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第1話 襲撃

 王都の中央にそびえる白い塔の中。


 朝の巡回に来た二人の魔術師が一つの水晶の前で対峙していた。


 いくつもの管が突き刺された水晶は、人の形をしていた。


「これも限界だな、しかし文字通り『原石』とはよくいったものだ」


「ああ。だが予想以上に消耗が早かった。追加は手配しているのか?」


 人型水晶の周囲にはずらりと所々体が結晶化した人々が、口をパクパクとさせ目で苦痛を訴えながら横たわっている。


 喋る機能を奪われた彼らは、一様に全身に長い管が突き刺されていた。


「辺境の少年に『原石』の反応があった。既に騎士を派遣済みだ」


「ならいいが……『原石』の補充が遅れてみろ、国中の魔術網が崩壊するぞ」


「だから念には念で王国騎士を五人も派遣したんだ。言われなくてもわかっているさ」


 彼らは魔術師であり、「原石」と呼ばれる特異体質の人間を集め、魔力を吸い出す役割を担う施設の職員だった。


 二人は国を守るこの仕事に誇りを持っていた。




 同時刻。古びた街道で、セシルという名の少年は血の匂いに息を詰まらせた。


「逃げろセシルくん! 救難信号を出せ──」


 襲撃は突然だった。


 セシルには風が裂ける音と共に、ただ影が通り過ぎたようにしか見えなかった。


 護衛の騎士の叫びが途切れ、その首が鋭い刃に切り裂かれて石畳に転がる。


 朝日を反射するその剣は騎士達の抵抗を許さなかった。


 たった一人の襲撃者によって五人の王国騎士が瞬く間に倒れ、流れる血が街道の石畳を汚した。


「はい、騎士サマ全滅。うーん、騎士の質も落ちたんじゃねえか?」


 革鎧の剣士が、剣を鞘に納め、口角を吊り上げる。


 操縦者が死んだゴーレム馬はがらがらと崩れ、塵と砂に返る。


 それはついさっきまで、セシルが乗る幌馬車を引いていたはずの土の魔術で動くという岩の獣だ。


 護衛の騎士たちは王都へ向かう道すがら、休憩中に襲われた。


 そして剣を抜く間もなく、血だまりに沈んだ。


 セシルは茂みに身を潜める。


 騎士の一人が咄嗟の判断で彼を突きとばしたのだ。


(なんで……なんでこんなことに!)


 血の匂いを感じながら息を殺す。


 心臓の鼓動がうるさく、襲撃者に聞こえそうで、セシルは震える指で胸を押さえた。


(動いたら、死ぬ)


「確認だが、まさか騎士に『原石』が紛れてたなんてことねえよなあ? おチビちゃん」


「斬る前に確認しろって何度言えばわかるの!? クソ剣術バカ! 『原石』を揃えないと計画に支障が出るって、わかれ!」


「別に生きてたらいいんだろ? お得意の魔術で探してくれよ。魔術オタクさんよお」


 一瞬で五人の騎士を殺害した革鎧の剣士は、鞘で肩を叩きながら軽口を叩く。


「死んでたらの話をしてるんだっつーの! クソ脳筋!」


 騎士達の身分を示すものを指から出す火で燃やしながら、剣士の背後で少女が毒づく。


 少女は魔術師然とした派手なローブに身を包み、帽子には複雑な文様が描かれていた。


 証拠隠滅が終わると彼女はゴーレム馬の残骸に腰かけ、苛立ちから杖を握り締める。


「死体でも魔術資源にはなるけどね、生きてる『原石』ならその百倍の価値よ! いい? 『原石』は計画の鍵なんだから!」


「計画ねえ。偉いさん方の話は壮大過ぎて俺にはわからねえからなあ。精々派手な戦争になってもらえばいいさ」


 苛立ちが頂点に達した少女が騎士の兜を蹴り飛ばす。金属が石畳に跳ねる音が響く。


 剣士の男はどこ吹く風で騎士達の装備を物色し始めた。


「ったくイライラする……『原石』のためにこんなド田舎まで騎士を派遣する理由をわかってんのかしら」


(原石……? まさか俺のことなのか?)


 セシルは息を呑む。


 昨日、王都の騎士が言った。


「セシル君、君には特別な魔術の素養がある。是非とも国家のために働いて欲しい」


 あの言葉が、頭をよぎる。


 昨日まで、セシルは辺境の名もなき村で生きるだけで精一杯だった。


 この国の最果て、国と無法者の魔術師たちが支配する領域との境目。


 痩せた土地でも育つ、魔術をかじった村長トマスが育てる豆だけが命綱だった。


 病になれば医者代わりの呪い師の来訪を待つ貧しい村。


 セシルは十六年間、希望なんて言葉は知らなかった。


 だが、騎士の言葉に夢を見た。王都で人生を変えられるかもしれないと。


(それが……こんな目に!)


 死体を漁る剣士の足に騎士の首がぶつかる。


 転がった首の死んだ目が、セシルを見据えた。


 思わずセシルの口から小さく声が漏れ出る。


(見つかった……!)


 彼が茂みから逃げ出す前に、剣士の刃が茂みを薙ぐ。


 斬撃を避けようとして転んだセシルを、剣士は石畳に放り出した。


「お前『原石』だろ?  ビビらせりゃあ魔力でも出るのか?」


 獣のような目がセシルを捉える。剣の切っ先がセシルの首に突き付けられ、皮膚を割く。


「バカ! 鑑定くらいさせなさいよ! ったくこのイカレ剣士!」


 すかさぜ少女は杖を掲げ、魔術の光が剣士の腕を縛る。


 そして懐から取り出した水晶のレンズでセシルを覗き込み、少女は息を呑んだ。


 セシルの魔力の波を計測していたのだ。


 セシルはようやく二人の言う「原石」という言葉が、自分を指す単語であることを察し始めていた。


「俺が……『原石』?」


「ふん……この魔力、本物だわ! やっぱりこいつが『原石』よ!」


「おお、我が愛しき金の卵……いや金の『原石』! あぶねえ。抵抗されてたらマジでやっちまってたかもしれねえからよ」


 昨日からセシルには理解できないことばかりだ。


 突如として現れた王国騎士。剣士の襲撃。「原石」という言葉。そして目の前に広がる血だまり。


 彼が唯一理解できたのは、きっと自身の人生が酷い結末を迎えるだろうということ。


 目の前にしているのは、何の躊躇もなく人殺しに手を染める連中。


「死にたくない……まだ終わりたくない!」


 それは心の底から漏れ出た言葉だった。


「俺は王都に出て、人生を変えるんだ!」


 十六年間、辺境の貧しさに耐えてきたセシルにとって、それは人生を変える唯一のチャンスだった。


「『原石』が王都に出ようが、俺らにさらわれようが……どっちにしても地獄だぜ。間抜け」


「さっきから何なんだよ……『原石』って……!」


 無慈悲な現実を突きつける剣士の言葉。


 セシルには剣士の言葉の本意はわからない。


 ただ結局自分がただの無力な辺境の民だったことを改めて思い知る。


 そんな時。


 突然、石畳が震え、風が唸る。


「気ぃ付けろ! ドロシー!」


「あんたこそ、ガニメデ! 転移魔術よ!? 誰!?」


 帽子の少女、ドロシーは魔力の流れを読んで上空を見上げる。


 そこには太陽の逆光になるように、人間の影があった。


 上空からの火球が腹部に直撃し、吹き飛ぶドロシー。


「ごめん遅れちゃった! あたし特務騎士団のクラリッサ! 助けに来たよ!」


 桃色の髪の少女が着地し、セシルとガニメデと呼ばれた剣士の間に割って入るように立って宣言するのだった。


「おお!? 特務の騎士サマか! いい獲物だぜ!」


「いい獲物はお互い様でしょ? あたしだって使徒を二人もとっ捕まえたら当分休暇が出るってーの!」


 クラリッサはガニメデを牽制しながら、セシルに目配せしながら励ます。


「大丈夫、あたしが来たからもう平気!」


 一方ガニメデはやる気を出した様子で剣に手をかけ、顔を笑みで歪ませた。


 同世代の少女に見えるクラリッサの背中がセシルには大きく見え、安心感と無力感を同時に与えるのだった。


 クラリッサが手のひらから火元素の塊を打ち出すのが合図となり、魔術師の殺し合いが始まった。

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