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姉妹のお話

寝取り令嬢と呼ばれた私に元恋人が愛を囁く

作者: 関谷 れい

私は、見たことのない封蝋が押されたお姉様宛の手紙を二度見する。

差出人は、ある意味有名なマルンナータ伯爵、の息子。



私の長年の経験が告げる。

──嫌な予感しかしない。



私は遠慮なく、その自分宛でない(・・・・・・)手紙を開封した。


「……は?」


怒りで手紙を持つ手が震えた。

誰が誰とお見合いですって?

顔だけ底辺男と、私のお姉様?


お父様から生まれたとは到底思えない、賢く美しく慎み深くそれでいて慈悲深い、我がヒラクスナ男爵家の唯一の誉れである、お姉様と?


──気を付けていたのに、一体どんなツテで話が回ってきたのだろう?


私が代わりに行きたいって言う?

いや、どうやらお姉様と伯爵家では既に話がついているような文面だ。


ほんっとうにもう!


私はイライラしながらその手紙を自分の部屋の机の中に隠し、鍵を掛けた。


しかし、この手紙に返事がなければ相手は変に思ってお姉様に再び手紙を出すかもしれない。

私は手紙よりも簡略化された「可、不可」のみを記載して返事をする信書サービスを利用することにし、ため息をついた。



……久しぶりに、寝取り案件かも。


本人に自覚はないが、私の自慢のお姉様にも唯一と言ってよい欠点があった。


お姉様は、無自覚な「駄目男ホイホイ」だった。



***



お姉様の駄目男ホイホイの始まりは、アカデミー時代に遡る。

とは言っても、常に家計が火の車だった我が男爵家の娘が行けるのは、貴族以外も通う三流アカデミーだ。


三流アカデミー出身ながら当時から才女として有名だったお姉様は、とても控え目な性格で勉強しか興味がなかった。

私はあまり人付き合いが得意ではなく、基本的に人見知りだったので、アカデミー内でもそんなお姉様にべったりだった。


そこで、お姉様に想いを寄せる男性がいることに気付いた。当然、お姉様は気付いていない。

なんと見る目のある男なのだろうと、シスコンの私はお姉様が幸せになるようにとお姉様とその男をくっつけるべく、奔走しようとした。


結果、勘違いしたその男に薬を盛られて乱暴された。


私は知らなかったのだ。

お姉様一筋だと思っていた男でも、少し綺麗な女に言い寄られるだけで、簡単に浮気するのだと。


一昔前の時代でなくて良かったと思う。

王女や公爵令嬢は違うかもしれないが、今はそこまで貴族令嬢の処女性は重要視されない時代で、私は既に当時お付き合いをしていた大好きな男性と経験を積んでいたから。


だから、狂わずにすんだのだと思う。


けれどもやはり、自分が男に乱暴された事実を告げられず、またその事実を隠したまま付き合い続けることも耐えられず、私は一方的に別れを告げた。

「好きな人が出来たの」

とか何とか言って別れたと思う。


その相手は直ぐに私達の通うアカデミーから姿を消したから、彼にとっても私はその程度の相手だったのだろう。


お姉様には当然乱暴された話なんか出来る訳なかった。

貞淑で清らかなお姉様がそんな話を知れば、私以上にショックを受けてしまうだろうから。


ただ、私に乱暴を働いた男も、気まずかったのか直ぐに私達の前から姿を消したことだけは幸いだった。



一度経験してしまえば、後は同じだ。

大好きだった恋人と別れた私に、彼との未来を描けなくなった私に、怖いものなんてなかった。

お姉様にアピールしてくる男は、私が軽く誘惑する。

男達は、呆れるほど私に釣られた。

釣った男達とは付き合うまでもなくさっさと別れる。


そんな男達に、大事なお姉様を任せられる訳がない。

お姉様は、お姉様だけを大切にしてくれる男と幸せになるべきなのだ。


──そうして、私にはいつしか「寝取り令嬢」という仇名がついた。



さて、そんな駄目男ホイホイなお姉様だったが、幸いにも仕事関係に関して寄ってくる男性達はとても良い方が多かった。しかし残念ながら、お年を召していたり既婚者だったりして、お姉様の結婚相手としては相応しくない方々ばかり。


そんな中、私がお姉様に遅れてアカデミーを卒業すると、お姉様が私に自分のポケットマネーで高級ブティックでドレスを新調した。

「……お姉様……これは……」


私はお姉様にいつもドレスや宝飾品をおねだりする。

そうでないと、お姉様は戻らないとわかっているのにお父様や困っている方々にお金を貸してしまったり、家計が苦しくても貴族として必要以上の寄付をしてしまうからだ。


お姉様が苦労して稼いだお金は、私がドレスや宝飾品として所持していればいつかは換金出来るし、直ぐにお金が入用と言われても逆に換金する手間が掛かる為、人に貸す前に一呼吸考える時間が生まれるのだ。


お姉様はニコニコと私を着飾りながら言った。

「あのね、ミランダ。貴女のお見合いが決まったのよ」

マルンナータ伯爵の息子のことかと思えば、違った。


「今をときめくやり手のジェントルマン、ザイック商団の商団長、クルト様よ」

金持ちの平民らしい。

いやいや、私のお見合いなんてどうでもいいから、問題はお姉様のお見合い相手よ!!


「ああ……女神かしら?天使かしら?私の妹は本当になんて綺麗なのかしら」

うっとりとした顔で言うお姉様は、自身を着飾ることはせずにいつも質素な服を着ている。


お姉様はいつもそうだ。

妹の私が一番、男爵家が二番、仕事が三番目で、自分は五番目とか六番目くらいじゃないだろうか?



しかし、鏡に映る私は確かに綺麗だった。

悪くない。

これなら、マルンナータの駄目男も釣られることだろう。

「ありがとう、お姉様。今からお見合いが楽しみですわ」

私はにっこりと笑った。



***



「すみません、このお話はなかったことに」

私はチビハゲデブだったクルト様を前に、端的にそれだけを伝えた。

相手は姿を現した途端にそう言い切った私に、キョトンと目を丸くする。

なんだかちょっと……狸みたいで可愛らしい。

「……ええと、理由を伺っても?」

「姉には内緒にしておりましたが、結婚したい相手がいるのです」

「……そうでしたか」

「折角お時間頂いたのにすみません。姉は知らなかったのです」

いかにお姉様に商才があろうと、ザイック商団を敵に回せば厄介だろう。

お姉様は知らないというところを猛アピールしたところ、狸さんは気にしないというように頷いた。

「いえいえ、そういうことなら大丈夫ですよ。わざわざ断りに来て下さり時間を無駄にせずにすみました」

何だか良い人そうだ。私は調子に乗って、もうひとつお願いをしてみる。

「その……、姉には、私はここに来なかったことにして頂けませんか?」

狸さんは再びキョトンとした。

「ええと……?なんでまた?」

その方が、これからの私の行動に有利だからだ。

私が困り顔で言葉を濁すと、狸さんは快諾してくれる。

やっぱり良い人だ。

「まぁ、これも何かの縁でしょうから。それが貴女の助けになるなら、そういうことにしましょうか」


私がペコリと頭を下げると、狸さんは汗を拭き拭き、ニコニコと笑って手を振った。

ふと、こういう相手ならお姉様を幸せに出来るかもしれない、という思いがよぎる。


ともかく、姉の幸せの為にはまずはマルンナータ伯爵家をどうにかするのが先だ。


私は狸さんと直ぐに別れ、決戦の場に向かった。


***


マルンナータ伯爵令息は、今までで一番食いつき良く私に釣られた。

こんな男と結婚したら、お姉様が苦労すること間違いなしだ。


ない。

ないない。

こんな男に大事なお姉様を嫁がせるなんて、絶対ない。


「私を選んで頂けますか……?」

ベッドの上でその背中に身体を寄せれば、駄目男は下卑た笑みを浮かべて「勿論だよ、親は私が説得してみせるからね、ミランダ」と言った。


マルンナータの駄目男を釣って早々、私は姉に笑顔で宣言する。

「お姉様のお見合い相手のマルンナータ伯爵の令息に先程お会いして、直ぐに意気投合致しました。そして、彼と結婚のお約束をしたのですわ」


お姉様が、蒼白になる。

そんな、蒼白になるような相手とお姉様は結婚しようとしたのに。



「……な、何故、私のお見合いの予定を?というか、私の見合いの予定を、私が知らないのだけど?」

お姉様は声を震わせながら、私に尋ねる。

「ああ、それは私が誤ってお姉様宛の手紙を開封して、自分のことだと思って本日お見合いへ私が行ったのですわ」


そう言って、私はその場で崩れ落ちた。

ここからが勝負だ。


「お姉様ったら、狡いわ……!!自分だけ貴族の、しかも伯爵家のあんなに格好良い人に嫁いで、私には平民のチビハゲデブをあてがうだなんて……!!」

「誤解よ、ミランダ」


私はわんわん泣き出す。

お姉様は慌てて、私の傍に駆け寄った。

私の泣き真似に気付かないお姉様が、チョロすぎてやはり不安になる。


「ミランダ、貴女の願いは極力叶えてあげたいけど、あの(おと)……いえ、あの方だけは駄目よ」

なんで私には駄目で、自分はいいのか。

もっと自分を大事にして欲しいのに。


「何故ですかっ!?妹の恋路を邪魔したいのですかっ!?」


私はあんな男に嫁がせようとしたマルンナータ伯爵家が憎くて、涙を滲ませながらお姉様に縋り付いた。


私についた寝取り令嬢という仇名に対して、私を信じて怒ってくれたのはお姉様だけだった。


「……ミランダ、こんなこと言いたくはないけれど……あの男の良いところは、顔だけよ?」

苦渋の決断で、私を諦めさせようと正直に話すお姉様。


「そんなことありませんわ!」

ごめんなさいお姉様、むしろ身をもって知ってます。

卒倒させたくはないから一生言わないけれども。


お姉様は私の肩にそっと手を乗せる。

本格的に私を説得する気のようだ。


「いいですか、ミランダ。ここだけの話、あの伯爵令息の趣味はギャンブルにお酒に女遊びです。領地改革も下へ……あまり上手ではなく、無駄な投資をしてお金をドブに捨てるような方なのです。今は貴女に愛を囁いたとしても、明日はわからない、そんな男なのですから」


そんな男にお姉様を嫁がせたら、お姉様は苦労するに決まっている。

隠し子だって何人いるんだかわかったものではない。


私は顔を歪めた。


「……でも、あの方は私との出会いを運命だと、君しか考えられないと仰って下さいましたわ」

嘘でしょうけど。

きっとあの甘いマスクで、誰にでも言うのだろう。

「あのね、ミランダ。私はきちんと情報ギルドに調べさせて……」

「その情報が間違えている可能性も、ゼロではありませんわ」


私がそう言えば、お姉様はうぐ、と言葉に詰まった。

しかし直ぐに、次の言葉を紡ぐ。


「ミランダ、貴女にはまた素敵なお相手を探し……」

「嫌ですわ!私はあの方と一緒になりますっ!!」


私は秘技、「妹の我儘」を存分に発揮した。

お姉様は私を説得しようと何日も粘ったが、私が部屋から出ずに食事も摂らないという態度を見せると、漸く折れてくれたのだった。



***



お姉様が、私の見合い相手だったクルトと結婚するということになった。

てっきりあの狸さんと結婚するのだろうと思い喜んだ私に紹介されたのは、王子顔負けのイケメンだった。


──誰ですか貴方っっ!?



一難去ってまた一難だ。


折角お姉様に纏わりつく駄目男を一匹退治したというのに、またお姉様の駄目男ホイホイが発動したらしい。

胸中焦りまくりながら、何とか相手の本性を見極めるまでは引き伸ばしたかった。


「お姉様、狡い……っ!私を騙したでしょう!?」

狸さんは何処に行ったの!?あの人なら反対しないのに!!こんなイケメン、怪しすぎる!!

「そんな訳がないでしょう、ミランダ」

お姉様は困り顔で私を宥めるが、私は苦肉の策で「クルト様と結婚したい」と言って泣きまねをするしかなかった。


流石にお姉様の前でクルトを誘惑する訳にはいかない。

困っていた私に助けの手を差し伸べたのは、意外にもクルト本人だった。


「リュシー、ここは私に任せて下さい。貴女はもう、ドレスの試着の時間ですよ」

「お姉様、我儘言ってごめんなさい。少しだけクルト様を借りますね」

不安そうなお姉様を見送り、私達は二人になる。

「……クルト様、私の部屋でお酒でもどうですか?」

私は笑顔でクルトを誘う。

しかしクルトは、少し困ったような顔をしただけだった。


「……ミランダ嬢。失礼ながら、貴女のことは調べさせて頂きました」

つまり、寝取り令嬢と呼ばれていることがバレたということか。

「そうですか。でしたら話は早いですね」

私はクルトの腕に自分の腕を絡ませたが、するり、とそれを躱され少し驚いた。


お姉様に気のある人を私が誘惑して、のって来なかった男は初めてだ。

少なくとも、浮気をする心配はないのかもしれない。

けれども、お姉様は無自覚駄目男ホイホイだ。裏があるのかもしれない。


私は態度を変えてクルトを睨み、腕を組んだ。

「……それで?大人しいお姉様を商団に引き込んで、何をさせるつもりですか?」

「私は彼女が好きで、結婚を申し込んだんだ」

「お姉様を好きになる人は、お姉様が大人しく従順で、優しく文句を言わない性格を好きになる男が多いのです。つまり、何をしても謝れば済むと思っている……浮気性の男です」

「そうか、だから君はずっと、そうやってリュシーを守って来たんだな」


クルトに優しくそう言われて、私は思わず渋面になる。

「……知ったようなことを言わないで下さい。お姉様のお陰で、我が家は破産せずに何とか食べられているのです。自分より私を優先し、大切にする人です。……当たり前じゃないですか。誰よりも幸せになって欲しいのです」


ポタ、と床に何かが零れた。

初めてだった。

才女の姉に比べて、何でも与えられ姉に守られ続ける妹と言わなかった人は。

私が愛した人ですらも、私が何を守ろうとしたか気付かなかったのに。


「確かに、リュシーは商才はあるが、人が良すぎる。今まで騙されなかったのが不思議なくらいだ」

「お姉様を幸せにして下さい。騙すなら、絶対にお姉様が気付かないように、一生かけてお姉様を騙し続けて貰えますか?」

ザイック商団はやり手の商団だ。

ならそのトップも、頭が切れるのだろう。

ポタポタ、と涙が流れる。


「ああ、幸せにするよ。ずっと守って来た君に代わって、これからは私が彼女を守る。だから……そうだな、君も無理してあんな駄目男のところに嫁ぐ必要はない」

私は首を振った。

「いいえ、私が今婚約破棄をすれば、お姉様が気にしてずっと伯爵家を援助し続けるでしょう。あの人はそういう人ですから」

クルトは「じゃあ潰してもいいけど」と言ったが、今度は慌てて首を振った。

「そういうことも、これからはお姉様にはバレないようにして下さいね!?いいえ、伯爵家のことは私がけりをつけますので、大丈夫です」

「そうか。……もし、何か困ったことがあれば直ぐに話してくれ。必ず助けよう」

「ありがとうございます」


恐らく、あの駄目男のことだ。直ぐに私に飽きて、愛人を作るだろう。

愛人を作ってさえ貰えれば私があの家を出る大義名分になるし、その理由であればお姉様も伯爵家への支援を打ち切るだろう。


「お姉様は私があの伯爵家にいる限り支援をし続けるでしょう。一年だけ、我慢して貰えませんか?」

「……わかった」


そして一年後、私は無事に伯爵家から失踪することが出来た。


 

***



「クルト様、これは万が一お姉様が私を探そうとした時の為に渡しておきますね」

私は伯爵家からいなくなる前に、クルト様に「私を探すなオーラ」の詰まった手紙を渡した。

手紙の中には、お姉様への不平不満が書き連ねてある。

本心ではないが、仕方がない。

これくらいしないと、身重だというのに国中私を探し回りかねないだろうから。


「絶対に、お姉様を引き留めて下さいよ?」

「……わかった。はぁ、リュシーに一生隠し続ける秘密が増えた」

苦笑いしながらクルト様は私に言う。

仕方ないだろう、私とお姉様は共依存関係にあるのだ。

でも、もうお姉様は大丈夫だ。

クルト様と一緒にいるお姉様は間違いなく幸せだから。

けれどもお姉様の子供が生まれでもすれば、私は本当にお姉様の傍から離れられなくなる。


今しかチャンスはないのだ。


「クルト様には、私の潜伏先を紹介して頂き、感謝しております」

「潜伏先……、ミランダ嬢は変わらず面白いな」

「北部地域もクルト様の販路があるなんて流石ですね」

「ああ、寒いところだから、これを」

「ありがとうございます」

太っ腹な商団長は、私に高級な毛皮のコートをプレゼントしてくれた。

お姉様から頂いていたドレスや宝飾品を随分と処分したのでそのお金を路銀に充てさせて貰い、余りはクルト様にお渡ししようとしたら断わられた。


「北部地域の辺境伯を訪ねなさい。辺境伯の封蠟を貸して貰えるだろうから、それで偶に近況報告をするんだぞ」

「はい、お義兄様」

お姉様の過保護がクルト様にも移ったのか、何度も念を押される。

北部地域は、年中冬のような季節らしい。

昔は狩猟をメインとした昔ながらの生活が色濃く残るような場所だったらしいが、最近爵位を継いだまだ若い辺境伯がアカデミーを設立したりなど、随分と都市の文化が入って便利になったらしい。


「また一年後、お姉様の可愛い赤ちゃんに会いに来ますわ」

「ああ、是非そうしてくれ。リュシーの悲しむ顔は極力見たくない」

私はこうして、王都を後にした。



***



「クルト様のご紹介で参りました、ミランダと申します」

「遠いところからよくいらっしゃいました、ミランダ様。私は執事のリンツと申します、これからよろしくお願い致します。首都と比べると暗く寒いところでしょう?どうぞこちらで温まって下さい」

「ありがとうございます」

北部地域で辺境伯の屋敷を訪ねれば、初老の執事が私を出迎えてくれた。


私がこの地で求められているのは、現辺境伯のお祖父様であるリスナー様のお世話と、辺境伯が進めている仕事の手伝いだ。都市の文化をこの辺境にもっと根付かせることが目的で、昔ながらの文化の良いところをそのままに、今の便利な文化を上手く融合させることのアドバイスを求められている。

「リスロ様にご挨拶は……」

「今は領民に呼ばれて、屋敷を離れております。また戻られましたらミランダ様に声を掛けますね。坊ちゃま……いえ、リスロ様はずっとミランダ様のご到着をそれはもう楽しみにされていたのですよ」

「そうですか。ご期待に応えられるよう、頑張ります」

期待に応えられなかったらどうしようとどきどきしながら、暖炉で温まった私は自分の部屋の案内を受ける。

先に荷物は運んで貰っていたが、宛がわれた部屋の大きさに私は驚いた。


「……あの、ここが私の部屋ですか?」

リンツに聞くと、彼はゆっくりと頷く。

「お気に召しましたか?」

「はい」


私は実は花柄が好きではないのだが、この部屋はまるで自分が調度品をあつらえたかのように私の趣味のもので溢れていた。

この部屋を誂えた人とは少なくとも趣味が合いそうだ、と思い嬉しくなる。


「リスロ様がこの部屋をミランダ様向けにと指示を出したのです。気に入って頂けたなら良かったです」

皺を深めてにっこり笑うリンツに、次はリスナー様の部屋まで案内して貰った。


リスロ様が私の雇用主かと思うが、リスナー様も私にとって大事な人だ。

粗相がないように気を引き締めて部屋の中に入った。


「君がミランダ嬢か。会えて嬉しいよ」

「初めてお目にかかります、ミランダと申します。これからしばらくお世話になります」

私が緊張しながら言うと、リスナー様はベッドの上で身体を起こし、笑って言って下さった。

「そう畏まらずに、自分の家だと思って楽にしなさい」

「はい、ありがとうございます」


伯爵家も、名門だっただけあって屋敷は立派だったか、辺境伯の屋敷はそれ以上だ。


ちっぽけな男爵家を懐かしく思いつつ、お姉様のことを思い出す。


お姉様は、元気でやっているだろうか?

クルト様がいるのだから、問題ないに違いない。

これからは薄情な妹のことは忘れて、生まれてくる赤ちゃんにだけ気を配ってほしい。


「それにしても、君ほどの美人は生まれて初めて見たな。長生きしてみるものだ」

リスナー様はほっほと笑う。

私も笑って、しばらくリスナー様の話し相手をした。



「……そうかそうか、今までよくひとりで頑張ったねぇ」

……あら?何故だろう、リスナー様の話術が巧みなのか、それとも本当は自分の中に鬱屈したものがあったのか。


気付けば私は、クルト様も知らない話まで……過去の恋人を忘れられない話や、別れる羽目になった事件のことまでベラベラと話していた。


……自己紹介だったはずなのに、何故ここまで。


リスナー様が自分と奥様の馴れ初めを話して下さった辺りから、私も自分の話をせねば的な流れになった気がする。


相手がこんなにお年を召した方でなければ、きっと話せなかっただろう。

リスナー様は私の会話の合間に、常に私の味方をしてくれた。

お姉様もずっと私の味方をしてくれたけれども、全てを話すことは出来なかったから。


「しかし、若さ故かねぇ。ほんの少しだけでもいい、君の大好きな人達に、君の気持ちを正直に伝えていれば、何かが変わったかもしれないよ」

「……そうですね」



しかし、正直に話せば私の初恋の彼は犯罪者になったかもしれないし、お姉様は裁判をおこしたかもしれない。

好きな人達が、私の身に起きたことであれこれ悩む姿を見たくはなかった。


私の不注意でしか、なかったのだから。


私がまたあの時に戻って、正直に話しただろうかと言われれば、やはりそれはノーだ。


「でも、これで良かったのです」

私は笑みを漏らす。

そう、これで良かった。

お姉様は、あの伯爵家に搾取されることなく、幸せに暮らしている。

私はこれから、ここでのんびりと、リスナー様のお相手をしながら暮らせるのだ。


辛くなったらいつでも戻っておいでと、クルト様から優しい言葉を貰っているから尚更頑張れる。


「……ふむ。ミランダ嬢の幸せは、孫次第じゃな」

「そうですね、お祖父様」


私は、一度も忘れたことのない香りに後ろから包まれ、声を失った。

「……久しぶり、ミランダ」

低く穏やかな声が、私の耳を擽る。

身体がぶるりと震えた気がした。

「……何故、貴方が……」

そこには、私のアカデミー時代の元恋人である、リロがいた。




「……あの日、君に別れを告げられた日。俺は北部地域に戻ることを君に話すつもりだったんだ」

久しぶりに会ったリロは、普通の人より一回り大きなその身体でずっと私を抱き締めたまま、ソファに座って話した。


パチパチと火が爆ぜる音が、やけに大きく聞こえる。


「この北部地域に初めてアカデミーを設立する為、視察目的で国内の幾つかのアカデミーを回ってる最中に、俺は君と出会った」


私に振られ、何も告げられないまま姿を消したことを、ずっと悔やんでいたらしい。

北部地域は、私達がアカデミーにいた時、隣国から攻め込まれたりなど色々あった筈だ。


「……そうだったの。貴方が無事で、良かったわ」

私はそういいながらさり気なくリロの腕を持ち上げその膝から降りようとするが、ホールドした腕はびくとも動かない。


「……ミランダの良くない噂は、旧友達から俺の耳にも入ってきた。嘘だと思って一度、アカデミーに戻ったんだが……」


そこで見たのは、見知らぬ男とイチャイチャしていた私の姿だったらしい。


「俺、ミランダが他の男を選ぶところを見たくなくて、逃げたんだ」

「うん……」


逃げてくれて、良かった。

私だって、リロに自分のそんな姿見せたくなかったから。


リロの腕から逃げるのを止めた私は、諦めて彼に寄り掛かる。昔からびくともしない身体だけれども、心が繊細で私以上に傷付きやすいことを知っている。

因みに、私を傷付けた相手には、男女関係なく力でねじ伏せてしまうような、短気なところがあることも。

でもそうか、訛りがないから気付かなかったけれども、北部地域の人間だったからかと今なら納得出来る。


未だに決闘の文化が残っているところだ。



「ミランダ。君が望む通りにあの時は別れたが、君も俺も幸せにはならなかった。だから、次は俺の望む通りにしたい」

「……うん。どうしたいの?」

「ミランダを嫁にする」

「私まだ、マルンナータ伯爵家の嫁のままだと思うけど」

「大丈夫、上手くやる」

「上手くやるって……」


私は場違いにも笑ってしまった。

お互い、少しは大人になったのだろう。

知らない時間が私達の間にはある。


「ミランダが俺を選ぶまで、俺はずっと告白し続けるよ」

「リロにはもっと相応しい人がいると思うけど」

他の人と一度結婚した出戻り女などではなく。

これは、本心だった。

私は恋愛や結婚よりも、充足や安寧を願っていたから。


微かに心が震えたことには気付かないフリをしながら、私はリロに対して残酷な言葉を口にする。


「相応しいか、相応しくないかとかどうでもいい。俺が欲しいのは、昔からずっと、ミランダだけだ」

リロはそう言って私の顎にそっと指をかけると、自分の方へ向かせて口付けた。


「……寝取り令嬢なんかで良いの?」

自虐的だとは思うが、自らそれを口にした。

過去は変えられない。

「ミランダがいい」

リロは即答した。



外は寒いのに、一年中冬なのに、もうすぐ幸せな春が訪れる予感がした。












いつもブクマ、ご評価、大変励みになっております。

また、誤字脱字も助かっております。


数ある作品の中から発掘&お読み頂き、ありがとうございました。



※「結婚相手を交換したいと言いますが、あの男はやめた方がいいですよ?」の妹サイドをお届け致しました!

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