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第9話 脅迫

 ある日。午後の座学が終わると、たわいもない話をするセシルとクラリッサを囲むように四人の生徒が現れた。


 アレキサンダー、ヘルマン、ルーク、ディーン。


 学長の息子と取り巻き三人組。


 彼らの標的はセシルではなくクラリッサだった。


 それは二人を襲撃するための彼らなりの準備、根回しが終わったということ。


 不意に取り巻きのヘルマンが『魔弾の指輪』をはめた指をクラリッサの額に突きつける。


 市販されているような護身用の指輪ではなく、一流の付呪師によって作成されたアレキサンダー所有の一級品の指輪だ。


 至近距離であれば人間の頭の一つ割る事くらい容易いだろう。


 普段であればこの程度の相手、普段のクラリッサであれば瞬時に背後へ転移して逆に頭でも殴りつけてやるのだが、下手に動けば激情したアレキサンダーに殺されかねない。


 それをもみ消すほどの力を彼は持っていた。


「あたしみたいな可憐な女の子相手に男が四人がかり? プライドとか無いわけ?」


「黙ってついて来いよ山猿」


 取り巻きのディーンがヘルマンと同じ指輪をはめた指をクラリッサへ向け、外に出るよう促した。


「訓練場に一人で来い。誰かに助けを求めた場合と来なかった場合、それと遅かった場合も来なかったものとみなしてこの女は殺す」


 セシルにアレキサンダーが告げる。


 アレキサンダーが先頭。中央にクラリッサ。左右をルークとディーンが固め、後ろからヘルマンが指輪をはめた指をクラリッサの後頭部に突きつけている。


 五人はその陣形を維持しながら教室を出て行った。


「おいおいどうすんだ。この状況、教官呼ぶか?」


 生徒たちが見て見ぬふりをする中で、ヘンリーだけが駆け寄ってきた。


「どうもこうもないだろ。俺が行くよ」


「お前死ぬ気かよ!?」


(クラリッサは命の恩人で、俺のかけがえのない友人だ。俺だって簡単に死ぬわけにはいかない。でもクラリッサを殺す? そんなことは絶対に許さない……!)


 かつて、ガニメデに対して感じたものと似た激情がセシルを支配していた。


「俺は、死なない」


 セシルはヘンリーに宣言すると教室を出た。

 

「本当に一人で行くっすか?」


 教室を出ると廊下にアンが立っていた。


「俺一人で行かないとクラリッサが殺される」


「わたしの魔術は奇襲向きっす。直前まで隠れて、セシルとわたしが同時に仕掛けるっす」


 特務で任務に当たっている以上、確かにアンの言う通り彼女の能力はそういった用途に向いているのかもしれない。


 だがクラリッサを殺傷し得る能力を持った相手はアレキサンダーと指輪持ち二人、合わせて三人いる。


 同時に二人を制圧したとしても残った一人がクラリッサを殺すだろう。セシルは思案する。


「クラリッサが殺される可能性を少しでも排除したい。それにアンの身も心配だ」


「わたしは何度も任務を成功させてるっす! それにわたしだってクラリッサに死んでほしくないっすよ!」


(特務の任務といってもこんな死地に飛び込むようなものを普段からベネディクトさんがさせているとは思えない。俺にとってはクラリッサもアンにも生きていてもらわなければならない。その為にはやはり俺が一人で行くしかない)


「なら堪えてくれ。学長の権限でこの一件はもみ消されるかもしれない。アンは俺達にもしものことがあったとき、ベネディクトさんに真実を伝えるんだ」


 セシルはアンに言い聞かせる様に告げる。


「嫌っす! セシルにだって死んでほしくないっすよ!」


「俺は死なない!」


 セシルが放つむき出しの敵意にアンは絶句する。


 確かに今の彼が容赦なく、使徒を撃退したという力を振るえばクラリッサは助かるかもしれない。


 だがあのアレキサンダーが相手であればそれが凄絶な戦いになることは容易に想像できた。


 そしてアンはセシルがそんな戦いに身を投じる様なことをさせたくなかった。


「でも……」


 セシルは先日のヘンリーの試作品、『相手を気絶させる符』をアンに使う。


 倒れ込むアンをセシルは受け止めた。


(アレキサンダーはおそらくプライドが高い。クラリッサを人質にはしたが、それを利用して字も読めない俺をなぶり殺しにするようなことは、きっとそのプライドが許さないだろう。いや、ここまでくればそうなると信じるしかないか……)


 そうしてセシルは訓練場へと向かう。


 一歩アレキサンダーの下へ進むごとにそのやり口に対し、怒りが増していく様な気がした。




「おっせーから見殺しにするもんだと思ってたぜ!」


 訓練場に着くと取り巻きの一人がセシルに言い放った。


「友達に止められてたんだ。クラリッサは無事なのか?」


「この通りご健在だぜ。でもまあ当然止められるだろうなあ。何せ死んじまうんだからよ!」


 クラリッサは猿ぐつわをかまされ、訓練場脇の木に縛り付けられていた。


 クラリッサと目が合う。助けを求めるような視線は向けてこない。彼女の中にも、騎士としての覚悟があった。


「違うな。お前らを殺すことになるから止められてたんだ」


 セシルは冷たく言い返す。


「ほざけ! 文字もよめねーテメーになんの魔術が使えるっつーんだよ!」


 別の取り巻きが吠える。


「そうだな。これだけあれば十分だ。」


 セシルは訓練場入口で見つけた木剣を一振りしてみせた。


 取り巻き達はニヤつきながら顔を見合わせたあと、大笑いする。


「傑作だな! アレキサンダー君のゴーレムをその木剣で倒そうってのかよ!」


「御託はもういい。お友達の前でボロ雑巾にしてやるよ。ボス猿」


 アレキサンダーが前に出ると、取り巻き達は後方へ引き下がった。


「木剣相手だからといって俺が魔術戦で手加減することは無い。それだけ小さい脳みそで理解しとけ」


「ああ。ゴーレム術師が木剣で負けたなら、学長も恥ずかしくて問題にできないだろうからな」


 セシルの中で渦巻く怒りが弱まることはなかった。


「ほざいてろ、カスが……!」


 いくら学長の息子とはいえ、アレキサンダーには本気でセシルを殺すつもりはなかった。


 精々半殺しにして二度と学級に顔を出せないように“教育”するつもりだった。


 だが、セシルの一言がアレキサンダーを本気にさせてしまったのだ。

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