源流編
この物語には自己解釈やオリジナル設定が含まれています。
オリジナルの妖怪が登場することもあります。
素人がただ思い付きで書いている物語なので最後まで温かい目で読んでいただければと思います。
承久の乱から幾年も経ち、北条氏の執権政治が安定を見せ始めた頃。
入り江の小さな漁村で1人の女の子が産声を上げた。
この村の人達の先祖には人魚がいると語り継がれていてその女の子はその伝承を裏付けるように傷の治りが早く、転んで膝を擦りむいても翌日には傷が塞がり、熱を出しても一晩で平熱に戻った。
そしてその女の子は潮埜と名づけられてすくすくと育っていった。
村の年寄り達は潮の加護を受けた子と囁き、漁師達は豊漁の前触れとして彼女の姿を喜んだがその噂はやがて村の外へと漏れた。
この頃は、宋や高麗からの商船が日本の港に入り、陶磁器や薬、香料がもたらされる一方で珍しい霊薬や異国の伝承も流れ込んでいた。
「人魚の血肉は、不老不死の妙薬になる。」
「人魚は人と交わる事があり、その血縁が今でも生きている。」
そんな噂が港町の酒場や市で囁かれ、やがて尾ひれが付いて武士や商人の耳に届くようになった。
ある日、潮埜の住む村の港に見慣れない船が入った。
甲板から降りてきたのは、宋の商人と、彼らを護衛する武装した浪人達で、彼らは村人に銀貨を見せて「人魚の末裔を探している」と言うが、その目は獲物を探す獣のように鋭く、笑みは冷たかった。
潮埜の母親はその視線を見て悟り潮埜へ逃げるように伝える。
潮埜母「潮埜、海辺を離れて山へ行きなさい。」
潮埜の父親は山道の地図を描き、信頼できる修験者の名を教える。
それは、潮埜を守るための最後の手立てだった。
地図を頼りに山へ入った潮埜は山伏達に迎えられ、匿ってもらう事ができた。
彼らは険しい峰々を巡り祈祷や薬草で人々を助ける心優しき者達だった。
潮埜は身を守るためにも早く一人前になりたくて滝行や雪中修行にも耐え、やがて仲間からも一目置かれる存在となった潮埜は山伏として歩み始めた。
旅の途中で潮埜はある山間の領地に立ち寄る事になる。
それは村人に頼まれて病に罹った者がいるらしくその者のために祈祷を行って欲しいとの事だった。
祈祷の場に現れた山間の領主は帰ろうとした潮埜をここに留めようとする。
領主「道中は険しいだろう。今夜は温かい食事を用意するのでせめて今夜だけでも泊まっていきませんか?」
潮埜「いえ、急ぎますので私はこれで。」
これまで潮埜の出身を知った者は皆、好奇と欲望の入り混じった眼差しを向けてくるので潮埜は他人を信じることが出来なくなっていて、この時もまた自分を利用しようとする人間の1人だと考えてそそくさと旅に戻った。
だが数日後再びその領地を通った時、領主は前と変わらず優しい笑みで迎えてくれた。
領主「また山を越えてきたのか?、、無事でよかった。」
他人とは違うその言葉に潮埜は警戒を緩めて一晩の宿を借りた。
前回断った理由も無理に聞かずにこやかに屋敷を案内する領主には血筋や噂を探るような意図は感じない。
近くを通るたびに潮埜の方も次第にそんな彼を気に掛けるようになっていった。
ある日潮埜がいつものように泊めてもらった時、領主が話を切り出す。
領主「お前が初めてここで祈祷をしている姿を見た時から惚れていたんだ。どうか私の妻となってくれないか?」
潮埜はその時初めて山を渡る事が逃げるためだけではなくなっていたことに気づいた。
潮埜「、、はい。よろしくお願いします。」
今までの事を思い、潮埜は少しためらったが真剣な眼差しの領主を見てそれを受け入れ妻となった。
この家はとある武士の分家で領主の名は清景といい、若くして父親を亡くしたために苦労したことを聞かされた。
潮埜が母親の事を聞けば清景が生まれた時に亡くなったそうで潮埜は聞いた事を少し後悔する。
それから数年、山間の屋敷には穏やかな日々が流れていた。
潮埜は山伏だった頃、人を警戒して1人夜を明かす事が多かったが妻となってからは炉端で夫と並んで過ごす夜がほとんどで、人といてこれほどまでに安心できる日が来るとは思ってもいなかった。
だがその静けさは長くは続かない。
村が落ち着いてきた頃に祝言が行われる事になったのだが、当日になり仲が悪く連絡を取っていなかった本家から惣領自ら分家の屋敷に訪れたのだ。
惣領は清景の父の兄であり、伯父にあたる人物だったが清景とは違い性格は横暴で自身の目的のためなら犠牲はいとわない残忍な面もあった。
口からは婚姻を祝うためだとは言っているがその目は祝いの席に似つかわしくないほど鋭く、潮埜を値踏みするように見つめている。
息苦しい祝言は何とか終わったが惣領は一晩泊まる事になった。
惣領は夕食時、潮埜の手にお茶を掛けて火傷させ次の日にそれが治っている事を確認すると不敵な笑みを浮かべて帰って行った。
不吉な予感はしたが夫はここらを収める領主、迷惑は掛けられないと潮埜は自身の出生や山伏になるまでの事を明して別れを告げようとしたが清景はそれを許さなかった。
清景の父親は本家に呼び出され、その帰り道に野盗に殺されたのだ。
惣領は事故だと主張するが不自然な点も多く、清景は納得していなかった。
そんな事もあり清景は本家とは仲が悪く、度々対立していて今回の事で父親だけではなく妻である潮埜までが奪われないように準備を始める。
だがあくまでも清景は分家、本家に逆らえば何もかも失うのは目に見えていた。
清景は惣領に気づかれないように従順なふりをして本家の呼び出しに応じていたが妻を守る為に1人で向かっていた。
だがそれは悪手だった。
本家は清景を呼び出す回数が日に日に増えていき、潮埜を1人で屋敷に残す事が多くなっていったのだ。
そして清景の留守中に本家の使用人が裏口から潮埜の元へ訪れる。
それは本家へ来るようにとの事だったので潮埜は断るが清景と領地を出されて脅され、従うしかなかった。
本家へ連れてこられた潮埜は熱した鉄を触らされ、刀で傷をつけられるがそれらの傷のほとんどは一晩経てば全て治っており、それを見た惣領は潮埜に不老不死の可能性を見出したが潮埜の血肉には人魚のような効果はなく、潮埜の血を口にして変化が無い事に気づいた惣領は諦めきれずに自身の屋敷の奥に部屋を作ってそこで度々潮埜を呼び出しては実験を続けた。
大体の傷は一晩で治ったが深い傷や大きな傷は数日掛かる時もあって清景に実験の事を隠すのに苦労した事もあったがある日潮埜の体調が優れず床に伏す事が増えた。
清景は心配していたが潮埜はその症状に心当たりがあった。
妊娠の初期症状だ。
このままではお腹の子にまで惣領の手が伸びてしまう。
お腹の子を守るためにも潮埜は懐妊の事と同時に惣領の実験の事を清景に話した。
最初その話を聞いた時清景は驚いていたが次第にそれは自分の不甲斐なさや惣領への怒りへと変わっていった。
今度こそ自分の妻と子を守る事を心に決めて本家からの呼び出しには適当な理由で断り、家を空けないように気を付けたがある日また惣領が分家に現れた。
惣領「お前の妻が床に伏したと噂に聞いてな。」
清景「妻は人前に出られる状態ではございません。どうかお引き取りを。」
惣領「可愛い甥の妻が病に掛かり心配なんだ。一目会わせてくれてもいいんじゃないか?」
清景「お引き取り下さい。」
清景の断固として変わらない態度を見て惣領は周りに聞こえないように清景に耳打ちをする。
惣領「実験の事を知って匿っているのだろう?だがなこれは家のために必要な事なんだ。」
清景「妻は道具ではない。」
惣領「本家に逆らえばどうなるかお前はよく知っていると思っていると思っていたのだがな。」
清景「それは、父上の事でしょうか?」
惣領「あれは悲しい事故だった。また同じ様な事故が起きるとは思わないのか?」
清景「そんな事はさせません。お引き取り下さい。」
惣領「今度は土産を持って見舞いに来よう。」
清景「そんな事しても妻には会わせません。」
惣領はまだ潮埜の妊娠に気づいてはいないが実験が滞っている事で潮埜を連れて行こうとするだろう。
だが今の潮埜は動ける状態ではない。
どうにか時間を稼いでいたがいつの間にか使用人に本家の者が入り込んでいたらしく潮埜の妊娠が惣領の知るところになる。
惣領が来ると知らせを聞いた夜に清景は潮埜の手を取った。
清景「行こう。子を守るためにも。」
潮埜「、、はい。」
潮埜の心は夫に全てを捨てさせてしまう罪悪感と子供を守りたい親心の間で揺れていたが清景が率先して逃げる事を提案してくれたおかげで潮埜の心は1つになった。
月明りの下、2人は屋敷を抜け出し山の中へ逃げ出した。
清景は山の中にいくつもの小屋を用意していたが、分家の中にスパイが潜んでいたのかそのほとんどが本家の者にバレていた。
潮埜のお腹は大きくそれを庇いながら歩くが元山伏だった事もあり、山を歩くことには慣れていたので追手に追いつかれる事はなく順調に進んでいると思われていたが山中で潮埜は産気づいてしまう。
幸いにも今は使われていない山小屋を見つけそこで一晩明かすと夜明けには産声が上がった。
安心したのも束の間、外からは犬の遠吠えが聞こえてくる。
血の匂いを嗅ぎつけられればこの場所もバレてしまうので潮埜の体力が無い事は分かっていながらも清景は潮埜と赤ん坊を連れて移動する。
でもこの状態ではすぐに追いつかれてしまう。
赤ん坊だけでも安全な場所にと考えていると清景が子供の頃に度々遊びに行った海辺の漁師の家を思い出す。
そこには同年代の男の子がおり、海で泳いだり、海の事を教えてもらったりと仲良くしてもらったのだ。
ここからも近く、漁師は人情に篤いので赤ん坊を預ける事を決めた。
最初は心配していたが昔遊んでいた友は清景の事を覚えており事情を察して赤ん坊を受け取った。
潮埜はもう動ける状態ではなかったがこのまま留まれば迷惑も掛かるし何より子供に危険が及ぶ。
2人は出来るだけこの海辺から離れた山の中へと消えていった。
時間が無く、子供の名も考えられなかったが2人の名前から一文字づつ取って清埜と書いた木の板を赤ん坊と一緒に漁師に渡した。
それが2人の最初で最後の子供への贈り物だった。
だが漁師には教養が無く、漢字が読めずに赤ん坊をしのと呼んで育てる事となった。
一方で潮埜と清景は山の中で動けなくなっていた。
潮埜の体力が尽きたのだ。
その為に追手に追いつかれ清景は刀で応戦しようと柄に手を置くが潮埜は清景の袖を掴み首を横に振る。
相手の数が多く、抵抗すれば怪我をするかもしれないからだ。
その間に追手の兵は清景を後ろから押さえ、潮埜を縄で縛った。
2人は馬に乗せられて本家の屋敷へ連行される。本家に着くと2人は屋敷の奥へと連れて行かれた。
潮埜はもう立つ事もできない状態だったので兵に担がれる。
清景「乱暴に扱うな!」
兵士「うるさい。さっさと歩け!」
清景の訴えは虚しく、潮埜は鎧を着た兵士に乱暴に担がれ運ばれた。
屋敷の廊下を進むごとに空気は重く、湿り気を帯びていく。
壁には墨で書かれた呪符が幾重にも貼られ、ところどころに血で描かれたような印が混じっているのが見え、香炉からは甘くも焦げ臭いお香が立ちのぼり気分が悪くなる。
奥の間の襖が開かれると、そこはもはや人が住んでいる空間ではなかった。
兵士は潮埜を畳の上へ置くと2人を残して部屋を出て行く。
畳は所々黒く染まり、乾ききっていない血の跡がまだ光を反射している。
部屋の中央には、獣の骨や人の頭蓋が吊るされた縄が垂れ下がり、風もないのに微かに揺れ、その奥には1人の人と呼べるか怪しい人間が座っていた。
その人は立ち上がり2人に顔を向けるがその人は肩や腕の肉は不自然に膨れ、皮膚は赤黒くただれ、膿が滲んでいる。
皮膚の裂け目からは、黒い筋のようなものが脈打ち、まるで別の生き物が内側で蠢いているかのようだった。
惣領「、、見苦しい姿よな。」
かすれてはいたがその声は確かに惣領の物だ。
見る影もないその人物は微笑み、唇の端から黒い液を垂らした。
清景「何が、あった。」
惣領「お前らが逃げている間、我は永遠を手に入れた。ただし不完全な形でな。」
惣領は袖をまくり彼は袖をまくり爪で自らの腕を裂くが血は流れず、肉はじくじくと蠢くだけで傷は塞がらない。
惣領「我は潮埜、お前の血で儀式を行った。だが結果はこの通りだ。我の体は不完全な呪いに蝕まれ治らなくなった。だが老いも無く死なぬ体にもなった。」
清景「は、お前の望みどおりになったわけだ。」
嫌味を言う清景に目線を向けるとその後ろの潮埜も目に入り、惣領は何かに気が付く。
惣領「お前ら子はどうした?」
清景「、、あの子はもうお前の手には渡らぬ。」
惣領「この呪いを完全なものにするには血の近い者がいる。人魚の血も引いたお前らの子ならと思うたが、そうか、隠したか。」
清景「お前なんぞに教えることはない。」
惣領「名は?何と名付けたんだ?」
清景「言うと思っているのか?」
惣領「我にとってその子は又姪だ。名前くらい聞いても良かろう。」
清景「あの子の手掛かりは何も教えない。」
惣領「まあいい。こちらには潮埜がいる。無ければ作ればよい。」
清景「不幸な子を作る事はしない。」
惣領「我と血が近ければよいんだ、お前には用が無い。」
その時清景は焚かれている甘ったるい香の匂いの意味に気がつく。
清景「初めからそのつもりだったのか。」
惣領「実験体は多いに越したことはない。今は動く体力も無いように見えるが別に問題ないだろう。」
惣領は動かない潮埜に目を向け笑みをうかべ、清景は自分の体で潮埜を隠すが惣領はそれを押しのけ動けない潮埜を抱え上げる。
清景「止めろ!」
惣領「なら名を教えろ。そうすれば猶予をやろう。」
清景「...。」
俯き何も言えない清景に潮埜は弱々しく首を振る。
清景「、、清埜。」
惣領「ほう。お前ら2人から一文字ずつ取ったか中々良い名前ではないか。」
笑う惣領に見下ろされ、妻のためとはいえ子を売った清景は潮埜の方を見る事ができず項垂れる。
惣領「約束通り2日間だけ時間をやろう。その間に体力を回復しておけ。」
惣領が手を叩くと兵士が部屋に入り2人を座敷牢へと連れて行く。
そこは屋敷の奥にあり昼でも光は届かず、灯台の火だけがゆらゆらと揺れている。
ここにもあのお香の匂いが充満していて休む事などできなかった。
清景は動かない潮埜を心配し後ろ手で縛られてはいたが近付いて体を揺らしてみると潮埜は目を開ける。
清景「私が不甲斐ないばかりにこんな事になってしまってすまない。」
潮埜「あなたが悪いわけではありません。私はあなたと出会って幸せでした。ですが、あの子だけは売ってほしくなかった。」
清景「、、すまない。」
弱々しい声で話す潮埜に清景は涙をこらえてこれからの事を話す。
清景「ここを、出よう。」
潮埜「そんな事をすればあの子が危険に晒されます。」
清景「あの子の居場所を知っているのは私達だけだ。私達がいなくなればあいつはあの子を探す事は困難になる。」
潮埜「でもあの人はあの子の名前を知ってしまいました。」
清景「あいつは字を読めない。適当な名前で育ててくれているはずだ。」
潮埜「それでも、、」
清景「私は、あの子も大事だがお前も大事なんだ。それにこのままではこれから生まれてくる子は確実にあいつの道具になる。」
潮埜「ですがどこに行っても追手は来ます。」
清景「1つだけ、来れない場所がある。」
清景はそう言って天井を見上げる。
潮埜「、、私はこの生涯をあなたに捧げた身です。どこまでも、付いて行きます。」
清景「すまない。」
潮埜「あなたは私に親以外の人の温かさを教えてくれました。」
清景「それでも短い間だった。」
潮埜「私に家族を作ってくれました。」
清景「最後までこの手で守り切りたかった。」
潮埜「あなたはいつも後悔ばかりですね。」
清景「仕方ないだろ。領主ってのは起こりうる物事に対処しなくてはいけない、だから最悪の事態を回避するために常にそういう考えがあるんだ。」
潮埜「あの子にあなたの後ろ向きな性格が受け継がれていなければいいですね。」
清景「お前の自己犠牲精神もな。」
潮埜「それはあなたもでしょ。」
潮埜の体力が回復してから逃げ出そうと思っていたが無理をした分回復は遅く、とうとう2日目を迎えてしまった。
時間は分からないが多分夕方だろう、惣領が牢にやって来た。
清景「妻はまだ体力が回復しきっていない。」
惣領「我は2日の内に体力を回復するように言ったはずだ。」
清景「こんな劣悪な環境で両手を縛られた状態だ。無理に決まっている。」
惣領「関係ないと言いたいところだが我も鬼ではない。清埜の居場所を言うのであれば猶予を伸ばしてやろう。」
清景「もう二度とお前の言う通りにはならない。」
惣領「ならそいつを渡せ。」
それを聞いていた潮埜は静かに前に出る。
惣領「賢明な判断だ。」
清景「駄目だ!」
潮埜は止めようとする清景の方を向いて首を横に振る。
惣領は鍵を開けると清景を押しのけて潮埜の腕を掴んで牢から引き出す。
牢の鍵を再度掛けると起き上がった清景が牢に体当たりする。
清景「止めろ!」
惣領「これも家のためだ。」
清景「外道が。」
清景に睨まれながら惣領は潮埜と共に出て行った。
清景「潮埜、、」
何時間経ったのだろう。
清景は自身の無力さに項垂れていると潮埜が兵士に連れられて戻って来た。
清景「潮埜!」
兵士は牢の戸を開けると潮埜を乱暴に牢に放り込む。
兵士「もうこんな事はするんじゃないぞ。」
清景は倒れている潮埜を庇うように兵士との間に入る。
兵士はそれらを無視して牢の鍵を閉めて出て行った。
清景「おい。大丈夫か?」
清景が潮埜の顔を覗き込むと潮埜は少し笑っている。
清景「あいつに何かされておかしくなったのか?」
潮埜が口に含んだ物を吐き出すとそれは牢の鍵だった。
清景「お前、、」
潮埜「心配かけてごめんなさい。だけどあなたが思っている様な事は避けましたよ。」
清景「どうやって、、だが時間が掛かって、、」
潮埜「最初は布団に寝かされましたが縄は解かれたので加持祈祷の応用で動けなくしたんです。」
清景「そんな事できたのか。」
潮埜「はい。本来は安全などを祈祷するものですが使い方を変えれば人を動けなくする事もできます。私、結構優秀な山伏だったんですよ。」
誇らしげにしている潮埜だが、その服の隙間からは痛々しい傷跡が見える。
清景「それでも、何かはされたんだな。」
潮埜「ええ。代わりに昔と同じような実験を、ですが良い話も聞きました。」
清景「、、もう、こんな無茶はしないでくれ。」
潮埜「これから私達が向かう場所はどこですか?」
清景「だが、お前が傷つくのは見ていられない。」
潮埜「明日の晩に祭礼があるそうです。その音に紛れられれば逃げれるかも知れません。」
清景「妻が体を張って準備をしているのに私ときたら、、」
潮埜「私は嬉しかったんです。あなたが全てを捨ててでも私と私達の子を選んでくれたのが。」
清景「私はお前がいれば他は何もいらない。迷う事なんて1つも無かった。」
潮埜「はい。それが嬉しいんです。そんなあなたといれるから私は頑張れるんです。」
清景はその言葉を聞いて泣いていた。
潮埜「泣き虫ですね。」
清景「これはうれし涙だ。」
次の日、時間は分からないが祭りの音が聞こえてきた。
この祭礼の陰に隠れれば抜け出せるだろう。
最新式の鍵に信頼をおいているのか、人道に反した実験を隠したいのか見張りが来る事は殆どない。
清景は音に気を付けながら縄を擦って少しずつ結び目を緩めていった。
さきに清景が縄を解いて潮埜の縄も解くと見張りがいない事を確認して隠していた鍵を使って牢を抜け出し、廊下を駆け抜けて裏門から出ると無事に山へと入る事ができた。
朝になり、2人がいない事に気づいた惣領が追手を向かわせる。
目的地は少し遠い場所にあったが体力が回復した潮埜は山をすいすいと登って行く。
清景も武士の家系で体力はあるのでそれに続くが長い事走り続けていれば体力は無くなる。
数日後、休むことなく歩き続けた2人はヘトヘトになっていた。
だが目的地はもう少しだ。
そう思った矢先、待ち伏せしていた兵士が道を塞いでその内の1人が潮埜の腕を掴んだその時、その兵士は頭をこん棒のようなもので叩かれ昏倒する。
それをしたのはボロを着た老婆だった。
老婆「早く。こっち。」
潮埜「霧依?」
その老婆に促され潮埜と清景は高い草に隠された洞穴へと避難する。
清景「助けてくれた事は感謝するが、お前は誰だ?」
清景は知らない老婆に警戒をしている。
潮埜「落ち着いてください。この方は昔私が訪れた村で一緒に仕事をした巫女です。」
清景「巫女?こいつは山姥だろ。」
潮埜「女性に失礼ですよ。この方は山の神を無理に鎮めたために代償としてこのような姿に変えられてしまったんです。」
霧依「その後、守った村から追い出された恨みでこの身は妖怪へと変化したが潮埜だけは変わらずに接して家まで探してくれた。お前達の事情は知らないがその恩を今返させてくれないか?」
潮埜「いいえ。あなたはまだ惣領様に知られていません。知られればあなたの命まで狙われるでしょう。」
霧依「それで恩が返せるなら構わない。どこへ向かおうとしているんだ?」
清景「白霧ヶ淵だ。」
その名を聞いて霧依は言葉を失った。
それもそのはずで白霧ヶ淵という谷は霧が一年中絶えず、飛び込んだ者は二度と戻らぬと恐れられている場所だった。
霧依「まさか恩人がそこまで追い詰められていたなんて。」
潮埜「あなたを巻き込むことはできません。あの兵士達から逃がしてくれてありがとうございました。」
霧依「いや、私は送る。見送らせてくれないか?」
霧依は出て行こうとした潮埜の服を掴んで必死に止める。
潮埜「ですが。」
霧依「ここは私の術でしばらくは見つからない。お前をここで終わらせたくない。何があったか話してくれ。」
潮埜と清景の2人は顔を見合わせて座り直し、これまでの事を霧依に話して聞かせた。
話しが終わる頃には日が暮れてきていたが、霧依が見張りを買って出てくれたので潮埜と清景は久しぶりにゆっくりと眠る事ができた。
朝になり2人が起きて周りに追手がいない事を確かめると3人は洞窟から這い出て目的地へと向かうが昨日見つかった事により目的地がバレたのか待ち伏せをしていた兵士に見つかってしまう。
だがここは霧依が巫女だった頃に修行した地でもあったので土地勘があり、安全な道を選んで2人を逃がす事ができた。
白霧ヶ淵が見える前に潮埜は追手がいない事を確認して石を積み上げ始める。
清景「何をしているんだ?」
潮埜「霧依、あなたは私達と一緒に来ようとしているでしょ。」
霧依「そんな事は無い。本当に見送りたいだけだ。」
潮埜「だけど今回の事であなたの容姿を見られています。そのせいで狙われるのは変わりません。」
霧依「そんなの平気さ。」
潮埜「あなたはあいつの執念深さを知らないんです。だから、ごめんなさい。」
霧依「、、あんたがそれを望むのなら。」
潮埜が最後の石を積み上げると霧依は石塚に吸い込まれて消えた。
潮埜「ありがとう。」
潮埜は最後に気配を消す結界を張って草を被せてそれを隠した。
そして清景と手を繋いで白霧ヶ淵へ向かう。
2人が白霧ヶ淵に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
白霧ヶ淵周辺は草木が少なく見晴らしが良いので暗くなるように時間を調整していたのだ。
潮埜が一歩踏み出すとそこには月明かりに照らされた断崖が口を開けていた。
下は深い霧に覆われ、底は見えない。
清景「怖いか?」
清景と繋いだ潮埜の手は少し震えている。
潮埜「あなたと一緒なら平気です。」
清景「捕まればあの子の居場所を吐かされるかもしれないし。お前の身も危ない。」
潮埜「それにここなら私達の亡骸も見つかりません。」
惣領は遺体でも実験の材料にしてしまうだろう。
清景は潮埜の横顔を見つめてそっと手を握り直す。
清景「あいつの悔しそうな姿が目に浮かぶよ。」
潮埜は微笑みわずかに頷いた。
2人は崖の縁に立ち、夜風を受けると山の匂いと遠く海から届く潮の香りが混じり合う。
潮埜は一瞬だけ目を閉じて漁師の腕に抱かれた小さな命を思い浮かべた。
潮埜「叶うのであればあの子が大きくなった姿を一目見たかった。」
清景はその姿を胸に刻み息を吸い込む。
清景「逝こう。」
背後からは犬と追手の声が近付いて来る。
2人は同時に足を踏み出し白霧ヶ淵の底へと消えていった。
追手はそれを見て崖下を覗き込むが既にそこに2人の姿はなく、ただ冷たい山風だけが静かに吹いている。
翌朝、明るくなってから再度捜索が開始されたが谷の下に降りることは叶わず打ち切られる事となった。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。




