第6幕 新たなクラス
教室の扉が開く。
「ほーら。ホームルームをはじめるぞっ。皆、席につけ」
そこには一人の女性と、噂のシルワが入ってきた。
黄土色の短髪に緑の瞳。外見はせいぜい二十前後ぐらい。美青年のシルワと比べると普通の容姿と見えてしまうが、立ち居振る舞いに落ち着いた――堂々とした凛々しさが垣間見える。
「……あ……アズ学長っ!?」
「あぁぁ。アズ学長……だ」
ビスティとハリの声が震えている。
「そんなに驚かなくてもいいだろう?」
アズが寂しそうにビスティとハリに言うと、
「きっとアズの存在にビビっているんだよ」
「……お前……」
うれしそうなシルワに、アズは殺気をこめて睨みつけた。
王立騎士・魔導術学院は騎士学院と魔導術学院に分かれるが、騎士と魔導術を学ぶ者は、魔導術学院に所属し、そこから魔導術のみ、魔導騎士を学ぶクラスへと枝分かれしていく。
が、本来の形だが――この日ハリの伝えた通り突然、クラスの再統合が行われた。
おそらくその説明に来たであろう『魔導術学院』の学長であるアズという女性と、生徒たちの間で『狂気の魔導術研究者』と噂される笑顔のシルワが現れたのだ。
その前に、二人の漫才が展開されたが、アズの殺気で教室中が凍り付く。
「ほーら。アズのせいで……」
「お前のせいだろうっ!!」
鉄壁の笑顔のシルワに、アズが溜まらず叫んだ。
クラス中が解凍されるのに、もうしばらく時間が必要だった。
「朝からこんな感じですまんな。おそらく、噂好きの誰かさんから情報が入っていると思うが、これからのことを説明するから、全員席につけ」
アズの言葉で、空音はメティルとヴィント、そして、ユートとも顔を合わせた。
「アズ学長が担任―――っ!!!」
教室の生徒の声が、きれいなほど揃った。
「お――。これぐらい驚いてくれると気持ちいいなぁ」
なぜかアズがドヤ顔をしている。
「これまでの説明は今、話した通りだが……セフィラと王都リーヴァの守りに人員が必要になることと、
ここにいるソラとメティル、ヴィントの活躍で捕らえた敵の証言でな。このジオタ王国が標的にされているらしいということもわかった。いつ、どこが襲われるかもわからない状況で、学院の生徒にも実戦が求める状況となってしまった。
そのために、これはこの学院の前身である『王立騎士養成学院』のやっていたことを復活させることになった。
以前は数百名の生徒たちをいくつかの隊に分けて、実戦形式で競わせながら、個人だけでなく軍としてのまとまりも評価基準で、年間の成績上位の隊の騎士見習いたちは、無条件で正式の騎士に採用していたそうだ。
そしてこの『異能・特能クラス』は、このクラス全員で一つのチームとなる。
しかし他のクラスと競うという実力を問う授業ではない。実戦を経験させるための処置と考えてほしい。そのために、今までの成績に応じて、改めてクラス編成を行った。
現時点で、このクラスはこの学院の最高実力者を集めたクラスとなった。
だからこそのクラス担任が、私、学長のアズ・アジェルタと副学長のシルワ・ガットが担当することとなった」
生徒の中には……血の気が引いてしまった者もいる。
アズの声音は、学長としての威厳を込めた圧力も籠ったいた。
空音には、伝説の英雄としての実戦を知っている者の厳しさを、伝えんとする想いも感じていた。
「……あ、あの。ソラとかメティルの……」
「ああ。この二人、そしてメティルの妹のユートと魔導人形たちも戦力の考慮に入っている。
この場にいる全員が一つのチームと考えてくれ。
名前とかは好きに決めてくれていい。
決まったら私かシルワ先生に教えてくれ。
それから授業は………」
☆彡 ☆彡 ☆彡
「まじかぁ……そんなことになってたとはぁ……」
アズとシルワが教室を出て行って、一時間目は自習とされた。
この間に、急遽編成されたこのクラスのチーム名を決めろ。と、アズに言われたが、生徒たちの心中はそうはいかない。
「じゃぁ、ソラとかメティル、ヴィントは色々実戦済みってこと?」
「まぁ……時々、借り出されていたな」
ビスティの質問に、ヴィントは何事もないかのように答える。
「ソラは、一年前の『王都襲撃』の際に、第二王子のメルティル様の命をお守りした実績があるもんね。それを考えたら、今回の処置も……そうなるかぁ……」
コーリエが空音に複雑そうな表情を向け、空音は苦笑いで応えた。
「だからベンとオンティルが、いないのって……」
「だろうな」
ハリの問いに、メティルがうなずいた。
このクラスには、あと二人のベン・ティッチとオンティル・テクという生徒がいたが、おそらく今回のクラスの再編成によって、他のクラスに移っただろうという予想がついた。
「なんか……前もって説明してくれてもいいよね。こんないきなり……」
落ち込んだ様子のビスティはオンティルとも仲がよかったこともあり、今回の突然の処置のせいでショックを受けていた。
「でもさ。だったらどうして『勇者クラス』を廃止したんだろうな……。
あのケイイチロウは気に入らないけど、あいつらって、クローネ王国で保護された時に、勇者として戦闘に参加してたんだろう?」
ハリがメティルに聞いてみた。
「……今、世界で『異世界人狩り』が横行して、問題になっていることは知っているだろう?
まだ公にはなっていないが、異世界人の『転移』が増えている理由に、『ルシィラ国』の関与が疑われているらしい。
一番の理由が………異世界人の臓器から、良質の『エリクシル』が精製できる……という情報があるんだ」
「……ちょっと。何、それ……」
メティルの話に、ハリ、ビスティ、コーリエ。そしてユートも……目を見開いて、うつむいている空音を見つめた。
メティルもそんな空音を見たが、小さいため息をついた後に話を続けた。
「戦争が長引いてる。『ルシィラ国』はもともと戦力が少ないだろう。『魔導石像』の魔導術も、『ルシィラ国』の魔導師が開発したと言われているし、兵士に代わる戦力として、『ルシィラ国』で開発した『魔導人形』の動力源であり、『核』となる『命の雫』が大量に必要となる。
この世界での、異世界人の人権を主張しながら、同世界の人間が良質の『命の雫』を生み出すとわかるとそのために、『異世界人狩り』と称して、各国のハンターや傭兵たちに異世界人たちを集めさせている……と、父上から聞いている」
うつむいたままの空音の肩を、ヴィントがそっと触れた。
「……『ルシィラ国』って……ほんとにサイアクなんだけど……」
ビスティの言葉が、その場に集う者たちの意見でもあった。
「だから……『魔導術協会』が、『ルシィラ国』の手が出せないところで保護してるって……それだったのか」
ハリにメティルがうなずく。
「ケイイチロウたちはそこに行くのだろう。ただ、ソラは我が国の功績が大きすぎるから、戦力としての期待が大きいのだろう。
ソラにはすまないが、そういう意味で残ってもらうことになった……と、思う」
「……ぼくはかまわないよ、メティル。『ルシィラ国』の連中も、ぼくを目の敵にしているだろうし。
ぼくは、ぼくの出来ることで貢献したいから」
申し訳なさそうなメティルに、空音は笑顔で言った。
「ユートちゃん。彼氏、かっこいいよね」
ビスティに言われ、ユートがびくりと後ろを向くと、ビスティの他にコーリエも大きくうなずいていた。
「は、はい。わたしもそう……思います」
「……ビスティ、コーリエ。余計なこと言って、ユートを困らせるなっ」
空音が怒ると、ビスティとコーリエがにやにやと空音とユートを見つめていた。
「でもさ。ユートちゃんって、こんなか弱そうなのに、このクラスで大丈夫なのか?それともメティルとソラで守るということか?」
ハリの質問に、
「いや、こう見えて……ユートは強いぞ。今までは『霊力不定症候群』という難病だったんだが、これは幼少期に多いらしいんだ。でも成長すると、『霊力』が安定して、本来の能力が出せるようになる。『霊力』の潜在能力が大きい者が発症しやすいということは聞いているけどね」
メティルの答えに、ハリたちが「おお」と驚いてはいるが、空音とヴィントは呆れ顔だ。
そんな病は存在しない。いかにもありそうな感じでもっともらしい説明を施すメティルに、こうもポンポンと嘘が言えるものだと、呆れを通り越して感心してしまう。
「本当はもう少し、訓練してからにしたかったのだが、即戦力と判断されたのだろうな。
僕の妹だから仕方ないけどね」
ドヤ顔の兄(嘘)のメティルに、ユートは顔を引きつらせて「はい、お兄様」と返事していた。
「でもさ、ソラ。私たちも授業に出られるのかな?それ、すごく楽しみなんだけど」
空音の前に立っている陸翔が質問する。
「……それはぼくも気になった。陸翔や来羽……彩雲……あと碧も学校に通いたいって言ってたもんね」
「そうそう。ここが一つのチームだったら、僕らもチームメイトじゃん。一緒に授業受けたいよね。
ツゥーイもそう思うでしょ?ずっとユートの傍にもいられるわけだし」
空音の言葉に対して、来羽がうれしそうにユートの傍にいるツゥーイに話しかけた。
「……う、ん。ユートがいいなら、私も……学校に通ってみたいかな……」
恥ずかしそうに話すツゥーイに、ユートは「そうなるといいね」と笑顔で返した。
「……なんかさ。魔導人形って、本来、魔導具だから、多少の感情は持ってても、ただの道具だ。っていう人いるけど、それが間違いだって、思い知らされるよね。
人とどう違うんだって思うよ……」
つくづく話すハリに、陸翔が笑いかけた。
「いや。魔導人形は道具だよ。私たちが選んだ主の能力を上げるし、主の命を全力で守る。それがぼくらの使命だから。それは魔導具の役目だと思うよ。
でもさ。ソラとか皆と一緒にいると、色々なことしたくなるよ。それを『生きている者』として見てくれるなら、そうなんだと思う。
だから、学校に通って皆と楽しいことしたいとか思っちゃうよね」
陸翔の話に、ビスティとコーリエが涙ぐむ。
「うん……うん、そうだよ。皆、チームメイトだもんっ。皆で頑張りたいよねっ」
「そうだよ。皆で授業を受けられるように、先生たちに掛け合おうっ」
「賛成っ。それいいよな。そうすれば、チームワークだって良くなるわけだしっ」
先生に頼む……って、直接学長に直談判するということと同義……だよね。
とは思ったが、盛り上がるハリたちをよそに、空音は口に出すことはしなかった。
「でも……アズ学長やシルワ先生が直接このクラスの担任って……他にも先生たちはいるだろう。
とても人手が足りないとも思えないが……」
ヴィントの疑問は最もで、事の重大さはわかっているつもりだが、学長自らが担当になるとはどういう意味なのだろう。
予想できることは、「大変な事件の対処をやらされる」ということだった。
「はぁ……」
考えるだけで頭が痛くなる。避けて通れるとは思ってないが、あまり進んで危険な目に合いたいとも思わない。
それに、空音にはやらなければならない、ことがある。
これがそれに近づくことなのか、そうではないのか。
見極める前に流されるのだけはごめん被りたい。そう考えただけで、再びため息が出てしまった。