①
「何してんだ、早くしろ」
頭を叩かれ、私は我に帰った。メインストトリートから感じる熱気に当てられたのか、いつの間にか作業の手が止まっていたようだ。
すぐに作業を再開すると、男はそれ以上何も言わなかった。
お祭り騒ぎに乗じて、私と男は盗みに入っていた。男とは初対面で、お互いについて何も知らない。利害が一致していることだけは確かで、それ以外は何もかも不確かだった。
私がピッキングツールを使い鍵を開けるまでの間、男が周囲を見張る。右手を常に腰の後ろへ回しているのは、目撃者を殺すためのナイフをいつでも抜けるよう握っているからだろう。暗闇に紛れるよう全身を黒い服で包んでいたが、目だけは爛々と輝いていた。
「終わりました」
言ってドアノブをゆっくりと捻る。音が出ないよう細心の注意を払い、そっとドアを押し開けた。
すぐには入らず、様子を見る。十分な間を空け、誰も来る気配がないことを確認してから店へ入った。
「こりゃすげぇ」
これまで不機嫌だった男の声に喜びが滲む。目の前には売ればこの先十年は遊んで暮らせるであろう量の宝飾品がずらりと並んでいた。
「とっとと詰めろ」
男は私に丈夫な麻でできた袋を投げる。言葉は相変わらず汚かったが、宝飾品を前にして浮かれているのか声音には喜びの色が滲んでいた。
私は袋を手に取り、ダイヤモンドやルビーをあしらった豪華な首飾り、十カラットはあるだろうサファイアをはめ込んだ指輪、一国の姫が被るような金の冠を値札も見ないままいれていく。一分もすれば袋は満杯になり、それ相応の重さが腕に伝わった。
「よし、ずらかるぞ」
口でそう言いつつも男は宝飾品から目を離せない。私より大きいはずの袋はすでに満杯で、いれる余裕はなさそうだったが、最後の最後に銀でできた一振りのナイフを腰のベルトに刺した。
「盗んだ分が取り分だ。分かってるな?」
それを見ていたからか、男は私がそれを欲しがっていると勘違いをしたようだ。私が小さく頷くと、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
出入り口に男が近付き、外の様子を伺う。私もその側について合図を待った。
「行くぞ」
男は声と同時にドアを開ける。入った時とは違い、さっと素早く人一人が通れるかどうかの隙間を開け、外に出た。
「鍵を閉めろ」
男に続いて出た私はすぐさまドアに向き直り、ピッキングツールを取り出す。これは、鍵を閉めていれば店を開くまで盗まれたと気付かれにくい上、場合によっては店を開いても盗まれたと気付かないことがあるからだ。
こんな有名な話がある。
とある盗み屋は四十年間一度も捕まることなく盗みを働いた。
その方法は『盗む量を少なくする』『痕跡を残さない』、そして『品数が多く、その一つ一つが高価な商品を扱う店を狙う』。この三つを徹底することだった。
このような店を営む人間には身分の高いものが多く、店頭に立つことはおろか店に顔すら出さないものがほとんどで、その従者が代理人として店を管理しているのが実情だった。
店には従者以外に従業員がいるが、接客のみで商品の管理をしない従業員は盗みに気付かない。ましてや盗まれた量が少なく、痕跡はほとんど残っていないのだ、気付くのは代理人として店を管理している従者だけで、この時従者は二つの選択肢を迫られる。
一つは店のオーナーである主人に盗みを報告する選択肢だ。
最もな選択肢に思えるが、この選択肢はない。これをすれば従者は自ら管理能力がないことを主人に告げることとなってしまい、最悪その責を負って殺される可能性すらあるからだ。
そこで従者はもう一つの選択肢を取る。
そう、黙認だ。
主人にも従業員にもばれないよう、こっそりと処理し、何事もなかったかのように装うのだ。もちろん、裏では盗み屋を探し出そうと躍起になるだろうが、表立って動くこともできないため、そうそう見つかりはしない。時には盗まれた量が少ないからと早々に諦めることもあったという。
今回は盗んだ量が多いためすぐに気付かれるだろうが、多少の時間稼ぎになることは間違いない。今この瞬間を誰かに見られるリスクと天秤にかけ、男は指示を出したのだ。私はその判断に従うまでだった。
一度開けた鍵を閉めることは容易い。ものの十秒で作業を終え、男に合図を送る。男は無言で頷き、周囲を再度見渡した。
店はメインストリートから一本外れた場所にあり、祭りの今日は人通りもほとんどない。ガス灯が点々と灯っていたが、祭りの最後に上げる花火をより綺麗に見せるためか、灯っている数はいつもの半分もなかった。
「今だ」
男が裏道へ走り出す。私はその後を追った。
向かうのは二分ほど行った先にある隠れ家だ。そこで着替えを済ませ、盗んだ物を隠しポケットのある旅行カバンに移す。そして祭りの人混みに乗じ、別々に北と南に向かう予定だった。
「見えたぞ」
男の指示が的確だったのか、はたまた運が良かったのか。誰かに見られることもなく隠れ家へ到着した私たちは、息つく間もなく用意を始めた。
男は南に向かうため、薄い生地の涼しげな格好に、私は北へ向かうため、厚い生地の暖かな格好に着替える。袋から盗んだ物を取り出し、旅行カバンの隠しポケットに押し込んだ。
この隠しポケットだが、袋の容量分しか作っていない。そのため、男が最後の最後に腰のベルトへ刺した銀のナイフはそのままだった。
「それは捨てた方が」
思わず私は男のそれを言及する。私のような冬服であればナイフを隠すこともできるが、男の夏服ではそれもできない。いくら祭りの人混みに乗じるとはいえ、男の持つ銀のナイフは目を引く。
しかし、男は私の忠告を鼻で遇らった。
「取れるもんなら取ってみろ」
そう言って男は私にナイフをひけらかす。手を伸ばせば届く距離にそれはあったが、私は何もすることができなかった。
「お前と俺は赤の他人だ。会ったことも話したこともない。いいな?」
男はそう言うと、私が返事するよりも早くさっさと隠れ家を後にしてしまった。