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第5幕 襲撃の後と転入生

 あれから三日が経過した。

街には、今だに魔導石像(タロス・ガーコイル)たちが暴れまわった爪跡が残る。



☆彡 ☆彡 ☆彡



 王立騎士・魔導術学院。

魔導術学院二学年三組。別名『異能・特能クラス』。



 「ソラくん、この子……」

空音のとなりには、赤く長い髪を左側でまとめ、頬を赤らめながらうつむいて椅子に座る少女。

その後ろには緑の光沢に光る短い髪と、銅色の釣り目が印象的な魔導人形(トリグラフ)が立っていた。

「おはよう。……なんだ。早速、ソラのとなりにいるのかユート」

笑顔のメティルと、その魔導人形(トリグラフ)のリランが教室に入ってくる。

「……お兄様……」

「うっそ。この子、メティルくんの妹さんなの?」

クラスメイトたちが、ソラのとなりに座り、メティルに「お兄様」と言った美少女――魔導人形(トリグラフ)つき――ユートに、その興味が視線となって注がれる。



 となりのソラは「大丈夫?」とユートに声をかけると、ユートは小さくうなずくだけだった。

「ああ。僕の妹で、ソラの婚約者でユートだ。ちょっと魔導術関連の病でね。

最近ようやく体調が安定して、この魔導学院に転入できることになったんだ」

メティルの紹介でも、ユートは一切、顔を上げられない。

「ちょっと人見知りでね。あたたかく見守ってもらえるとありがたい」

「でも、ソラくんの婚約者……って」

クラスメイトの少女の質問に、空音の視線は右やや上に視線を向けながら口を開いた。

「……メティルのお父上とぼくの義理の母さんが知り合いでね。

三年前にこの世界に来たばかりの時に、ユートはずいぶんぼくを助けてくれたんだよ……」



 ユートの後ろに立っている魔導人形(トリグラフ)に、ソラに付き添っていた碧が小声で話しかける。

「……セリフ棒読み……」

「はははは……はぁ」

頭を抱える碧に、ユートに付き添う魔導人形は苦笑いが固まっている。

「アオイちゃんとユートちゃんの魔導人形ちゃんは仲良しなんだね。名前は?」

「私はツゥーイと申します」

二体の会話は聞こえなくても、その態度に『仲良し』と、とったらしい。






 「なぁ、聞いたかっ!?」

一人の男子生徒が教室に飛び込んできた。





 このクラスには七名ほどの生徒が在籍していており、空音の瞬間移動などの『超能力』は、この『エル・アルプル界』では、『異能力』と呼ばれている。

メティルの能力は『特殊能力』に分類され、二人は同じクラスにいた。

今は空音とメティル。メティルの妹で、空音の婚約者と言われたユート。この三人の魔導人形たち三体。二人の同級生……そこにもう一人の同級生と、なぜか魔導騎士学院のヴィントが来羽と一緒についてきていた。

「あれ……ヴィントくんとクウちゃんじゃない。クウちゃんはソラの相棒としても、どうしてヴィントくんは?」

「俺は今日からこのクラスに編入だ。三日前の魔導石像の襲撃に備えて、この三組の強化のためだそうだ」

「え?……そうなの?」



 ヴィントに話しかけた同級生は、ユートだけじゃない、だんだん増える情報についていくことが難しくなってくる。





 「誰っっ!?このかわいい子っ!!」

ヴィントとともに入ってきた同級生は男子生徒だったことで、ユートへと好意が向かう。

ユートの口元が一気に引きつった。

「ハリっ!!この子はソラの婚約者でユートちゃんっ。恥ずかしがり屋さんなんだから、あんまり騒ぐなっ」

「なんだよビスティっ。お前の方がうるせ――よっ」

「……ごめんねユートちゃん。私はコーリエ。やかましい連中だけど、気持ちは優しいやつらばっかりだから」

ハリという少年、ビスティとコーリエの二人の少女。空音はユートに

「異世界人のぼくを認めてくれた素敵な連中だよ。だからユートは何も心配しなくていいから」

ずっとうつむいていたユートに、空音が笑顔で声をかけると、ユートは弾かれるように顔を上げた。

「……それはソラがすごい努力した結果なんだけどね。だけど、なーんも心配する必要なんてないよ」

世話好きなビスティは満面の笑みでそう話す。

ハリもコーリエも笑顔でうなづく。



 「あ……お願いします」

ユートが消えてしまいそうな小声で、ようやく一言を発した。

「か、かわいい……」

ハリにとって、頬を赤らめながらのユートのしぐさは、その美少女ぶりにも相まって、何かにヒットしたらしい。

呆然とつぶやくハリの頭を、ビスティが平手でひっぱたいた。

「いってぇっ」

「ユートはソラの婚約者なんだからねっ!それより、あんたは言いかけたことは何だったのよっ!?」

「えぇっ、うっそぉ!!……あ、そうだった」



 「あいかわらず、にぎやかな良いクラスですね」

ヴィントがメティルに話しかけると、

「お前がこのクラスに編入されるとは思わなかったがな」

メティルは苦笑いでヴィントを見た。



 「ほら、三日前のあの魔導石像(タロス・ガーゴイル)の襲撃事件があったろ?

あれでこの学院を狙っている可能性がでてきたらしい。

だから、少人数のクラスには他のクラスから人数を足して補強するそうだ。

ここはヴィントがそれだろ?

あの『勇者クラス』は一旦廃止して、異世界人たちは魔導術協会の保護下に入るんだってさ。

あ、でもソラだけは例外だって。ソラは能力がケタ違いだから、こっちで活躍を続けてもらうってさ。

シルワ先生が言ってた」

ハリが『シルワ』という名前を出したとたん、空音とヴィント、メティル……それぞれにつき従っている

陸翔やリランの表情が一斉に「うんざり」したものに変化した。



 「……ねぇ。シルワ先生となにかあったの?」

こういうことには敏感なビスティが空音に聞いてくる。

「……まぁ……ユートの魔導術検定の際に……シルワ先生の『狂った魔導研究者マッドサイエンティスト』の一面が、ね。……ちょっと、ね……」

「……あ―—。それはぁ……なるほどねぇ。ユートちゃん。無事でよかったねっ」

ビスティもそれなりに思い当たるところがあるのか、空音だけではなく、ユートにも激しく同情してくれた。

「……シルワ先生って、そんなに……」

「……そのうち……わかってくると思うよ……」

コーリエの引きつったほほ笑みが、恐怖を煽っている気がしたが、ユートは三日前の出来事を思い出した。




☆彡 ☆彡 ☆彡




 ユウマは紬とともに、王立騎士・魔導術学院のある建物の廊下に瞬間移動した。

「ここは……」

紬が辺りを見回した。

「本当にいつもソラの能力には助かるよ。

で、ユウマ殿と紬にはこれからのことを話したいから、ここに来てもらったんですよ。

まぁ、この自動人形(プッペ)たちの解析もお願いしたいから。

ここは魔導術学院の地下にある、シルワ先生の研究室があるところなんです」

メティルがユウマと紬にほほ笑んだ。




 メティルの案内で廊下を歩いていく。そのあとにリランとユウマ、紬。

二体の自動人形(プッペ)の体と首を運ぶヴィントと、疲労が見える空音を気遣う様に、陸翔、来羽、彩雲、碧が続く。

「……いつ見ても陰気臭いところで研究しているよね、シルワ…先生」

陸翔がつぶやく。

「それは……ここが「いかにも魔導術を極めん者が研究しているという雰囲気が満載さが、この場所にふさわしい」……なんだって」

「『狂気の魔導術研究者マッドサイエンティスト』が考えることはわからん……」

それまで黙っていたヴィントが嫌味を吐き出す。

「ヴィントってさ。そういう凄みがある時の声ってイケボなんだけど、シルワ先生の時は殺意がこもるよね」

空音が前を歩くヴィントに話しかける。

「イケボって、「いい声だよね」って意味だったか?だが殺意は否定しない」

空音の問いに、ヴィントの声音はより低くなった。



 「あの……皆さんはこれから会う方とは、そんなに危険な方なんですか?」

「危険ではないですよ。大丈夫。単なるコミュニケーションですから」

聞いたユウマが、不安いっぱいの表情で笑顔のメティルを見ている。

「メティル。ユウマ殿下を不安に陥れないで……。ただシルワ先生の嫌味がすぎる(・・・)から、モヤモヤが溜まって殺意に変換されているだけの話だから……」

ヴィント並に殺意の籠る空音の言葉。ユウマと紬の表情が完全に恐怖に支配にされている。



 「……あのね。そんなに殺意いっぱいでここに来るのやめてくれる?

すごくわかりやすいよ」

空音たちの歩く廊下の先に行き止まりがある。空音たちから三メートル先ほどだが、その行き止まりにある古びた扉が開き、一人の銀色の長い髪の美青年が出てきた。



☆彡 ☆彡 ☆彡




 「なるほど。街の騒ぎはなんとなくわかってたんだけど、私が出るほどじゃないと思ってたんだよね」

シルワの部屋に招き入れられた空音たちの話を聞いて、シルワは街の騒動のことを知っていたことを告げた。

「……だって空音たちだけでどうにかなったんでしょ?その陽動くんたちも捕まえたし、こうして戦利品も持ってきてくれたし、ユウマ殿下をちゃんと保護してくれたし、これを公表したら、君たち世界の英雄だろうね」

作業を続けながら空音たちに話すシルワに、ヴィントの不機嫌さはより濃さを増しているようにも見えた。

「ね。シルワ先生とヴィントの相性は最悪なんだよ」

笑顔でユウマに解説するメティルに、空音は深いため息をついた。



 「シルワ先生。ユウマ殿下と紬さんはこれからどうすれば?クロード王国に?」

「……そうしたいのは山々なんだけどね……。ユウマ殿下をクローネ王国に帰還していただいたとしても、あちらは『ルシィラ王国』との戦争状態だから、激化させる理由になってしまう危険もある。

なにより、今のクロード王国にユウマ殿下を守れる力があるとは思えない」

「でもっ……四年も行方不明で、紬が四年も探してて、家族の人たちだってずっと待っているんでしょ?せっかく見つかったのに、それを……」

「その心配はごもっとも。ソラだったらそう思うよね。でもクローネ王国に行くだけでも危険なのに、再会しても、またいつ攫われるか恐れながら生きていくのも、辛いと思うな。

だったら、その安心して再会できるタイミングが来るまで待った方がいいと思わない?せっかくだからユウマ殿下の魔導術の向上も兼ねてさ……」

シルワは説明に、空音にウィンクする。「……うっ」と空音はうめいた。

シルワはとんでもない美形だが、それは「性格が伴って本当のイケメン」ということだと、空音はこの異世界にやってきてから痛感した。

「……そこまで露骨に嫌がらないで……。こんなイケメンを前にその態度。結構こたえるヨ。

で、ヴィント。お前はもう少し先生を敬え。こっちは露骨に殺意が駄々洩れだし……」

空音とヴィントを交互に見ながら、シルワがため息をついた。



 「メティル殿……これは……」

紬がメティルに、目の前で展開されている茶番の説明を求めている。

苦笑いをしながらも、メティルはユウマと紬に真面目な態度で向き直った。

「コミュニケーション……なんですよ。これはこれで、いい関係とは言えるのかもしれませんが」

「保護をしていただいて感謝しています。

でも……ぼくは一日も早く紬を連れて、クローネ王国に帰りたいと思っています。

家族を安心させたいこともありますが、この戦争を少しでも早く終わらせる……」



 ユウマは右手を握りしめ、決意を吐き出す。これには、シルワだけでなく、空音とヴィント。陸翔やリランたちもユウマを見つめた。

「ユウマ殿、紬。その意見については私は反対です。

私もシルワ先生と同じ……お二人が今、クローネ王国に帰還されるのは危険だと思います。

戦争は膠着状態ですが、その分……こうして各国で魔導石像(タロスガーゴイル)などの出現報告が頻発していた。そして今日の我が国でも、これほど大規模な魔導石像の出現。

あなたの誘拐が目的だったとしても、これはこの学院へのけん制もあるでしょう。

なにより、ここ数か月の異世界人の大量転移。

『ルシィラ国』がなにかを起こそうとしているのは間違いないと考えています。

四年間、クローネ王国はあなたの無事を信じて待ち続けていることを知っています。

それをすべて受け入れたうえで……今少し、クローネ王国への帰還を待っていただけませんか?」

メティルの話に、ユウマが悔しそうに唇を噛みしめる。





 「ユウマ殿下。ここにいるソラもね。三年間、ともに転移してしまった仲間を探しているんですけど、ずっと待ってもらっているんですよ。

彼女(・・)の能力もあって、この学院で魔導術などを学びながら、仲間たちの情報を集めるという言い訳をつけ足してね。

この非常時、彼女の想いも私たちは踏みにじっている。ソラもそしてあなたも、その存在が世界の勢力図を塗り替えない能力を秘めている。

だがそれは「今は」というだけで、戦争が終結するか、あなたたちが『ルシィラ国』が手を出せないほど強くなれば願いはすぐにでも叶う。

ここにいるジオタ王国第二王子メルティル・ミューシュ・ラピスラズリ殿下が、約束してくださっているんです。

『セラス魔導術協会』もお約束しますよ。私はそこの最高位にあたる『万霊魔導師(ゼーロ・マゴス)』なんで、多少、信憑性もあがると思うんですが」

シルワが自信なさげに苦笑いをしつつ、メティルの説得につけ足す。



 「……なんかシルワ先生が言うと、『万霊魔導師』の権威が地に落ちる……というか。もう少し、自信を態度に出して話してくれないと」

空音がシルワにダメ出しをする。

「あのねぇ。せっかくユウマ殿下にお話しているのに、少しも様にならないでしょう」

「なってないから、ソラがダメ出ししているんですよ。シルワ先生」

「ヴィント。まったくかわいくない教え子どもだよ……」



 呆然としているユウマに、シルワと空音、ヴィントとの茶番は続いている。

「……本当だ。これはこれで、良いコミュニケーションということなんでしょうね」

ユウマがメティルに笑顔を向けた。

「ユウマ殿」

「メルティル殿。もうしばらく、紬とお世話になってもいいですか?」

「ええ、もちろん。歓迎しますよ」

二人の王子の間で、自然と握手が交わされる。

それを空音、ヴィント。陸翔たちも笑顔で見守った。



 「で、ソラ殿……」

ユウマが空音へと顔を向ける。

「ああ、ソラと呼んでください。ぼくは異世界人ですし」

「いや……あの。女の子だったんですか?先ほどシルワ導師がそのような……」

空音がシルワを睨みつけると、「だって」とシルワが苦笑いをした。

「さきほどシルワ先生が話した通りです。ぼく……いいえ。私の瞬間移動や重量操作の能力は、使える者が私だけかもしれないということもあって、『ルシィラ国』から狙われるだろうという危険から、この三年間、性別を偽ってきたんです。

今日みたいなことではない限り、能力はほとんど使わないようにしているんですよ。

普段は身体強化ということで、誤魔化していますけど……」

「……僕と……同じなんですね」

ユウマが親しみを込めた笑みで、空音にほほ笑みかけた。



 「ああっ!!いいこと思いついたっ」

突然、シルワが叫んだ。

「ユウマ殿下と紬がこの学院にいてもまったく不自然じゃない、グッドアイディアがさっ!!」




☆彡 ☆彡 ☆彡



 「だから、あの『狂気の魔導研究者』に任せると、ろくなことを思いつかない……」

ヴィントのつぶやき。怒りと殺意も混じりこんでいる。

「……ユートも来た早々、洗礼を受けたもんね……」

ソラの言葉に、ユートは引きつった笑いで応えるしかない。



 「い……いいえ。まぁ……」

ユート……ユウマはメティルの妹でソラの婚約者な少し病弱な美少女――という設定で、魔導術学院に転入することになった。

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