一所懸命
こいつ本当に俺の血縁だろうか。
餡の入った餅からわざわざ餡だけをほじくりだして別々に食べる曾孫を、俺は眉をひそめて眺めていた。
「相変わらず行儀が悪いの」
「お餅はお餅、餡子は餡子で食べたいんだもん」
謎のこだわりと頑固さ。
「坊はあいつに少々似とる」
「あいつって?」
真田信之。俺の甥。幸村として大阪の陣で名を馳せた弟信繁とは違い、藩主として名ではなく実を残した男だ。
武士としての信之は一所懸命の一言に尽きる。置かれた役割を理解し、己が存在を賭けて務めを果たす。武功も弟より遥かに多い。
上田合戦での活躍もあり、戦後、徳川家康に気に入られ、重臣本多忠勝の娘を娶るに至った。
関ヶ原では父、弟と袂を分かち東軍につき、結果として真田本家の命脈を保った。
「坊は熊と虎が戦えばどっちが強いと思う」
「んー、熊かな」
「虎はすばしこく、鋭い牙があるぞい」
「そっかー、じゃあ虎だ」
「熊はとても力持ちじゃ。その腕で何でもなぎ倒す」
「じゃあ、分からないよ」
そう。関ヶ原はそんな戦だった。今でこそ東軍勝って然るべし、と言えるかもしれないが、それは結果を知る今だからこそ。只中の当人達には知りえようもない。
しかし、どちらかを選ばなければならない。
兄は始めから西軍陣営であり、優位と見ていた。上杉征伐の途上、予定どおり石田三成が挙兵する。兄は犬伏の地で、これより西軍につくべく陣を払うと息子達に告げた。信繁が頷く。
暫し沈黙の後。信幸は紅潮した顔で、承服できかねる、この戦東軍が勝ち申す、と言い放ったそうだ。兄は好きにせいと言ったらしい。
こうして親子は東西に別れた。
しばしばこれは、どちらが勝ってもいいように、という兄ならではの生き残り策だと言われる。だが、そもそも俺が徳川の家人として健在だ。そこまでする道理は無かった、と、当人たる俺は思う。
信幸が信之と名を変えてしばらく。俺は江戸で信之に久しぶりに会う事ができた。あいつは言った。
「思うていた形とは違いまするが、託されるというのもなかなかどうして、難儀ですな。伯父上には感服つかまつる」
その時ようやく合点が言った。信之も西軍が勝つと考えていたのだ。しかし戦は水物。万一に備え自らは東軍に残るべきと判断した。信之であれば、東軍足りえる背景、理由が十二分にある。
東軍が勝つーーー信之は命を捨て、父と弟に託した。理由が分かるが故に兄も何も言わなかったのだろう。
しかしなんの因果か。託した想いは自分に還ってきた。信濃の地と共に。
一所懸命にこの地の繁栄に励む。それはあいつが一番得意な事だ。
「信之じいさまの嘘ってなぁに」
「んー。なんじゃったかな。忘れてしもうたわい」
野暮ってもんだね。こいつにはまだ早い話だ。信之が死んだら話してやろうか。先に俺が逝くだろうけれど。
「まぁ、信之は昔から嘘はつけんかったわい」
不満げに指をくわえる曾孫を横目に茶をすする。おっといかんな。日が傾き始めた気配だ。あまり時間が無い。
「さて最後、お待ちかねの幸村様じゃぞ」
曾孫はとたんに飛び上がり、鼻息荒く着座した。