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「では、お話しをしましょう。」
「ああ。」
「人の子よ。貴方は選ばれました。数多の人の中から選ばれたのです。選ばれし者として世界を越えて、生きていくのです。」
「……ん?いや、ちょっと待て。そんな馬鹿みたいな設定をお話しって言いたいのか。」
「はい。貴方は選ばれたのです。それは事実であり、これから起こる決定された運命です。 」
「何を訳分からねえことを。そんな話をする為に俺は聞いてた訳じゃない。」
漸く得られると思っていた情報は何一つ自身の求めていた答えとは異なり、言葉を返す度に淡々と返される言葉に男は少し苛立ったように眉をひそめた。
無意識に男の語尾が荒くなるが、女性は気にすることもなく淡々と言葉を続け、ゆっくりと黒のロングレースグローブから見える透明感のある白い指先を男に向けた。
「貴方が信じる信じないは問題ではありません。この言葉は真実。それに何一つの違いはないのです。貴方が拒んでも、信じずとも、その時はもう間もなく訪れます。」
「いい加減にしてくれ。単なる悪戯のつもりか?こっちは何がどうなってるかも分からない状況なんだ。その悪戯に乗ってやれるほど、楽観できる状況じゃない。」
「いずれ分かります。もう時間はありませんから。…細かい説明をして差し上げたかったのですが、もう時間のようです。」
「何言っ――っ!」
会話にならないやり取りに不快感を隠すことなく男は声に怒気を込めるも、女性は臆する様子は一切なく言葉を返しながら、人差し指が足元を指し示すように促してみせた。
男は苛立ちながらも視線を足元へ向けた瞬間、硬直する。
「な…っ…何だよこれ…!あんた、これどうにか出来んじゃないのか!」
視界の先には自分の足が映るも足で遮蔽されて見えない筈の床が透けて見えていた。
目の前で起こっている事象の把握が処理しきれないものの、男は女性の言葉が全て嘘ではないと悟る。ただ視界の先で徐々に実体を失っていく身体に男は女性に視線を向けて言葉を放った。
「止めることは運命に背くことと同義です。受け入れましょう。――そして、人の子よ。貴方自身の眼で見るのです。行く末を。その道程を。」
「待てって!俺は受け入れたくはない。良いから早く!」
「問題はありません。貴方は強者。加護は貴方に不要でしょう。――…またお会いし、お話をしましょう。人の子。」
「問題があるかどうかは俺が決める!お前が決めるものじゃないだろう!そん――――」
意識はそこで途絶えた。
残された女性は目の前で消え去った男がいた場所を暫く眺めていた後、その身を翻し、掌を胸の前で重ね合わせた。
「人の子よ。また逢いましょう。それまでは貴方の行く道が良いものになることを祈り、一つだけ加護を与えましょう。―――」
―――幸あらんことを。