使徒戦は専売特許』とばかりにふんぞり返るあの連中に圧力を与えるのだよ」
典型的な騎士団のエリート文官のオットーは、忌み嫌う特務の敷地内に第一分隊の本拠地を構えることに苛立っていたのだった。
オットーはこれを自身に対する嫌がらせとすら思っていた。
「要は間借りってことすか?」
「間借りではない! 駐留、だ!」
アンに鋭く言い返すオットー。
「よう来たかお前ら! とオットー隊長殿。司令官のベネディクトが待ってるぜ」
「出迎えご苦労。ギルベルト顧問。それでは早速ご挨拶にでも伺うとしようか」
セシルやクラリッサ、アンにとっては見知った建物でも、それ以外の面々にとっては今まで接点の無かった施設である特務本部。
それぞれ緊張したり、無関心を貫いたり、興味津々で辺りを見回したりしていた。
ただセシルは既に何度も訪れた司令官執務室でも、立場が変わった今では少し緊張するのを感じた。
「失礼する。私が王国義勇軍改め“天馬遊撃隊”の隊長、オットーです。こちらは精鋭部隊である第一分隊の隊員達。ベネディクト殿、以後お見知りおきを」
「これはオットー殿、わざわざご足労いただき感謝する。私は王国特務魔導騎士団司令官のベネディクト、よろしく頼みますよ」
お互いに挨拶をする指揮官達。
「それでは早速天馬遊撃隊第一分隊の司令部に案内していただきたいのですが」
「ええ、資材倉庫の一つを空けて置きましたのでそちらをお使いください」
「資材倉庫、ですか……?」
倉庫という単語に敏感に反応するオットー。
確かに王国騎士団と特務の関係は悪い。その為オットーも歓迎されるとは思っていなかったが、ここまで露骨な対応をされるとは想定していなかった。
「オットー殿、何か不都合な点でもありましたか?」
ベネディクトはいつもの微笑を浮かべながらも、異論は認めないという態度がにじみ出ている。
「いえいえ。我々を受け入れ、施設の一部を貸して頂けるだけでも僥倖というものですよ」
すぐさま何事もなかったかの様に取り繕うオットー。
普段は隊員相手に高圧的なオットーであったが、若くして新設部隊の隊長となっただけあってそれなりの処世術は心得ているようだった。
「それじゃあ、司令部には俺の方から案内しよう」
ギルベルトによって、資材倉庫改め第一分隊司令部へと案内を受けるオットー率いる隊員達。
連れていかれたのは執務室からも、中央指令室からも離れた敷地内の隅の隅。
元は倉庫だったというだけあって埃っぽい部屋だった。
辛うじて司令部という体面を保つために置かれたこじんまりした一組の机と椅子を見て、オットーの苛立ちは頂点に達した。
「どういうことかね、ギルベルト顧問? 特務所属のあなたに言っても仕方ないが、第一分隊の特務駐留の目的は普段好き勝手している特務へ圧力をかけるためなのだよ。それが何だ。こんな敷地の隅を嫌がらせのように司令部にするとは。それが対使徒部隊のやり方なのかね?」
「その圧力とやらに気付いていたからベネディクトはこんな倉庫を司令部にしたんでしょうよ。それにね、中央指令室を始めとした機密の塊に外部の人間を近寄らせるわけがないでしょう」
珍しく放たれたギルベルトの正論にオットーは黙ってしまう。
ギルベルトに言葉を返せなかったオットーの苛立ちは、今度は分隊員達へ向けられた。
「何を見ている貴様ら。突っ立ってないで掃除でもしないか!」
第一分隊の最初の仕事は教王の演説に同席することではなく、元倉庫の掃除になったのだった。
掃除用具を取りにセシル、クラリッサ、ヘンリーの三人が敷地内を歩いていると、偶然敷地内を移動中のフレデリカを見つけた。
「あー! フレデリカさーん! お久しぶりでーす!」
手をぶんぶんと振ってフレデリカを呼び止めるクラリッサ。
「あら? セシル君、クラリッサちゃん、お久しぶりですね。そういえば義勇軍の本部がこちらに間借りすることになったんでしたっけ」
「間借りって言うとうちの隊長に怒られちゃいますよ。フレデリカさん。こっちは“アカデミー”でできた友達です」
「よろしくお願いします。オレ、ヘンリーっていいます」
フレデリカにヘンリーを紹介する。
「こちらこそよろしくお願いするわね。ヘンリー君。わたしは支援部隊の指揮を担当しているフレデリカです。そういえばセシル君、ポコちゃんの調子はどうかしら?」
「ここにいるぞ」
セシルの軍服の背中に潜んでいたポコちゃんが飛び出す。
「ええっ! ぬいぐるみ型の……使い魔!?」
「ああ。ポコちゃんっていうんだ。このフレデリカさんがポコちゃんの生みの親だよ」
ヘンリーはポコちゃんを覗き込み、施された付呪に対して興奮気味だ。
そのままヘンリーは畳みかける様にフレデリカに話しかける。
「オレ、“アカデミー”で付呪を習得するつもりだったんです。でも休校になっちゃったから義勇軍の後方部隊で付呪を学ぼうと思ってて。けど何故か座学の成績だけで前線送りになっちゃって。もしフレデリカさんさえよければ、ご指導いただけないでしょうか! オレ、これだけの使い魔を作れる方に師事したいです!」
「ええと、ヘンリー君。ポコちゃんを見てそう思ってもらえた気持ちはありがたいのだけど、ポコちゃんは偶然の産物のよう代物なの。だからあまり参考にならないと思うのだけど……」
ヘンリーを傷付けない様に、言葉を選びながら断ろうとするフレデリカ。しかしヘンリーも中々食い下がらない。
「でもきっと試作というか、練習に作った子もいるわけですよね? そういう子を見せていただけるだけでも勉強になると思うので、お願いします!」
「……わかりました。でも本当に軽く見るだけですからね?」
ヘンリーに押し切られ渋々了承するフレデリカ。フレデリカに案内され、医務室に向かうヘンリー。
「あ! あたしも行きまーす!」
「おーい、掃除は?」
「分隊長さんに任せた! お願いね!」
セシルは二人が去ってから、フレデリカに掃除道具の場所を聞けばよかったと思うのだった。




