明鏡止水
「大坂の陣?じいじもそこで戦ったの?」
曾孫は目を輝かせる。
「ワシは刀での戦はしとらんよ。既に年寄りじゃったのでな」
露骨にうなだれる曾孫。
正直やってられないが話を続けるとする。
「久しぶりじゃな」
大坂の外れの蕎麦屋で落ち合った信繁は、随分と老けて見えた。白髪も多い。ろくな物を食ってなかったのだろうか。
「伯父上。御健勝何よりにござる。父の弔い、有り難うございました」
「いいんじゃ。ワシの兄上なのじゃから」
「いやいや、本当に助かりもうした」
こんな弱々しい奴だったかな。俺は少しだけがっかりしながら本題に入る。
「信繁、お主豊臣に何の恩義がある?」
まぁ、間違いなく予想の範疇。信繁は表情を変えない。じっと俺を見るともなく見ている。
「兄上は逝った。最早、意地を張る段でもない。そもそも使い捨て扱いであろう。侍といえど、戦の分からん公家もどきにその命捧げるは本意ではあるまい」
「兄上は自分を通された。まっこと武人じゃ。しかしお前には関係の無きこと」
「もはや戦国の世は終いじゃ。真田の家名を残す、その一点を考えてはみんか」
「大御所様の器は底知れぬ。こたびワシは」
くっと茶を干しながら、上目遣いに様子を伺った俺だが、一瞬で馬鹿馬鹿しくなった。
信繁は、熱っぽい眼差しで俺に感謝を示していた。恐らくは、叔父として各所に信繁を引き抜くべしと手を回したであろう俺の行動、思いに。
感謝の心で溢れた、しかし、惜別の顔。
言葉はいまだ無い。
俺は諦めた。
「…真田の武名か、お主の意地か、兄上の思いか。なんじゃろな。理由は問うまい。ワシの仕事はここまでじゃな」
信繁は何も言わない。
「生きろよ、信繁。」
俺は背を向け店を出る。
視界の端に深々と頭を下げた侍が居て。
徐々にぼやけていった。