後輩はグーで殴る
【社内食堂は来月から値上げを実施します】
物価高の波を実感し、財布の中身は……
「うへ~、ついにか……」
「悪いねぇ。社内食堂もギリギリなのよ」
「そっすよね」
コンビニよりもちょっと高いが、メニューはいい。しかし、値上げと来たら考える。……そういえば、近くのチェーン店も値上げをしたか。
コンビニにも値上げの波……というか、量の誤魔化しなどがされているとかで同僚が嘆いていた。
これで給与が増えるならと思ったが、なかなかそうはならない。
ため息を溢しながら、お盆に載せた料理を持ってテーブルまで運んだ。メニューを一つ減らすか、料金の上限を決めるかどうかを思う。これからの昼食を考えているとき
「あ、矢木さん。隣、いいっすか?」
まだ、昼食の摂り方があった。
仕事の先輩。矢木さんが食べていたモノはお弁当だった。それはコンビニやスーパーを買ってきた厚底誤魔化し系の弁当ではなく、ガチの手作り弁当。
ご飯におかずが4品。量もあって、質もある。食堂の料理と比べれば劣るだろうが、昼食として十分過ぎる。
「いつも弁当ですよね」
「まぁな」
矢木はモグモグと食べながら、何かを聞きたそうにしている後輩の顔を見て、
「俺も料理くらいするんだよ。彼女ができた時も考えてな」
「え?その弁当は、いつも矢木さんが自ら」
「おうよ」
察しがいいのか、分からないが。
矢木からしたら自慢したいのか。
「最近、ハマってな。男だって料理・家事してなんぼだろ。女に頼りきるのはダセェ」
「は~、すげ~。毎朝作ってるんですか?」
「朝5時ぐらいに起きて作る」
そんな朝早くから起きて、朝食と昼食を用意するのか。とはいえ、矢木をして
「朝は白いご飯を炊く程度。卵焼きやギョーザを作るくらいだがな。ほとんどは休みや夜勤出勤前に、作り置きしてんだよ」
さすがに朝の間で弁当の全てを用意するのは大変だ。作り置きを弁当に利用しているだけだ。それだけでも後輩くんからしたら、驚いてしまう事だ。朝飯を用意するのにも大変なのに……。
しかし、良いキッカケと思い
「1食おいくらなんです?」
「値段?」
1食がいくらかって言われると、矢木もちゃんと計算した事はないが。食材を纏め買いして、計画的に調理することも考えて……
「確かこの前買ったのは、1329円だったか?」
「高っ!」
「一食いくらか分かんねぇよ。早とちりすんな」
面倒になって、レジのレシートに出た値段を答えてしまった。しかし、その買い物でどれだけの惣菜ができたか考える。スマホの電卓を使いつつ
「5日分、1日3食、……15食。それを1329円から割ると……88円か?」
レシートの中身を見れば、飯に使ってないモノもある。それにお米の料金、1合分も加算してねぇが
「まぁ、100円ぐれぇだろ」
「えーーー!?その弁当、100円くらいなんですか?」
「冷凍食品を詰め込んだらちょっと高くなるだろうけど、俺はあんまりやらねぇな。一人もんだし。米は貰いもんだし」
いつ起きて、いつ動いても、自由な独り身。
値段の事なんてあんまり気にしなかったが、確実にコンビニよりも量は多いし、食堂よりも安い。買い出しと調理のお値段としたら、妥当な額だと思う。
ちなみに買った食材を5日で使い切る事もないし
「調味料やフライパンとか、そーいうのも用意すれば、また値段は違うだろうけど。食堂よりかは安いし、コンビニよりも量が多いのは確かだぜ」
「時間はどれくらい掛かるんですか?」
手料理で大事なのは時間だ。やって来た矢木をして
「知らねぇよ。俺の基準とお前の基準は違う」
大前提として、そんな手際の話。人によって違うだろう。だが、確かな事がある。
「毎日料理して、日に日に旨い飯ができて、早く出来ていくんだ。飽きるか辞めるかを凌ぐ、我慢比べだろ」
「我慢比べ……」
「俺だってこれくらいにできるようになったの、つい最近だよ。卵焼きだって何度も焦がして失敗してる。食費に困ってるなら、食堂やコンビニに文句言わず、自分で解決しろよ」
「!……分かりました!アドバイスをありがとうございます!」
◇ ◇
そんな話から1週間後。
「おっ、お前もようやく弁当か?」
矢木が自作弁当を持って、弁当を食べている後輩の隣に座って尋ねた。
「はい。色々と話し合って、お弁当にしました」
「ほ~」
矢木の方が先にやっている分、その出来はまだまだと言えるものだが、
「同棲してる彼女に無理を言って、今後は手作り弁当にしてもらいました!」
「……は?」
「俺!この会社で出世して、彼女を楽にさせます!結婚すると決めました!」
「…………その弁当、彼女が作った?作り続ける事を約束してくれたの?」
「はい!」
「…………」
俺は彼女ができても困らせねぇようにと、自炊から色々と一人でやってんのに。なんだこの差は。やっぱり、顔か。性格か。学力か。コミュ力か。経済力か。なんだよ、これはよ。なんでお前はすでに彼女持ってんだよ。
俺が弁当を作ってきて、こんな屈辱は今までにねぇよ。我慢してたけどよ。
こっちは作り置きだから、15食全部、同じ料理を食ってんだよ!旨いし、食いたいでもな、刺激が足らないんだよ!!腹一杯に食えても、幸せ一杯にはならねぇんだよ!
「お前!歯を食いしばれ!」
「ふぁ!?」
「この幸せもんがーーー!!」
後輩にかましたグーパンだった。