第3幕 神の子
ジオタ王国セフィラ。
王都リーヴァの隣町で、先代王アクイラが創立した『王立騎士養成学院』が、現王ファルコが『魔導術協会』との協力で、魔導術を教える学校を併設し、『王立騎士・魔導術学院』とした。
今は町ひとつこの学院を中心として発展し、隣の王都リーヴァとともに、ジオタ王国の国家防衛の要となっている。
「ユウマ様……大丈夫ですか?」
「ごめん、紬。大丈夫だよ。せっかく君が四年間もぼくを探し続けてくれたのに、見つかってしまって」
街中に魔獣が出現したと、今は住人が危険地域からの避難を完了し、街の中は人の気配がまったくない。
少年と少女が建物の間から、辺りの様子をうかがっている。
「いいえ。今は『ルシィラ国』は、ユウマ様の行方を血眼になって探しております」
「……ぼくが『神の子』だから……」
少年――ユウマの握りしめている右手が震えている。
「ユウマ様は必ずクローネ王国に帰れます。こうして私とも再会できたのですから。
私が必ず、帰れるようにいたします。皆様はずっとユウマ様のお帰りを待っているのですから」
紬はユウマの右手をそっと両手でふれると、つとめて笑顔で言った。
「……うん。ありがとう紬」
ユウマも笑顔でうなづいた。
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「メティス様。ソラ様が異世界人二人を捕縛したようです。つれていた自動人形はアヤモが活動停止にしたとのこと。
しかしこの異世界人たちは、町に騒ぎを起こすための陽動とのことです」
セフィラの街中を走るメティルにそのパートナーの魔導人形のリランは、空からの連絡を伝えた。
「陽動って。じゃぁ魔導石像の騒ぎは」
走りながら、メティルは会話を続ける。
「はい。異世界人の一人が、その『知属性』の魔導師だったとのことです。その者がつかまったことで、各エリアから魔導石像の活動の停止も確認されているとのこと。こちらは静まったと判断できると思います」
「それはよかった……でも、その理由はわかっているのか?」
「『神の子』の拉致が目的らしいです。この町での目撃証言があったらしいと」
ここでメティルは、走ることをやめた。
「……『神の子』って……僕が知る限り、クローネ王国の第一王子……ユウマ殿だけだぞ。しかし四年前に何者かに誘拐され、行方不明だったはず」
「メティル様。正しくは、四年前にクローネ王国の隣国のバナバ王国が、ユウマ殿下の関与していたことは判明しています。しかし、誘拐の実行犯は捕まっていますが、ユウマ殿下はその賊から逃げ出した後だったため、その後の足取りが不明のままだったかと……」
リランは立ち止まったメティルに歩みより、より繊細な説明をほどこした。
「そうだったね、リラン。その時のユウマ殿は十歳だったから。今、ご無事なら十四歳……か」
「メティル様。どうかこの場での失礼な発言をお許しいたたきたいのですが……」
生真面目でなにかと礼儀正しいリランの態度に、メティルは苦笑すると、
「リラン。今の僕は『メティル』だよ。ソラとリクトたちとの関係のように君ともやっていきたい。
だから言いたいことがあったら、自由にしてほしいな」
メティルの言葉に、リランは「はい」と微笑むと
「……思い込みは危険かもしれません。『十四歳の少年』という情報は、探すための障害になりえます。まったく違う人物の可能性も大きいですから、あまり『ユウマ殿下』に拘らないことが良いのでは」
「わかった……リラン。そうだね」
肩をすくめて、メティルはリランの言葉を素直に受け取った。
「もうひとつだけ。メティル様……あなたも一度は『ルシィラ国』にお命を狙われています。
バナバ王国は、現在は『ルシィラ国』に乗っ取られているのです。メティル様は私が必ずお守りしたしますが、十分にお気を付けください」
「……心配性だね……と言いたいけど、ヴィントにも同じことを言われそうだ。
そうだね。十分に気を付けるよ」
「はい……ありがとうございます」
リランはメティルに軽く頭を下げた後に、うれしそうな笑顔を浮かべた。
「あ。クウから連絡が……はい。あ、あの」
一度、ヴィントと行動をともにしている来羽からの連絡に集中していたリランが、戸惑った様子で、メティルを見た。
「どうした?他に情報が?」
「……ヴィント様が、メティル様と合流したいから、今、何処にいるかと……」
「あははは。もう一人の心配性が……言った通りだね」
「愛されている証拠です。今こちらの位置を伝えます」
そう言って、リランは呆れるメティルに笑った。
「……でも……これはこれで厄介か」
メティルは、考え込む様子をみせたあと、リランを見た。
「リラン。リクトとアオイにも連絡して。ソラたちにも合流してもらおう。彼の力が必要だ」
「……はい。ではそのように」
メティルの言葉を受けて、リランはすぐに集中した。
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「……ねぇ。誠司くん……」
「なんだ?」
警備隊に引き渡され、『霊力封じ』の首輪をつけられた二人が、輸送用の馬車で座ったまま、綺羅が誠司に話しかけ、気だるそうに誠司はそれに応じた。
「あの『ソラネちゃん』ってさ。怖かったけど、結局、私たちってなにも攻撃されてないじゃん。誠司くんと私でなんとかできたんじゃない?『ガーゴイル』の操作を諦めて、攻撃に集中してもよかったし」
誠司は、無言ではぁと綺羅に聞こえるようにため息をした。
「なぁーに?その態度ムカつく」
誠司は、ずいと綺羅の近くに顔を近づけると、
「あの子の前で、絶対『ソラネちゃん』なんて言うなよ。綺羅にはまだ無理だろうけど、あの子の『霊力』の膨大さは尋常じゃない。
あの時、あの子はそれを分らせようと、自分の『霊力』を俺に見せていた。
だから戦いを避けたんだ。死にたくないからね」
誠司の説明にも、綺羅は納得した様子ではなかったが、
「強い誠司くんが言うなら、そうなんだね」
と、仕方なく納得したように言った。
「えらいな綺羅は。この場合は素直な方が生き延びやすい。ひとつ学んだね」
「あーもうっ。誠司くん、絶対ムカつくっ!!」
綺羅は達観した誠司の態度に、怒りをあらわにしたまま地団駄を踏んだ。
「うるさいぞっ!!」
警備隊員の声が聞こえた。
「あーあ。叱られた」
「誠司くんが悪いんじゃんっ」
頬をふくらませて、誠司を睨む綺羅に、再びため息をつきながら、
「素直すぎても問題だね」
と、つぶやいた。
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「メティルっ!!」
空音が駆けつけた時は、すでにヴィントはメティルといた。
「……リランからの連絡は聞いた。あと『ユウマ王子』のことも。
なんか異世界人みたいな名前だね」
空音の言葉に、メティルは空音へと向き直ると、
「そうか……君はそこまで知らないか。
クローネ王国の先祖は異世界人だよ。その後も、あの国は代々異世界人を『勇者』として、迎えている歴史がある。『勇者伝説』の発祥はあの国なんだ。
その『ユウマ』と『神の子』のことは関係あるかどうかはわからないけど。
今回のことにも、関係ないことかもしれない。
とりあえず、過去にそんなことがあったということだね」
「……わかった。『ユウマ王子』にこだわらない方がいいね」
空音はうなずくと「で。これからどうする?」とメティルに尋ねた。
「だったら、ぼくの力を使ってよ」
碧が空音の右手を握りながら、にっこりと笑った。
「……そうか。『視野拡張』と『探知』の能力で探せる……」
空音は碧の能力を思い出し、碧に大きくうなずいた。
「うん。この町の『俯瞰視野』と『熱探知』からやってみる」
「今はこの町の住人は避難している状態だ。もしかすると、人の少ない今なら、この街中に残って潜んでいる可能性もあるかもしれない。該当しそうな……」
メティルが空音とヴィントに話していると
「いたよ、二人だ。男と女……姿から、まだ十代半ば……ぐらいかな」
間を置かず、碧が三人に言った。
「……はや。碧、場所はどこ?」
「ここから東に三百メートルぐらい。聖テスイラ神殿の広場……右の服屋の建物横」
とても詳しい場所の説明に、メティルとヴィントが互いの顔を見合わせてしまう。
「とりあえず、そこに行ってみよう」
メティルの言葉に、
「ここはぼくがやる。……この人数だったら、一瞬だ」
空音がメティルとヴィントに笑った直後、その場にいた全員の姿が消えた。