第3話 一緒に登校する
視線がすごい。
今日、初めて義姉さんと一緒に登校している。
そしてやはりというべきか、気づくことがあった。
視線がすごい。
学校に近づくにつれ、四方八方から様々な視線と疑念の声が飛んできている。
大体は「あの子、夕莉先輩と歩いてる……?」とか、「誰だろう?」とかそういう不思議そうなものが多い。でも中にはめちゃくちゃ睨んでくるやつもいる。
そりゃそうなるよ!
なので俺はこっそり義姉さんから距離を取っていたのだが、しっかり気づかれた。
「陸? どうしたの? 私、歩くの早いかしら」
「いえ、大丈夫です」
「ならもっと近くで歩きましょう? くっついてないと危ないから」
そう言って義姉さんはするりと近寄ってくる。周囲の視線など何も気にしていない。自信に満ち溢れているから周りの目など気にしないのだ。
しかも義姉さん、無意識に道路側を歩いてる。
この人、完全に俺のことを守る対象だと思ってるな。
「……義姉さん。俺が道路側歩きます」
「あら」
位置を交代すると、義姉さんはくすくすと笑う。
「男の子らしいわね」
「そりゃ男の子ですよ」
ちょっと憤慨しながら言う。俺は生まれた時から男の子だ。
しかし義姉さんには男の子扱いされてない気がする。布団入ってくるし。
「義姉さん、今朝の話ですけどね」
「うん?」
「もっと俺のことを警戒してください。俺は男子なんですから」
「警戒? なんで?」
「思春期の高校生ですよ。何されるかわかんないじゃないですか」
「きみは私に何かをするの?」
きょとんとした顔で尋ねられる。
いや、それはずるい。
「……しないですけど」
「そう? したくなったら言ってね」
なんでそういうこと言うの。
「敬語だって外していいよ」
「半年前まで先輩だったのに、急に外せないですよ」
半年と少しくらい前のある日。
ちょっと高級な料理店で、俺は父さんから『今度からこの人たちと家族になるんだよ』と紹介された。
父さんと一緒にいる女性はまだよかった。仲も良さそうだし、二人がよければ問題はない。
――『秋里陸くんね。よろしくお願いします』
問題なのはその隣にいるあまりにも綺麗な人だった。
夕莉先輩だとすぐにわかった。
その綺麗な女性は俺どころか全校生徒が知ってるような人で、すごく高いところにいるような憧れの人だった。
――『君のお姉ちゃんになれるよう、頑張るから』
そんなことを微笑みながら言われたような気がする。
ひさしぶり、と。
小声でそんな風にも言われたけど。
「……陸? どうしたの?」
前のことを思い出していたら、現実の義姉さんに顔を覗かれていた。面白がるように眉をあげている。
「いえ、なんでも」
「そう? 少し上の空だから心配だわ。人とぶつかったりしない?」
「幸い今までぶつかったことはないです」
「でもこれからはあるかもしれないわね」
言いながら義姉さんが俺の手を握ってくる。
「え?」
「こうすればぶつからないわ。危なかったら私が引っ張ってあげるから」
にこにことそんなことを言われる。
義姉さんの手、細いな。とか、さらさらしてるな。とかそんな事が頭に浮かぶ。
いや浮かんでる場合じゃない。
周囲からの視線がどっと圧を増して俺の全身を襲っていた。
「暑いの? 顔、汗が出てるけど」
「いえ、別に……」
一緒に登校するだけならまだよかった。
でも手を繋いで登校はまずい。
視線のやばさが増してきている。
「義姉さん、さ、流石に手を繋ぐのは恥ずかしいというか」
もう学校はすぐ近くだ。手繋ぎ登校はできない。
見られたら何を噂されるかわからないのだ。早急に手を離してもらわないと。
「そうなの?」
義姉さんがしゅんと悲しげな表情をする。
なんて断りづらい顔なんだ。
「……家でなら」
「ん?」
「家でならいいですから。外はちょっと」
「あ、確かにそうね」
すっと義姉さんの表情が明るいものに戻って、手を離してくれる。
「ごめんね。初めて一緒に登校したから、少しはしゃいじゃった」
「……いえ」
危機は脱した。
これでなんとかなるだろう。――「あれ、誰?」「手、繋いでなかった!?」「夕莉先輩、彼氏いたの!?」「あの子どこかで見たような……」――周りから聞こえてくるセリフ的には、だいぶ手遅れな気がしないでもないが。
「遅れちゃうわね。行きましょうか」
「……はい」
何も起こらないでくれと、無理だとわかり切っていることを祈りながら、俺は義姉さんと並んで校門をくぐるのだった。