第18話 任命
「あーあー、隊長さん怒っちまったよ」
部屋を勢いよく出ていくオットーを尻目にギルベルトが言う。
「ギルベルトさん感謝っすー! あのまま来てくれてなかったらアレキサンダーが分隊長になってたっす。きっと全員戦死っす!」
「ああ!? じゃあお前ならできるってのか!? クソチビ!」
アンとアレキサンダーの言い争いの中、第一分隊の面々は室内に殺気が満ちていくのを感じた。
「……チビ? わたし?」
厚着の少女、シャーリーの放つ殺気にアレキサンダーも思わず口をつぐむ。
どうやら彼女がいる場で身長の話は禁句らしい。
「へえ、この年代の子はこういう風に喧嘩をするんだね。僕、初めて見たよ」
ただ、にこやかなヨナの発言にシャーリーも毒気を抜かれた様で、それ以上言葉を発することはなかった。
「そういえばヨナはオットー隊長と一緒に戻らなくていいのか?」
ヨナがオットーと共に入室してきたことを思い出しセシルが聞く。
「別に僕、あの人の部下ってわけじゃないしね。いや、これからなるんだけど」
「隊長は騎士団から引き抜いてきたって言ってたけど、元々どんなことをしてたんだ?」
「特に何もしてないよ?」
相変わらず笑顔を絶やさないヨナ。彼が返してきた答えにセシルは戸惑う。
「じゃあじゃあ、緊急時の騎士団の最終兵器っすか!?」
「そういうわけじゃないけど、兵器と言われたらそうなるかのな」
「?」
なんとなくズレた発言を連発し、シャーリー、セシル、アンと立て続けに困惑させていくヨナ。
「おいおい。ご歓談はそのくらいにしてもらってそろそろ本題に入ってもいいか? 分隊長決めの話な」
「そう仰られても、ほとんどが初対面も多い中でリーダーを決めるというのは中々に難しい問題だと思うのですけれど」
「それなんだよな。俺が助言しようにも、誰がどんな魔術を使うかも知らないから何とも言えん。くじ引きにするか、後日『決まりませんでした』って報告するかだとどっちがいい?」
正論のステラに対して、どこまで冗談かわからない適当なギルベルト。
「くじ引きっすかね」
「あなた、おバカなのかしら?」
躊躇なくくじ引きを選ぶアン。
だがギルベルトなら採用しかねないため第一分隊の面々は協力してアンを止めるのだった。
「普通に多数決でいいんじゃないですか?」
「まあいいんじゃないか? 無難で」
ヘンリーの提案にギルベルトはあっさりと意見を変える。
セシルは顧問の適当さに少し呆れた。
「じゃあさっきみたいに順に誰を分隊長にしたいか言ってってくれ。じゃあセシルから」
「俺はさっきも言った様にヘンリーがいいと思います。仲間思いで優しいし」
「え、理由まで言うの? あたしは……セシル、かな? セシルのおかげで切り抜けられた場面もあったわけだし」
「わたしやりたいっす!」
セシル、クラリッサ、アンの意見。
「私も立候補します。私の実力を見ていただければ、皆も納得していただけるはずだと思うのですけど」
「セシルですね。なんたって強いし、いいやつですよ」
「……癪だがセシルだ。俺より弱いやつの下に付く気はない」
ステラ、ヘンリー、アレキサンダーの意見。
「……」
「誰でもいいですよ。僕は」
シャーリーは無言。ヨナはリーダー決めそのものを楽しんでいるようににこやかだ。
自分の名前が挙がる度にセシルは不安になる。
人を率いるどころか、つい最近まで同年代の友達もあまりいなかったのだ。
「じゃあセシルに三票、ヘンリーに一票、アンに一票、ステラに一票、棄権が二人、ということでセシルに決定な。セシル、みんなの為に頑張ってくれ! 以上! 解散!」
セシルは流れるように自分が分隊長に選ばれてしまったことに驚いたが、それ以上にアレキサンダーが自分に投票したことが意外だった。
実力を認めたということなのか。
ただセシルに投票したからといって、アレキサンダーが素直に指示に従うかというと、それは別問題にも思えた。
隊員たちが納得できる様な指示をしっかりとできるようにならない。
駄々をこねるアンを尻目に、セシルは分隊員の命を預かる身分になった責任をかみ締め、拳を強く握った。
自室に戻ったセシルは、顧問のギルベルトに寄越された分隊員の資料に目を通す。
文字の読めないセシルでも直感的に内容が理解できるように、特殊な付呪がなされている。
「ええと、ヨナ……『研究用のホムンクルス、人造人間』!? 年齢は……三歳!? 同い年くらいに見えたぞ? 『得意分野は身体の構造変化……騎士団所属から義勇軍へ出向』……一人目からいきなりすごいな」
確かに浮世離れした雰囲気を持っていたが、そこまで複雑な背景があるとは想像もできなかった。
「次にシャーリー先輩か。『“アカデミー”在学中から騎士団の任務に同行……使徒との交戦経験あり、得意分野は着衣への格納魔術。十数の武器を格納でき、多彩な武器の扱いに長ける』か。この人もすごいなあ。“武器商人”って二つ名はそれでなのか……きっと前線向きだな」
使徒との交戦経験のある分隊員がいると知り、セシルは少し安堵する。
「あと俺が知らないのはステラ。クラリッサと仲の悪い女子だな。“アカデミー”での成績はアレキサンダーに次いで二位か。でも実技に特化したアレキサンダーと比べてバランスが取れてる、のかな? 『あらゆる分野で一定以上の水準を満たす。土、水、風、火の四元素を扱いについては熟練の域。各属性を剣に乗せて戦う元素使いの剣士』か。優等生って感じだなあ。アレキサンダーとどっちが強いのかな……?」
確かにアレキサンダーのゴーレム魔術は卓越したものだったが、セシルがした様に短期決戦狙いで挑めば勝負は分からない。
いつかステラとも手合わせしてみたいとセシルは思った。
「でもヘンリーがあの二人に次いで三位の成績だったのは意外だよなあ。『付呪や後方支援の魔術に関しては現役の騎士を凌ぐ。実戦の中ででさらに応用の利く魔術を習得する可能性あり』か。なんだよ、やるじゃんか、ヘンリー」
友達が資料で評価されているのを見て、セシルまでどこか誇らしく感じた。
だが分隊員の素性がわかればわかるほど、『原石』としての魔力量に頼り切り、第五元素と剣術の一辺倒の自分が場違いな気がしてくる。
(結局『原石』って何なんだ……? 燃料なんかにしないで、俺みたいに『開花』をさせて戦力にする手もあるのに……)
セシルは指示通り資料を破棄してぼんやりと考えを巡らす。
だが、『原石』についての真実をセシルが知るのはまだ先の話だった。




