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エレナside:何かを知る人


 教室から逃げ出した私は、兎小屋の隅で膝を抱えていた。父のいる家には帰りたくなかった。


 まさか、アリアナと結婚したいなんて言い出すなんて……

 娘の友達よ? 最低だわ。アリアナも最低。最低。最低。クリスタに取り入ろうとする奴らも最低。皆最低。私も最低。全部が嫌。惨め。


 嫌なことが重なって、何が嫌で何が悲しいのか分からないけれど、涙が止まらなくて、わんわん泣いた。泣いて泣いて、少し落ち着いてきた頃、足にふわふわが触った。兎が草を食みながら傍まで来ていた。

 動物なんて好きじゃないけれど、手を伸ばす。

 小さなふわふわの頭を撫でると、するすると柔らかくて、少し温かかった。


「膝にのせられるかしら? あ、待ちなさいよ」


 両手で胴を捕まえようとしたら、ぴょんと跳ねて逃げられた。待って待って、と追い駆ける。捕まえられないけれど、手に触れるふわふわが気持ち良い。


「意外とすばしっこいのね」


 はあはあと息を上げて他の兎たちに目をやる。見るからにおっとりとした灰色の子兎と目が合った。あの子なら……


 そろりと近付いて、ガシッと掴む。捕まえた!


 座って膝の上に乗せると、想像したよりずっと軽くて、柔らかくて、温かくて、幼気で可愛かった。


「あなた、うちの子になる? このまま連れて帰りたい」

「駄目ですよ。それは学園の備品です」


 突然降ってきた人の声に驚いて手を緩める。その隙に灰色兎が膝からぴょんと飛び降りて、跳ねて行ってしまった。


「ああ…… もう、あなたのせいよ!」

「それは失礼しました」


 全く失礼とも思ってなさそうに言うと、箒を片手にした男子生徒は手際良く兎小屋を掃除し、淡々と干し草を運び入れ、「では」と、出て行こうとした。


「ちょっと待ちなさいよ」

「はい?」


 呼び止めてみたけれど、何を言いたいわけでもない。


「もう授業始まってるじゃない。どうして今そんなことしているのよ」

「もっと早くに済ませたかったんですが、泣いてる人が居たもので、こんな時間になりました」

「それは邪魔したわね…… というか、泣いてるところから見ていたの? 早く言いなさいよ!」

「いえ、邪魔するのもどうかと思ったので」

「じ、じゃあ、兎を追いかけてるのも見ていたのね」

「はい。意外で可愛かったので」


 顔が熱くなる。恥ずかしい。しかし、取り乱すなんて私らしくない。私は立ち上がると、くっと顎を上に向け、見下すように相手を見た。


「意外と言うからには、あなた、私が誰か知っているのね」

「一学年下のエレナ・ヒューズでしょう?」


 一学年下の、の言葉にぽかんとする。これまで、「王太子の婚約者候補の」とか「ヒューズ侯爵家の」とか言われてきた。今だって、「どうせ、王太子の婚約者候補()()()、エレナ・ヒューズ」と心の中で同情しているんでしょう? と、捻くれた気持ちで訊いたのだ。なのに、目の前の男子生徒は、私の肩書じゃなく、自分との関係性で私を表現した。


 新しい感覚に、少し笑った。


「あなたは先輩なのね。名前を聞いても?」

「ああ、いいです」

「いいって何よ」

「名乗らなくても大丈夫です」

「大丈夫って何よ。私が聞きたいのよ」

「そうですか? 私はフランシス・カバネル。マリウス殿下のクラスメートです」


 ぎくり、とした。このタイミングでマリウスの名を出すのか、と苦々しく思った。


「泣いていたのは、友達を婚約者に取られたからですか?」

「婚約者じゃないわ。婚約者候補よ」

「そうでしたっけ?」

「あなた、私に興味があるのか無いのか分からないわね。どうして、そんなふうに思うのよ」

「だって、そうなんでしょう?」


 事実だけれど、誰もそんなふうに思っていない。皆は、私が婚約者候補の座を追われたことが面白くないのだろうと、気を使ったり、嘲笑ったりしている。


 なんだろう。この人。何かおかしい。


 訝しげに見られていることなど気にも止めず、フランシスは使い終わった道具を手に、兎小屋を出て行こうとした。その、出ていく間際のことだ。


「あなたならなんとでも出来るんでしょう? あなたの、()()()()で」


 意味ありげに言うと、フランシスと名乗った男子生徒は振り返りもせず行ってしまった。




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