第17話 天馬
結局、ギルベルトの予想が外れたのか、使徒の逃げ足が想像以上に速かったのか。
どちらにせよ“アカデミー”から使徒が見つかることはなかった。
だが教王府は“アカデミー”の教官が使徒だったという事実を重く捉え、アレキサンダーの父である学長を罷免し、正式な再発防止策が策定されるまで“アカデミー”の無期限休校は続くことになった。
とは言っても無期限休校の延長は二度目の”アカデミー”解体というかつてない事態を避けるための口実であり、教王府は休校を解くつもりはなかった。
数日の自室待機を経て、セシル、クラリッサ、アンの三人は王国騎士団の本部手前までクラリッサの力で転移していた。
アレキサンダーは別行動のためわざわざ歩いて早くに出向いたらしい。
四人は他の志願者とは別に王国騎士団の本部へと呼び出されたのだった。
「へー。ここが王国騎士団本部、ねえ」
クラリッサが本部の建物を見上げながら言う。王国騎士団本部は「コ」の字型をした宮殿の様な作りの建物だった。
「お城みたいっすね」
セシルは騎士団本部の姿に圧倒されながら周囲を見渡すと、壁にもたれかかるアレキサンダーの姿を見つけた。
「おっせーんだよ。それにキョロキョロしやがって、観光気分か?」
悪態をついてはいるものの、アレキサンダーは三人を待っていたらしい。
「待っててくれたんだ。先に入っててくれてもよかったんだけど」
「わざわざ四人で呼ばれたのに単独行動で協調性がないと思われるのが癪なだけだ」
「いやないっすよ、協調性」
アンの容赦ない一言。
アレキサンダーは怒りに飲まれそうになるが、歯を食いしばって堪える。
「まあまあ。せっかく四人揃ったんだしこのまま入ろう」
この四人は他の志願者とは別に上官となる騎士に顔合わせをすることになっていた。
他にも数名の志願者が呼ばれているらしい。
そのまま本部内部へ入り案内役の騎士に連れられ部屋へと通されると既に先客がいた。
「ヘンリー!? なんでお前が?」
ヘンリーの姿を見てセシルが思わず声を上げる。
「オレだってなんでここにいるのかサッパリだよ。そもそもオレ、後方支援の方で志願したんだぜ?」
「いやいや、ヘンリーが義勇軍に志願したこと自体が意外だよ。そもそも騎士になること自体諦めてたじゃないか」
「そうなんだけど“アカデミー”があれだからなあ。オレじゃまだ大した仕事に就けないし、考え直して現場で技を磨こうと思ってさ。もちろん後方でだぜ?」
とことん打算的なヘンリーの考えに感心するセシル。
するとドアが開き、また一人部屋に入って来た。
「いつまでも入口で固まってないでもらえるかしら。邪魔なのだけど」
「げえっ」
入って来た志願兵の姿を見てクラリッサが奇声を発する。
「何? そのカエルが潰れたような声は。クラリッサさん、あなた実はカエルの獣人だったりするのかしら?」
獣人とは獣の骨や臓器を付呪した上で自身の体に埋め込み力を得る邪法、”獣化の魔術”で力を得た者のことだ。
当然カエルの獣人などはいない。
「ちょっと、ちょっとだけ意外だったというか? ふーん、あんたにも声がかかってたのねえーへえー」
その志願兵はクラリッサのルームメイトで黒髪をポニーテールにした少女、ステラだった。
規律を重んじるステラと山育ちで自由奔放なクラリッサは何かと衝突することが多かった。
自室待機の際にステラと言い争いの絶えなかったクラリッサは、義勇軍に入隊することでようやく彼女から解放されると安堵していたのだ。
だが数奇な運命にクラリッサは嘆息するしかなかった。
次に無言で部屋に入って来た志願兵もまた女子生徒。
軍帽を被り、コートを着込んでいる厚着の少女。
背丈はアンとそう変わらないほどの小柄だった。
「アンにアレキサンダーにステラ。それに“武器商人”のシャーリー先輩か……ますますオレの場違い感が増したなあ」
「……そのあだ名。好きじゃない」
「す、すいません。先輩」
ヘンリーに向けて厚着の少女が初めて言葉を発した。
その後厚着の少女は軍帽を目深に被って目元を隠す。
“武器商人”という二つ名が嫌なのか、目の前で二つ名で呼ばれることが恥ずかしいのか。
しかし二つ名が付くほどのやり手の魔術師なのだろうとセシルは思った。
「無事揃ったようでなによりだ。私は貴様らの隊長となるオットーだ」
銀髪に赤目、グレーを基調とした騎士団の制服に身を包んだ少年を引き連れて上官が入ってきた。
隊長のオットーはまだ二十代の前半ほどの年齢ではあるが、エリート然とした態度が鼻につく男だった。
「貴様らに今日集まってもらったのは、義勇軍の軍服を貸与する為だ。近く義勇軍の“お披露目”が行われる。その際、貴様らにはこれを着用した上で参加してもらう。ヨナ、配ってやれ」
ヨナと呼ばれた銀髪の少年が、抱えた大きな袋からそれぞれに軍服を手渡す。
「オットーさんは偉い人なんすか?」
「オットー隊長、と呼びたまえ。質問に答えよう、もちろん偉いとも。この若さで貴様ら義勇軍の隊長に抜擢されたわけだからな」
アンの質問にオットーは自慢気に答える。
「隊長。この人選はどういった意図があるんでしょうか?」
アンに続いて今度はヘンリーが質問する。
「言うまでもないだろう。小粒だらけの義勇軍の中で選りすぐりの精鋭を集めたのだよ。使徒を倒したアン、潜入していた使徒を捕虜にしたクラリッサ、学生の身でありながら既に数々の武功を立てているシャーリー、“奴隷人形部隊”の精鋭と渡り合ったアレキサンダー、彼と並ぶほどのトップクラスの成績を誇るステラ、そのアレキサンダーを倒したというセシル。最後に私が騎士団から引き抜いた逸材、ヨナ。貴様らに軍服を配った男だ」
自らの武勲の様に語るオットーの解説に、セシルは戸惑いながらも納得する。
「じゃあオレは? 後方志望だったんですが……」
「……誰だったか。そうだそうだ貴様、ヘンリーか。貴様は座学においてはアレキサンダーやステラに遜色ない優等生ではなかったか? それに部隊にはサポート要員も必要だろう」
オットーの発言にセシルやクラリッサは顔を見合わせる。
「まさか……」
「貴様らは王国義勇軍改め“天馬遊撃隊”の主力部隊。第一分隊の騎士として私の直属として運用する。貴様らは対使徒戦で戦果を挙げ続け、国家と私の為に貢献するのだ! では貴様らへ最初の任務だ! 近々教王陛下が貴様ら“天馬遊撃隊”を王都の市民に紹介する。その場で行儀よくしていろ。以上だ!」
アンは話を聞かずに渡された純白の軍服をしげしげと眺めている。
ヨナは事前に知っていたのか、いきなりの宣言に動揺するアン以外の生徒達をにこやかな笑顔で見ていた。
「では早速、分隊長を任命する。やはり戦闘力があり、指揮に優れた者が分隊長を務めるべきである。故に私はアレキサンダーを分隊長に任ずる!」
「えーありえないっすー」
「何故かね? やつの高度なゴーレム魔術は、戦闘力とゴーレム操作の為の指揮力を兼ね備えていると考えるのが妥当であろう?」
理屈ではそうだろうと確かにセシルは思った。
だが、アレキサンダーの傍若無人な態度でこの癖の強そうな部隊を仕切れるとは到底思えないのも事実だった。
「待て待て待て! 俺抜きで勝手に話を進めるとは随分と勝手してくれるじゃないか。オットー隊長さんよ」
部屋に入ってきたのは騎士団本部に不釣り合いな黒い軍服の特務騎士、ギルベルトだった。
「ああギルベルト顧問、あなたでしたか。あなたの意見を聞くまでもないことだと判断いたしましてね」
「ええっ!? ギルベルトさんが義勇軍の顧問? あたしフレデリカさんから何も聞いてないですよ?」
クラリッサが大声で反応する。
「そりゃあ言っちゃダメだったからだよ。あとフレデリカは俺のことを何でも知ってるわけじゃないからな」
特務から義勇軍に顧問を設置する様に働きかけたのはベネディクトだった。
ベネディクトはアンやクラリッサといった特務の一員として活動している者を王国騎士団へ転属させることに異を唱え、交換条件として特務からギルベルトを義勇軍顧問としてねじ込んだのだった。
彼が選ばれたのは義勇軍主力となるはずの面々の多くと顔見知りで、特に特務で役職がなく暇そうだったからである。
「それで? ギルベルト顧問は私の采配に異論でもあるのですか?」
「もちろん。アレキサンダーを選ぶのは勝手だがね。命を預ける分隊長を誰にするか、隊員の意見も聞かずに独断で決めるのはどうかと思うぜ、隊長殿」
「ふん、それでは私の采配が正しいか、隊員達に聞いてみようじゃないですか」
オットーは順に、隊員達にアレキサンダーを分隊長にすることについてどう思うか聞いていく。
「反対です。仲間思いのヘンリーがいいと思います」
「反対です。あとステラも候補から外してください」
「いやっす」
セシル、クラリッサ、アンの意見。
「反対します。クラリッサさんは除外で」
「反対ですね。さっきセシルが言ったのはなしで」
「ここまでボロクソ言われてやりたがるやつがいるかよ。俺も嫌だね」
ステラ、ヘンリー、アレキサンダーの意見。
アレキサンダー本人にまで否定される始末。
シャーリーは無言。ヨナもニコニコと皆の様子を見ているだけだ。
「だ、そうだが? 反対多数。それでも強引にアレキサンダーを分隊長に任命するかい?」
「……それでは、顧問殿はどの様に決めるのがいいとお考えで?」
オットーがギルベルトに問う。
「そりゃあ本人達で納得いくまで話し合うのが一番いいさ。親睦も深まるだろう」
「なら顧問殿の顔を立ててそうすることにしましょう。貴様ら同士で分隊長を誰にするか話し合え。決まり次第私に連絡するように。では失礼する!」
オットーは苦虫を噛み潰したような顔で部屋を出ていくのだった




