マリウスside:(見)逃さない君
遠目ではただ水色っぽく見えたドレスは、薄い浅葱の絹布に乳白色のレースを重ねたような不思議な素材で、それと灰金色の髪とに月明かりが反射すると、クリスタ自身がうっすらと発光しているようで幻惑的だ。
「あなたか」
何が「あなたか」なのか。自分の言葉が白々しくて寒気がした。ついさっきまで探し回っていたくせに、まるで、「今の今まであなたのことなんか忘れていました」みたいに格好つけてしまった。
正直、混乱していたのだ。だって、クリスタが自分から姿を現し、歩み寄って、話し掛けてくれるなんて。想定していなかった事態に、自分の動悸が煩くて思考が散り散りになる。
混乱しつつも、「あれ? 今、何か訊かれたな?」と瞬間的に思い出し、内心慌てながらも平然と答える。
「あれは普段特別には親しくない者たちなんだ。この機に俺に取り入ろうとしたのだろうが、失敗したな」
「マリウス様が砕けた態度で接してくれるからといって、不敬ではありませんか?」
「ああいう輩はよくいる。もう慣れた。しかし、エレナを侮辱するのは違うだろ」
「良かった。エレナは幼い頃からの友人ですから。悪しざまに言われて、黙ってはいられませんもの」
「ふうん。あなたは大人しいから我侭なエレナに振り回されているのだと思っていたが」
「振り回されてもいますが。きちんと友達だとも思っていますよっ!」
まるで友人みたいだ。
当たり前に会話していることに感動を覚えつつ、そう思っていることはひた隠しにする。
なるべく自然に見えるように。相手を刺激しないように。そろそろと手を伸ばして、逃げられないぎりぎりのラインを見定め、ちょっとずつ侵入して、距離を縮める。
野良猫を手懐ける時と一緒だな、と思うと、楽しくて頬が緩んだ。
「頬を膨らませたりもするんだな。あなたが感情的になるのを初めて見た」
逃げられるだろうかとドキドキしながら、ちょっと踏み込んでみる。
「そうでしたかしら?」
普通に返ってきた。まだ、もうちょっと距離を詰めても大丈夫かもしれない。
「俺は黙っていたほうが良かったかな。そうしたら、貴重なクリスタ嬢の怒る姿も見られた?」
「そうですね。その時は、マリウス様に対しても怒りが収まらないところでしたけれど」
「おっと。やっぱり、言ってやって良かった」
このあたりが許される線の際だろうか。冒険するのはここまでにしておこう。とりあえず会話できただけで満足だ。ちょっと親しくなれたはずだ。後は、次に顔を合わせた時に、リセットされていないことを祈るのみだ。
引き際を心得て、隣で夜空を見上げるクリスタに目をやる。
近くにいるのに、エレナと話す時より遠く感じる。いや、遠いのじゃなくて小さいのか、遠近法か、と訳の分からないところで感動する。
今、手を伸ばせば本当に届いちゃうんだよな。肩とか触れそう。触らないけど。って言うか、肩薄くないか?! え、何あれ。骨とか筋肉とか、ちゃんと詰まってる? どういう構造になってるんだ? よく見ると首も細い。骨か? 骨が細いのか? あ、項が白い。血管が青く透けて見える。なるほど、皮膚も薄いんだな?
もっと余裕を持って、今のこの貴重な時間を味わいたいのに、頭の中が煩い。心臓も相変わらず煩い。さっきまでいた輩を小者と切り捨てたが、これしきのことで余裕を失くす自分だって、十分小者だ。
でも、ほら、今もまた何か喋りだそうとしている唇が綺麗だ。
「さっきの話で気になったのですけど、殿方は、結婚前に街で練習なさったりするのですか?」
その綺麗な形をした唇から飛び出した言葉に、浮ついた甘い気分が蹴散らされ、固まる。
あー…… そこを見逃してくれないのか。




