第13話 奥義
「お前みたいなクズに見せるのは惜しいが、お望み通り見せてやるよ、奥の手をよ!」
アレキサンダーは新しく召喚するゴーレムの召喚位置に魔力を集中する。
召喚には四体分のゴーレム稼働枠を使う。
アレキサンダーに扱えるのは最大六体のゴーレム。
残り二つの枠も使って二体のゴーレムを召喚し、時間稼ぎとしてヨロイへと突撃させた。
二体のゴーレムを殴り倒し、軽くあしらうヨロイ。
彼はアレキサンダーの“奥の手”に興味を持ったようで召喚を邪魔せず見守っている。
すると大地が盛り上がり、岩の触手のような物体が弧を描きながらそそり立つ。
その先端は塔の頂点の様に尖っていた。
続いて巨大な二股の岩が一対地面から生えてくる。
大地の盛り上がりが一定の大きさを超えると、一対の岩を手の様に使い巨体のゴーレムが這い出てきた。
それは今までの人型ゴーレムとは異なった、サソリの姿をした巨大なゴーレムだった。
稼働枠は四体分だが、注いだ魔力、構成する素材。そして質量はそれ以上。
サソリの目は合計六つ。
全て砲撃ゴーレムの『魔弾の原石』を流用している。
(これが破壊されたらさすがに終わりだが……その代わり“核”は四つある。その全てが破壊されるまでこいつは止まらない。どう出る、鎧男)
「なるほど。これでは“核”の位置がわかろうとも手が届かないな」
「そういうことだ鎧野郎……魔弾斉射!」
サソリの六つの目の全てから最大出力で魔弾が発射される。
「“手”ではな」
ヨロイはようやく抜刀し、黒い剣が斉射された魔弾を全て切り落とす。
魔弾を最大出力で放った影響か、サソリの目である『魔弾の原石』のヒビが入る。
しかしサソリは既にハサミを構え、ヨロイに向けて既に動き出している。
「こちらも奥の手をお見せしよう」
ヨロイは全身を覆った魔力の大半を黒剣に注いだ。黒剣が爆発的な魔力を放つ。
(あの魔力量、ハサミくらいなら容易に切り落とせるだろうが……それだけだ!)
そしてヨロイは膨大な魔力を注いだ黒剣を振るい、虚空を十字状に斬った。
すると虚空を斬った漆黒の軌跡はそのまま宙に残る。
十字の形をした黒い軌跡は、大気中の魔力を貪る様に吸収しながらさらにその大きさを増していく。
突進するサソリがヨロイの目前に迫る。
ヨロイが低い声で、ただ一言つぶやく。
「……魔装黒蹴」
ヨロイは魔力を右足に注ぎ、軌跡を思い切り前方へ蹴り飛ばした。
サソリと黒十字が勢いよくぶつかり合う。
するとサソリは黒十字によってバラバラに砕け散った。そして黒十字もサソリを分解すると消滅する。
「残念だったな。いくら大技を放とうが! “核”が一つでも残っていれば、ゴーレムはいくらでも再生する!」
「一つでも残っていれば、な」
サソリのゴーレムを構成していた岩の塊は再生せずに砂の様に崩れていた。
「バカな……!?」
サソリを分解した黒十字はただサソリを斬っただけではなかった。
黒十字はサソリを切り進みながら、魔力による強烈な振動と衝撃を放って“核”の全てに致命傷を与えたのだった。
「学生でそれほどの腕前とはな。俺の口利きで使徒にしてやってもいい。俺の下で修練を積め」
「黙ってろ……!」
「そうか、それは残念だ」
黒剣を手にアレキサンダーの下へ歩み寄るヨロイ。
その様子を見ながら、透過したアンが攻撃の機会を伺う。
ヨロイとゴーレム達との乱戦時は、巻き込まれる可能性を考慮し様子見に徹していた。
ヨロイがサソリの登場を待っていた際も、ヨロイが身に纏う高濃度の魔力が実体化に影響を及ぼすと考え見送った。
そして全力の一撃でアレキサンダーを降し、勝利の余韻に浸っている今こそ絶好のチャンスだと考え、アンは攻撃の為に実体化した。
ヨロイの胸を背後から貫くべく、右腕を突き出す。
だが、勝利の余韻に浸っている最中にもヨロイには一分の隙も存在しなかった。
ヨロイの胸を貫いていたはずの腕は空を掴む。
不可視の攻撃を避けられて、呆気に取られるアン。
「知らないのか? 透過術師が実体化する直前は空間がわずかに歪む」
アンが透過して逃げるより先にヨロイが腕を掴んだ。
ヨロイの掌の放つ高濃度の魔力が透過を妨害する。ヨロイは腕を掴んだままアンを振り上げた。
アンは透過できないまま、激しく地面に叩きつけられ、気を失った。
「終わりか……」
アンに黒剣で止めを刺そうとしながら、ヨロイがつぶやくのだった。
刹那、ヨロイの手から黒剣が弾かれる様に離れる。
「おいおいおい。学生同士の喧嘩って話じゃなかったのかよ!? ヨロイがいるじゃねーか!」
突如として『ゲート』と共に現れた黒い軍服を着た紫髪の壮年の男。
特務騎士ギルベルトはヨロイの姿を見て不満をたれる。
「貴様は……“黒犬”の者か」
「はいはい。ワンワンとでも鳴けば満足か? そういうあなたは奴隷人形部隊のヨロイさんですね!」
既にギルベルトはヨロイに攻撃をしかけている。
「重力操作か。稚拙だな」
地面に足をめり込ませながらヨロイが吐き捨てる様に言う。
全力で奥の手をぶつけ合ったことへの満足感に浸っていたヨロイは、度々横槍を入れられ不満げだ。
始めに黒剣が飛んで行ったのは、黒剣に対する重力を横向きに、さらに数十倍にする術式をギルベルトがかけたからだ。
現在ギルベルトはヨロイの足と頭に重力増加の術式をかけている。
足は動きを止める為、そして頭はヨロイに対する直接攻撃だった。
常人であれば既に首の骨は粉々になり、頭が胴体に収まっていることだろう。
ヨロイが一見平然としている様に見えるのは、ヨロイの一流の身体強化魔術と、魔力強化された装甲によるものだ。
ただ、頭への攻撃はそこへ意識を集中させるためのブラフだった。
「この程度で俺を止められるとでも思っているのか? 随分と思い上がっているか、俺を舐めているかだな」
一歩ずつ、踏みしめるようにヨロイがギルベルトに近付いてくる。
「両方だね。じゃあはい。早速ご退場願いますよ」
ギルベルトがヨロイの足元に投げ付けたのは『転移の符』だった。
ヨロイは符に気付くと逃れようとして足掻くが、足元に開いた『ゲート』に飲み込まれていく。
「ッ! この屈辱、決して忘れんからな……」
「えーえー何ー? 声が小さくて聞こえねーよ!」
腰の高さまで『ゲート』に飲まれながら、ヨロイが呪詛の言葉を吐く。
対するギルベルトはまんまと策に嵌ったヨロイを嘲るのだった。
「えっと、どこ行きだ? この符。辺境の山だっけ。まあいいか」
ヨロイの消失を確認すると、ギルベルトはアンの下へ駆け寄ったのだった。




