45話
この物語には自己解釈やオリジナル設定が含まれています。
オリジナルの妖怪が登場することもあります。
素人がただ思い付きで書いている物語なので最後まで温かい目で読んでいただければと思います。
志乃と樹霧之介が妖ノ郷に着くと真琴達が樹霧之介の家の後ろに集まっていた。
樹霧之介「どうかしたんですか?」
真琴「あ、樹霧之介、お父さんの様子が変なのよ。」
真琴達がいるのは黒根の本体である切り株の周りでその切り株から生えている枝から出ていた葉っぱは枯れていて2枚あった葉っぱの1枚は既に落ちている。
真琴達が声を掛けても喋る事なくただの切り株に見えるそんな黒根の姿を見て志乃は動けなくなってしまった。
樹霧之介「、、さん。し、、さん。志乃さん!」
志乃は樹霧之介に呼ばれて我に返る。
樹霧之介「志乃さん。父さんはまだ生きています。一緒に原因を考えてください。」
志乃「ごめん。考え事してた。」
樹霧之介「しっかりしてください。」
志乃「すまない。真琴、黒丸がこうなったのはいつからだ?」
真琴「昨日は普通だったわ。今日お昼に来たらこうなってたの。」
志乃「時間は経ってないんだな。」
真琴「多分。」
志乃は精気を送りながら5号を出して原因を探ると噛み痕を見つけ、そこには少しだが妖気が残っていて原因の妖怪が分かる。
志乃「恙虫か。」
樹霧之介「それは何ですか?」
志乃「人や妖怪を刺して病気にする奴だ。」
樹霧之介「なんでそんなものが妖ノ郷に入って来たんでしょう。」
志乃「ここには悪意の無い妖怪は入れるんだ。恙虫は虫だからな悪意も何もない。そこそこ妖力の強くなった恙虫がどこからか入って来たんだろう。」
樹霧之介「だけど何でわざわざ父さんを刺すんですか?」
志乃「あいつは血や樹液を飲むんだ。黒丸は樹液を飲まれて病気をもらったんだろう。」
真琴「治るの?」
志乃「時間が経っていないのが幸いだな。解毒すれば大丈夫だ。それで風見。」
風見「なんや。」
志乃「黒丸のここに噛み痕がある。ここの妖気を覚えて恙虫を見つけてほしい。」
風見「見つけたらどうしたらいい?」
志乃「生きるためとはいえ病気をばら撒く奴だ、退治してくれ。」
風見「分かった。」
志乃「私と樹霧之介で解毒するから他は恙虫を探しに行ってくれないか?」
樹霧之介「僕も残るんですか?」
志乃「植物系の治療のほとんどは柚子に任せていたんだ。治療法は分かるが樹霧之介の手も借りたい。」
樹霧之介「分かりました。」
志乃「そうだ。探索に行く前に、、」
志乃は4号が持って来たプッシュ式の霧吹きを真琴達に吹きかける。
真琴「これは?」
志乃「虫よけだ。恙虫に噛まれる確率が減るだろう。」
雫「噛まれる時は噛まれるのね。」
志乃「ああ。だから気を付けてくれ。」
捜索班は風見、真琴、茂蔵のチームと5号、焔、雫の2チームに分かれて探すことになり、志乃と樹霧之介は黒根の治療に当たる。
志乃は黒根の周りの地面に虫よけを撒くと治療に取り掛かる。
志乃「まずは病原となっている毒を抜けるだけ抜きたいが私は霊力しか使えない。だから樹霧之介の妖力を借りたい。」
樹霧之介「どうすればいいですか?」
志乃「操作は私がするからこの噛み痕から妖力を流してくれ。」
樹霧之介「はい。」
樹霧之介が噛み痕に手を当てて妖力を流し込み、志乃はその上から手を当てて樹霧之介の妖力を操作する。
同じ妖力でも違う妖怪だと拒否反応を示すことがあるが黒根は樹霧之介の妖力を拒否することなく奥の方まで浸透させることができる。
そのおかげでほとんどの毒を吸い出すことができたので、毒を吸った樹霧之介の妖力ごと壺に入れて封印し、そのまま浄化すると無くなった。
志乃「次は傷の治療だな。」
志乃は4号から軟膏を受け取るとそれを黒根に付いている噛み痕に塗っていく。
樹霧之介「他にすることはありますか?」
志乃「後は黒丸の回復力に頼るしかない。」
樹霧之介「大丈夫でしょうか?」
志乃「樹霧之介のおかげで毒はほとんど抜けた。もうしばらく精力を注げば回復できるだろう。」
樹霧之介「なら僕、妖力注いだ方が良いですか?」
志乃「余裕があるなら。」
樹霧之介「はい。僕最近妖力も増えてきたんです。」
志乃「そうか。頼もしいな。」
そんな時志乃は妖気を感じて結界を張るとそこに両手を合わせたくらいの大きさの黒褐色で全身毛で覆われ、複数の足と大きな牙を持つ人の顔をした虫の妖怪が飛びついてきた。
樹霧之介「志乃さん、これって。」
志乃「恙虫だ。ここまででかくなったのは久しぶりに見るな。」
恙虫が飛びついてきてからすぐ風見、茂蔵、真琴が恙虫を追って来た。
真琴「ごめん。そいつ早いうえに硬くて仕留めれなかった。」
志乃「硬い?」
恙虫には外骨格のような硬い部分は無いので攻撃は通るはずだ。
志乃は9号が持って来た短刀を受け取り、結界を解くと恙虫のお腹めがけて突き刺そうとするがガキンという音がして短刀は刺さらずに恙虫を弾き飛ばす。
その時の恙虫の色は真っ黒に変わって少しテカっている。
志乃「黒丸の術か。」
樹霧之介「もしかして父さんの樹液吸ったからですか?」
志乃「たまにいるんだよ。妖怪の血を吸ってそいつの術を使う奴が。」
樹霧之介「どうするんですか?」
志乃「吸ってから時間が経てば効果が無くなるはずだ。それまで結界に閉じ込める。」
真琴「浜名瀬さんでも斬れないの?」
志乃「黒丸が強化した黒い根は全力出しても斬れなかったんだ。火とかにも強いから同じ術なら今の私に攻撃を通す術は無い。」
真琴「全盛期の浜名瀬さんにも無理ならここにいる全員が無理よね。」
志乃「追い詰められたら地面に潜ってしまう。六面を囲む結界が必要だから準備したい。逃げないように時間稼ぎと準備ができたら誘導を頼んでいいか?」
真琴「任せて。」
樹霧之介「分かりました。」
志乃「茂蔵と風見は黒丸の近くにいてくれ。こっちに来たって事はまた黒丸の樹液を狙っている可能性がある。」
風見「分かった。」
茂蔵「任せろ。」
志乃「ただし噛まれるなよ。」
風見「大丈夫だ。」
茂蔵「おいらを噛めると思うなよ。」
志乃は黒根から離れて結界の準備をする。
樹霧之介と真琴は恙虫が逃げないように拘束を試みるが木も紙も牙で破られる。
攻撃も黒くなると通らず、弾かれてしまうがそれでも黒根の近くと遠くに行かないように時間を稼ぐ。
真琴「黒くなって動かれると余計に気持ち悪いわね。」
樹霧之介「それも志乃さんの準備ができるまでです。」
真琴「分かってるけどたまに飛んで来るの本当に嫌。」
樹霧之介「吸われたら病気になりますもんね。気が抜けません。」
真琴「いや、その前に生理的に無理。」
樹霧之介「あ。そっちですか。」
志乃「待たせたな。こっちに追い込んでくれ。」
樹霧之介「はい。」
真琴「待ってたわ。」
3人で途中まで順調に追い込むが、もう少しというところで急に進路を変えて黒根の方に走り出してしまう。
もう少だと気を抜いてしまい止められず、恙虫は黒根に噛み付こうとするがその前に茂蔵が飛び出して茶釜に変化すると恙虫は勢いを止められずに茂蔵が化けた茶釜に噛み付き、牙がはまって抜けなくなった。
動けなくなった恙虫に志乃は霊縛符を貼り付け動きを封じると茂蔵は変化を解いて恙虫の牙から抜けて志乃は霊縛符の効果が切れる前に恙虫を用意した結界の中に投げ入れ、結界を閉じる。
真琴「よく触れるわね。」
志乃「茂蔵、大丈夫か?」
茂蔵「おいらの化ける茶釜は硬いんだぜ。」
志乃は茂蔵を持って体中を調べるが傷はなさそうだった。
茂蔵「くすぐったい。」
志乃は一通り調べると茂蔵を降ろして4号に丸薬を持って来てもらう。
志乃「念のためこれ呑んでおけ。」
志乃は丸薬を茂蔵に渡すと茂蔵はそれを呑む。
茂蔵「苦っ!」
志乃「口のある奴ならそれで済む。」
風見「おやっさん。薬飲めないもんな。」
志乃「治療ができなければ死ぬこともあるんだ。間に合ってよかったよ。」
樹霧之介「志乃さん。恙虫もう黒くなりませんよ。」
志乃「そうか、今行く。」
志乃が3号を出して結界の中を炎で焼くと恙虫は煙となって消えた。
樹霧之介「恙虫はいなくなりましたが焔達はどこまで行ったんでしょう?」
真琴「そう言えばまだ帰ってないわね。」
志乃「、、今5号が近づいて来ているからもうすぐ来ると思う。」
その言葉通りしばらくしたら5号と共に焔と雫が帰って来た。
真琴「恙虫は退治したわ。どこ行ってたの?」
焔「聞いてくれよ。こっちも大変だったんだぜ。」
雫「そうよ、管狐に案内された枯れ木を除けたら卵がびっしり付いていたの。」
焔「数匹卵から出てきてたから周りに引火しないように枯れ木ごと燃やしたんだぜ。」
雫「それからもまだ管狐に案内されるからその場所に行っては燃やして来たの。虫よけのおかげかこっちには来なかったけど本当に気持ち悪かったわ。」
焔「燃やしたのは俺だ。雫は俺の後ろで目瞑っていただけじゃないか。」
雫「あんな気持ち悪いの直視できるわけないじゃない。」
真琴「大変だったのね。」
志乃は戻って来た5号に質問をする。
志乃「もう他には無いらしい。ありがとうな。」
雫「妖ノ郷を守るためだもの当たり前よ。」
焔「だけど久しぶりに思いっきり燃やせて俺は楽しかったぜ。」
雫「今回だけはあんたがいてくれて良かったわ。」
焔「それでそっちはどうだったんだ?親玉倒せたんだろ?」
真琴「ええ。浜名瀬さんが結界に閉じ込めて焼いてくれたわ。」
志乃「茂蔵がいなければ捕まえられなかったし、真琴と樹霧之介が時間稼いでくれたからな。」
風見「...。」
樹霧之介「風見がいなければ恙虫は見つからなかったですよね。」
真琴「そうね。風見が見つけてくれなかったら追い詰める事も出来なかったわ。」
風見「ありがとうな。ワイも風の盾とか使えればよかったんだけど。」
志乃「実戦経験が少ないと咄嗟に動くって難しいよな。」
風見「反応速度ってどうやって上げれば良いんだ?」
志乃「お前は妖気を感知できるんだ。それで敵が次どう動くか予想できれば反応は早くなると思うぞ。」
風見「簡単に言うが難しいぞ、それ。」
志乃「なら敵を観察して次の動きを予想することを癖にしろ。」
風見「ワイにできるかな。」
志乃「まあ、いきなりは無理だろうが意識するところから始めればいい。見つけてからも妖気を意識し続けろよ。」
風見「分かった。やってみる。」
志乃「それで今日は修学旅行のお土産を渡す為に来たんだ。せっかく集まっているから今渡しても良いか?」
真琴「沖縄に行って来たんだっけ?」
志乃「ああ。」
樹霧之介「それなら家に入りましょう。」
志乃「その前に黒丸に精気渡してくる。」
樹霧之介「僕も妖力渡します。皆さんは先に入っていてください。」
それから志乃と樹霧之介は精気と妖力を黒根に渡すと家に入ってお土産を渡す。
雫にはぬいぐるみ、真琴には便箋のセット、焔と茂蔵にはお菓子、風見には琉球炭をそれぞれ順番に渡していく。
雫「このぬいぐるみ可愛いわね。ありがとう。」
真琴「海の便せんとか遠くに届きそうでいいわね。」
焔「焼き菓子か?見た事ない形だな。」
茂蔵「これ芋か?おいら好きなんだ。ありがとうな。」
風見「炭、寝る時近くに置いておくと良く寝れるんだ。ありがとうな。」
志乃「選んだのは樹霧之介だけどな。」
樹霧之介「僕が少し口を滑らせたらいつの間にか買っていたのは志乃さんでしょ。」
志乃「だけど私にはお土産という考えが無かった。」
真琴「2人共ありがとう。嬉しいわ。」
雫「だけど浜名瀬さん、お金はどうしているの?」
志乃「昔、仕事の報酬で貰ったものがあるからそれを売っている。」
雫「報酬って誰が出したの?」
志乃「師匠が持って来た仕事は依頼人から報酬を貰っていたんだ。小判とか美術品とかだな。」
雫「へー。」
志乃「いくつかは歴史的価値があったみたいで高く買い取ってもらったからお金の心配はいらない。」
風見「ならもう少し良い所住めばいいんじゃないのか?」
志乃「あそこに決めたのはあまり周りに人がいない場所だったからだ。」
雫「まあ、あんなボロアパート誰も住みたいとは思わないわよね。」
志乃「こんな体だと周りと付き合いのある場所には住めないからな。」
焔「志乃は何でここに住まないんだ?」
志乃「入学の手続きで住所がいるって事と当時は入り口を見つけれなかったからな。」
真琴「浜名瀬さんなら探せば見つけれそうだけど。」
志乃「今は感覚を取り戻してきたが起きたばかりの時は隠された入り口が分からないくらいには感覚が鈍っていたからな。」
焔「それで卒業したらどこに住むんだ?」
志乃「卒業した後か?」
焔「だって学校無いなら住所無くても良いんだろ。」
雫「浜名瀬さんが行っているのは高校よ。大学とかもあるんだからまだ分からないわよ。」
志乃「そうだな。これから考える。」
焔「志乃は仲間なんだから人間でもここに住んでも良いだぞ。」
志乃「昔、柚子や名無しにも言われたな。」
雫「それでも住まなかったの?」
志乃「あの時は開発途中で不安定だった時期だからな。」
焔「なら今ならいいんだろ。」
志乃「、、考えてみる。」
雫「焔。浜名瀬さんを困らせないで。」
焔「そんなつもり無かった。」
志乃「大丈夫。私は黒丸の様子見て帰るよ。」
雫「変な空気にしてごめんなさい。これ大事にするわね。」
焔「初めて食べるお菓子だけどおいしいぜ。ありがとうな。」
雫「あなた、もう食べてるの?」
焔「雫だってさっきからずっとそれ抱えているじゃんか。」
雫「いいじゃない。」
志乃「あ、そうだ樹霧之介。」
樹霧之介「何ですか?」
志乃「これも買っていたんだ。」
樹霧之介「僕にも?」
志乃は樹霧之介に小さめのガラスの置物と泡盛を渡す。
樹霧之介「これはガラスの魚ですか?不細工な顔が可愛いですね。」
志乃「酒は黒丸に買ったが強い酒だから飲ませ過ぎには気を付けてくれ。何かあれば置物にすればいい。」
樹霧之介「はい、ありがとうございます。」
真琴「修学旅行中って高校生の姿よね。お酒なんていつ買ったの?」
志乃「飛行場で時間があったから少し。」
真琴「よくバレなかったわね。」
志乃「買った後は2号に見えないようにしてもらっていたからな。」
それから志乃は黒根の様子を見に行くと声はまだ聞こえないが枯れた葉っぱの代わりに新しい葉がまだ小さいが生え始めていた。
志乃はアパートへ戻ると押入れから隠里へ行って引き出しから散無華の種が入った瓶を取り出し、それを部屋で眺めてみる。
志乃「卒業、できるかな。」
志乃は瓶の蓋を取ると短刀を使い指先を切って少し血を垂らしてみると種はその血を吸うが色は変わらない。
志乃は短刀の刃を手の平に当てるが、切らずに短刀を鞘に納めていつもの場所に置く。
志乃「まだ早いよな。大丈夫、情報集めが先だ。」
志乃は自分自身を落ち着かせていると慣れない環境でしばらく寝泊まりしたからか、恙虫と戦った疲れからか眠気に襲われたのでアパートに戻り布団を敷いて寝ることにした。
朝起きて学校は休みなので支度をしてから最近あまりできていなかった解呪を進める。
前に失敗したので使える霊力を少し残して終えると志乃のスマホに真琴からメッセージが来ていた。
見てみると今日の夕方に妖ノ郷にある樹霧之介の家に来れないかという事だった。
行けると返して夕方まで在庫の減ったお札の補充をするためにお札の作成に取り掛かる。
時間になり志乃が妖ノ郷にある樹霧之介の家に行くと樹霧之介達全員が迎えてくれた。
志乃「黒丸、回復したんだな。」
黒根「おかげでな。それで志乃よ。今回の事でわしの気持ちが少し分かったんじゃないのか?」
志乃「悪かった。」
黒根「なら今度から無茶するんじゃないぞ。」
志乃「時と場合による。」
黒根「やめる気が無い事は分かった。」
志乃「私はすぐに治るから。」
樹霧之介「アカマタの時もそう言ってましたよね。」
黒根「何じゃ何かしたんか?」
真琴「そう言えば樹霧之介って何で修学旅行付いて行ったの?」
樹霧之介「志乃さんがまた無茶しそうな気がしたからです。」
志乃「しなかっただろ。」
樹霧之介「アカマタの薬わざと受けて何言っているんですか。」
志乃「すぐに治まっただろ。」
茂蔵「まあまあ、落ち着けって。本来の目的忘れてないか?」
志乃「そう言えば何で呼ばれたんだ?」
真琴「昨日のお礼しようと思って呼んだのよ。」
志乃「気にしなくてもよかったんだが。」
真琴「それで何がいいか樹霧之介のお父さんに聞いたら浜名瀬さんは甘党だって聞いたから全員でお菓子作ってみたの。」
志乃「ん?何で黒丸が知っているんだ?」
黒根「もしかしてお主、あれで隠していたつもりか?」
志乃「隠していたつもりは無かったが話したことなかっただろ。」
黒根「買った麦芽糖を棚に隠して大事に食べていたことくらい知っておる。」
志乃「棚に仕舞っていたのは出したままにして師匠に食べられたことがあったからだ。」
黒根「まあ、他人に食べられたくないくらいには甘い物が好きなんじゃろ。」
志乃「だけどいつ見てたんだ?食べる時はいつも1人の時、、柚子か。」
黒根「そうじゃ。柚子がお主の可愛い姿が見れたと喜んで報告してきたぞ。」
志乃「柚子のびわがより甘くなったのはそのためか。」
樹霧之介「まあ、志乃さんの甘い物好きが分かったところで食べてみてください。」
樹霧之介はバナナの乗ったカップケーキを持ってくる。
志乃「調理器具あったのか?」
真琴「最低限の器具は材料と一緒に買って、オーブンは石を積んで焔に焼いてもらったの。」
志乃「わざわざそんな事してくれてたのか。」
茂蔵「早く食べて感想聞かせてくれよ。」
志乃「そうだな。」
志乃はカップケーキを一口食べてみる。
志乃「美味いな。この果物も初めての食感で美味しい。」
真琴「浜名瀬さんってバナナ食べた事ないの?」
志乃「買い物する時に見た事はあったが食べたのは初めてだ。」
黒根「昔は無かったものな。」
志乃「皆は食べないのか?」
樹霧之介「志乃さんに食べてもらうために作ったんですよ。」
志乃「だが大勢で食べた方がいいだろう。」
黒根「麦芽糖を独り占めしていた奴の言葉とは思えんな。」
志乃「食べたかったのか?」
黒根「他人の楽しみを取るような事はせんよ。」
志乃「まあ、これは日持ちしないだろうし、沢山あるから皆で食べた方がいいだろ。」
樹霧之介「そうですね。皆で食べましょうか。僕お茶淹れてきます。」
皆でカップケーキを食べることになり、ちゃぶ台を囲んで賑やかな時間が始まる。
黒根「それで樹霧之介、わしはそのカップケーキとやらが食べれん。代わりに志乃が買って来たという酒をくれんか?」
樹霧之介「父さんは病み上がりなんです。しばらくは駄目ですよ。」
黒根「志乃の厚意を無下にするつもりか?」
志乃「私も今飲むのは反対だ。それに飲まなくても置物として置いておけばいい。」
黒根「飲ませる気が無いのなら最初から買ってこんでくれ。置いておくだけとか生殺しにもほどがあるぞ。」
志乃「そうだな。やっぱり持って帰るか。」
黒根「酒の味が分からない奴が持っていて何になる。」
志乃「どっちだよ。」
黒根「今回は我慢してやる。じゃが、もう少し療養したら少し飲ませてくれんか。」
志乃「樹霧之介どうする?」
樹霧之介「まあ、少しくらいなら。」
黒根「おお。約束じゃからな。」
雫「ねえ、浜名瀬さんはチョコ食べたことある?」
志乃「無いな。」
雫「ならこのチョコ入り食べてみて、バナナとの相性良いんだから。」
志乃は雫から手渡されたカップケーキを食べる。
志乃「うん、本当だ。美味しいな。」
茂蔵「なあ、ならこっちも食べてみてくれないか?」
志乃「サツマイモか、昔よく食べたな。」
そんな感じでわいわいとしていると夜になってお開きになった。
それぞれが帰路に着き志乃もアパートへ帰る途中、不審な男性を見付ける。
その不審な男性は大きめの荷物を持って薄暗い道できょろきょろと辺りを見回している。
志乃「こんな所で何をしている。」
晴臣「君は、浜名瀬さん。良かった~。」
不審な男性は陽葵の父親である晴臣で、志乃を見つけると嬉しそうに近寄って来るが志乃は一定の距離を保つために後ずさる。
晴臣「何で逃げるんだ。」
志乃「お前こそなんで近づいて来る。」
晴臣「聞いてくれよ。戸籍が復活したから美和と陽葵の元に行こうと思ったら迷ったんだよ。」
志乃「送ってもらわなかったのか?」
晴臣「お前は最近誰かに頼り過ぎだ、自分の力で行けと追い出されたんだ。」
志乃「ここまでこれたのならお金は持たせてもらえたんだろ。」
晴臣「まあ、そこまで鬼ではないから。」
志乃「それで何で迷っているんだ?連絡取ればいいだろ。」
晴臣「まだ携帯を契約していないんだ。公衆電話探してたらこんな所まで来てしまった。」
志乃「そうか、頑張れ。」
志乃はそれだけ聞くとアパートの方へ歩いて行こうとするので晴臣はその手を掴む。
晴臣「いやいや。陽葵の友達だよね。家知っているなら案内してよ。」
志乃「だが誰かに頼らずに行けと言われたんだよな。」
晴臣「迷子を助けるくらいいいじゃないか。」
その時後ろから志乃を呼ぶ声が聞こえる。
樹霧之介「志乃さん。まだここにいたんですね。」
志乃「樹霧之介、どうしたんだ?」
晴臣「何?そこに何かいるのか?」
志乃「もう見えていないんだな。」
樹霧之介「志乃さんこの人誰ですか?」
志乃「陽葵の父親だ。迷子らしい。」
樹霧之介「陽葵さんの?何で迷うんですか。」
志乃「そう言えば一軒家に住んでいるなら昔も住んでいたんじゃないのか?」
晴臣「その家は俺が消えてから兄さんが買った家なんだ。家賃とか少しでもお金の負担が無くなるようにって。」
志乃「陽葵の母親の方の家は何もしてないんだな。」
晴臣「美和の両親はもういないんだ。」
志乃「そうだったのか。」
晴臣「美和が小さい時に事故で亡くなって子供の頃は親戚を転々としたらしい。それもあって俺の親戚達は美和に甘いんだ。」
志乃「人格もあると思うぞ。」
晴臣「俺は性格が悪いと言いたいのか?」
志乃「良くはないだろう。」
樹霧之介「それで志乃さん。何でその人消えていたんですか?」
志乃「あ、そうか樹霧之介は知らなかったな。陽葵の父親は13年前に行方不明になっていたんだ。」
樹霧之介「知りませんでした。そう言えば陽葵さんの家族の話聞いたことないかもしれません。」
志乃「それでこの前私が見つけて連れ戻したんだ。」
樹霧之介「そうだったんですね。それで志乃さんはその人送って行くんですか?」
志乃「まあ、仕方ないだろう。」
樹霧之介「そうですか。」
志乃「そう言えば樹霧之介は私に何か用があったのか?」
樹霧之介「あ。作ったカップケーキまだ余っていたので志乃さんに届けようと思ってきたんでした。」
志乃「そうだったのか。ありがとう。」
樹霧之介「それじゃ、僕はこれでお暇します。」
志乃「ああ。わざわざありがとうな。」
樹霧之介「気にしないでください。」
晴臣「それって何だい?」
志乃「私の仲間が私の為に作ってくれたカップケーキだ。」
晴臣「もしかして妖怪が作った物かい?」
志乃「そうだがお前にはやらんぞ。」
晴臣「1個くらいいいじゃないか。」
志乃「駄目だ。そんな事言うなら案内しないぞ。」
晴臣「あ、嘘嘘。もう言わないから案内してくれないか?」
志乃「仕方ない。」
樹霧之介はそのまま妖ノ郷へ戻り、志乃は渋々晴臣を陽葵の家へ案内してアパートへ帰った。
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