第一話 旅立ち
──俺の名前は村上夢我、インフルエンサーだ。…いや、だった。というべきか。…何のだって?説明したいのはやまやまであるが、俺は今危機に瀕している。というのも、巨大な牙を持つ四足獣に襲われているのだ。
話が行ったりきたりと支離滅裂に聞こえるかもしれないが、あえていおう。それはこちらのセリフだ。今の今まで自分の部屋で創作活動に明け暮れていたのだ。なのになぜこんな目に合わなくてはならないのか。
◇
薄暗い部屋でモニターを眺め作業を進める。暗くする意味は特にはない。昔から、画面が照明の光に反射してみえづらくなるのが苦手なだけだ。その影響もあってか、今では近眼となって眼鏡をかけている。
「最終シークエンス終了。」
特に難しいことをしているわけではない。文字や貼り付けた絵に粗がないかの確認をしていただけだ。俺の『作品』は花火のような、一瞬を切り取った芸術。この『一瞬』に余計な思考が混ざると台無しになる。ある意味儚さ、わびさびなのだ。
「…よし、投稿、と。」
──大手投稿サイト『ユグドラシル』
累計登録者数は10億人以上。一般人はもちろんのこと、俳優、芸能人、メーカー、果ては政治家や犯罪者にまで利用されている。俺はこのサイトにとある投稿を行うことで、良葉という反応を貰っている。
「さーて、仕事は終わった。…寝るか。」
もうすぐ日付が変わる。明日に備えてねるとしよう。
「ん?タブが閉じれない。」
閉じるボタンを押すが反応がない。コメントや閲覧等の操作はいつも通り行えるのだが、ブラウザの移動や更新が行えない。
「フリーズではなさそうだし…というかなんだこの動画は」
適当に開いた動画に赤い大樹が映し出される。枯れ果てたその大樹をバックに人影が見える。羽の生えた妖精のようであるが、この禍々しい背景のせいでホラー映画のようにも見える。
「ドッキリ動画か?昔流行ったなそういうのは。」
ドッキリ系で閲覧数を稼ぐ系のやつか。不思議と続きが気になる。
『ようこそユグドラシルへ』
見つめていると、端的で短い挨拶文が現れる。
「…何かの広告か?」
急速に熱が冷め興味が失せた。この場面で視聴者を引き付けたいのであれば、もっとましな文言があるだろう。
「ん。急に眠気が。」
急速に眠気が襲いかかる。立っているだけでふらふらしてきた。
『旅立ちの時です。』
「何?」
何かがおかしい。身体が思うように動かない。
◇◇
────眩しい
「眩しい?」
そんなわけはない。この部屋は閉じ切った環境で、昼間であっても電気をつけなければ暗いはずだ。身体を起こすと目の前には眩いばかりの太陽、比較的乾燥した大地、草むら、土の匂い、草木の揺れる音、獣の遠吠え。まるでサバンナのようであった。
「なんだ。サバンナか。ってそんなわけあるか!!」
状況に納得し、二度寝に入ろうとしていた脳味噌がこのバグ的状況を前に急速に覚醒する。
「ここはどこなんだ。一体なにが…。」
『ウワァァァオォォォ!グルゥゥオォォォオォ!』
獣の遠吠えが聞こえる…さっきよりも近い。
「まさかな…い、いや、とにかく身を隠せる所に移動し…」
よろよろと立ち上がると、背後に気配を感じ、小さな唸り声が聞こえる。ゆっくりと振り向くと、巨体な四足獣がこちらを見つめながらじりじりと近づいている。その様相は動画でみたことのあるライオンやオオカミに近いようで似つかない。巨大な牙が上顎から禍々しく生えているからだ。
「サーベルタイガー?」
そこらの山どころか、国中探しても生息していなさそうな獣が目の前に…いや、そんなことはどうでもいい。重要なことは目の前に獰猛な肉食獣がいることだ。
「ドッキリ……冗談だよな…冗談だろ!!!おかしいだろこんなの!!!!!!!!」
誰に言うでもない全力の叫びが木霊する。その叫びが威嚇になったのかならなかったのか、その四足獣はこちらを見つめたまま動かない。
「よし…落ち着け。ゆっくり…ゆっくり…ゆ…」
じりじりと後退し、距離を開けようとする。と、あることを思い出したと同時に背後から気配を感じた。
「こっちのは遠吠えの主か。ふふ。」
絶望的状況に、思わず笑いがこみ上げる。そうしてる間に二匹の四足獣に囲まれ次の瞬間には命を刈り取られるところまで来ていた。
「なんだったんだ俺の人生。」
俺は目を閉じ、その命に幕を閉じた。
◇◇
────眩しい
「眩しい…」
身体を起こすと目の前には眩いばかりの太陽、比較的乾燥した大地、草むら、土の匂い、草木の揺れる音、獣の遠吠え。まるでサバンナのようであった。
「なんだこれ。夢?いや…。」
デジャヴ…にしては鮮明すぎるし、なによりついさっきの出来事だ。
『ウワァァァオォォォ!グルゥゥオォォォオォ!』
獣の遠吠え。音量や長さまで全く同じだ。
「と、いうことは。」
さっきと同じことが起こる。その直感は正しかったようで、『いるのでは?』と思い目を凝らし、耳を澄ませると、やや離れた場に大きな牙を持った四足獣が周囲を歩き回っている。鼻をクンクンとさせ、何かを探しているようだ。先ほどまでと違うことは、近づかれ囲まれる前に気づけたことくらいか。
「十中八九、俺の匂いの出所を探しているんだろうが。」
逃げるか?いや、無理だ。あと数十秒もすれば、俺の位置に気づき仲間を呼ばれる。そうなれば終わりだ。
「いったい、どうすれば…。」
死亡フラグとでもいうのか。このままではまた死ぬことになる。
『ウワァァァオォォォ!グルゥゥオォォォオォ!』
二度目の遠吠え、そうこうしている間にタイムリミットが迫るが、思考する時間が増えた分、先ほどよりも恐怖心が強い。
「クソッ!!こんな状況、いつものアレでならいくらでも創りかえられるのに!!」
『ようこそユグドラシルへ』
「──は?」
脳内で謎の音声が流れると同時に『奇跡』が起こる。先ほどまで手ぶらであったのに、いつのまにか液タブとペンが握っていた。そのパネルには二匹の四足獣と、俺が表示されている。
『スキル発動、コラ画像制作』
「──は?」