③
「で、こうなったと」
これまでの経緯を説明し終えたリザが頷く。それを見て、軍人というにはあまりにも軟派な男は想像通りの声を上げた。
「そうですかぁ」
あれから反刻が経ち、逃げることも殺すこともできない私とリザは、この軟派な男に見つかった。
人気のない路地で馬乗りにされる男とする女。これが反対であれば男も即座に動いただろうが、女が上で男が下なのだ。軟派な男は物珍しげに近づいて来ると、女がリザだと分かり次第、あからさまに表情を曇らせた。
加えてリザはこの半刻、私に様々な攻撃を試した。殴った衝撃で割れた石材が粉々になるまで打ち下ろし、胸にしまっていた拳銃を全弾打ち込み、終いには側にあった配管を引き剥がし胸に突き立てた。
結果、私とリザの周囲はそこに砲弾でも落ちてきたかのような有様であり、その中心に無傷でいる私とリザに、軟派な男は訳の分からない様子だった。
「応援を呼ぼうにもここを離れられませんので、仕方なくいつか来るであろう助けを待っていた次第です」
リザは口調こそ軍人らしいものだったが、表情は子供のそれだ。不満そうに頬を膨らまし、私のことをじっと見下す。
それを見てか、軟派な男はリザに話を聞くことを諦め、私に向き直った。
「私の名前はミュール。このリザの上司のようなものです。あなたのお名前を伺っても?」
物腰こそ柔らかい軟派な男、ミュールだったが、その口調は軍人らしいものだ。私はどうせ逃げられないのなら少しでもミュールの心証を良くしようと、すぐさま答えた。
「クリムと言います」
「ではクリムさん。あなたは“武器の咎人”とのことですが、その“神罰”の詳細を教えていただけますか?」
私はミュールの口から出た“神罰”という単語に目を見開く。しかし、すぐさまそれも知っていて当然かと思い直した。
「“魔人”の上司であれば“神罰”についても知っていますか」
あえて”魔人“という単語を出すと、ミュールはちらりとリザを見る。リザが目を逸らしたところを見るに、軍に”魔人“がいることを知られたくないらしい。
ミュールは私に向き直ると、咳払いを一つして言った。
「”神罰“の詳細によっては、クリムさんを救えるかもしれません」
「救える?」
この馬乗りにされている状況からだろうか、はたまた盗みを働かなければ生きていられない状況からだろうか。
「死から、です」
そっぽを向いたまま、リザが答える。私があえてそれを考えないようにしていたことを分かって言ったのだろう。ミュールは余計な口を挟むなとばかりにリザを手で制した。
「こちらにも事情があるのです。しかし、協力していただければ悪いようにはしません」
ミュールは多くを語らなかったが、嘘をついている様子もない。リザは隙さえあれば私を殺そうとするが、少なくとも全員が全員そういうわけではないらしい。
「”神罰“の詳細を話したら用済み、なんてことはありませんよね?」
私が冗談めかして言うと、ミュールは苦笑を浮かべる。
「この状況で信じろというのは難しいでしょうが」
「どちらにせよ、私に選択肢はありません」
その言葉を信じたのかは分からなかったが、ミュールはリザに私から退くよう指示を出す。リザは納得がいかない様子だったが、上司の命令に背くわけにもいかないのだろう。
「あなたのこと、覚えましたからね」
そんな捨て台詞を吐いて、僕の上から渋々退いた。
地面に沈んだ身体を起こそうとすると、ミュールが私に手を差し伸べる。有り難く掴むと、その細い身体に似合わない力強さで引っ張り起こされた。
「申し訳ない。リザは“咎人”というだけでああなのです」
ミュールの言葉から察するに、以前にも同じようなことがあったのだろう。リザが”咎人“絡みで何かあったことは容易に想像できた。
「ここは目立ちますので、移動しましょう」
私は何があったのか後で確認しようと思いつつ、ミュールの後を追う。いつの間にか私の後ろにはリザが控え、逃げることはできなかった。
路地を抜け、メインストリートとは反対、盗みに入った宝飾店がある通りに出ると、空には無数の花火が上がっていた。
「もうそんな時間ですか」
ミュールはそう言いつつ、近くの公衆電話に向かう。それを待つ間、私とリザは会話どころか、目を合わせることもなかった。