第九話 奇襲
第九話 奇襲
ドアを閉める音と共に鈴花は玄関に倒れこんだ。何時来るか分からない敵をいちいち気にしていたら身が持たない。タニスは倒すことが出来たが、途中で問題を一問間違ったのは失敗であった。
「ほら、ソファにでも倒れこんでろ。」
鈴花はハルの言葉でゆっくりと起き上がる。足取りがおぼつかないままリビングにあるソファに倒れこんだ。正直もう動きたくない。ハルはため息をつきながら取り出したのは複数の袋。これは服が入った袋である。彼女は頭だけ上げて袋を受け取ると再び頭をソファにくっつけた。彼女の位置からは見えないが、今ハルは冷蔵庫に食品類を入れているようである。
ハルは人間のようで人間では無い存在。タニス戦の後、鈴花は建物を高速にスライスする光線をどうやって避けたのかについてハルに聞いてみた。しかし、彼は教えてくれなかった。ただ、「お前は知らなくていいんだ。」と言うばかりである。
鈴花はハルに空腹を訴えながら足をばたつかせる。彼女はハルがどんな物が食べたいかと聞いてきたため、冷たい物と言った。すぐにダイニングで物をあさる音が聞こえてくる。冷たい物。さて、どんなものが出てくるのだろうか。
しばらく待つと、ハルの声がダイニングから聞こえてきた。鈴花は彼の声でダイニングに移動する。ダイニングに移動すると、テーブルの上にそうめんとツナを載せた皿があった。ツナは今日買ってきたものだ。しかし、そうめんは購入していない。何処から出てきたのだろうか。彼女は座り、そうめんの出所を彼に聞いた。答えはこの家に残っていたとの事だ。去年の分が残っていたか、今年のために購入しておいたものだろう。そこで彼女は思った。だとしたらそうめんもお店に売っていたのではないだろうか。ハルに聞けば、多分売っていたとの事である。今回購入した分で終わればよいが、終わらなければ今度はそうめんを探してみよう。
鈴花は挨拶をして、冷たい麺とツナを食べ始めた。冷たくて細い麺はすぐに胃の中に納まる。食後の挨拶を済ませるとリビングに戻った。しばらくするとハルが後片付けを済ませてリビングに来る。
「何する。また勉強でもするか。」
ハルの言葉に鈴花は首を振る。お腹がいっぱいの状態ではあまり物事を考えたくは無い。彼女はしばらくこのままで居ると告げた。ハルもソファにもたれかかる。
しばらくの後、鈴花はソファから勢い良く起き上がった。
「お風呂入ってくるわ。」
鈴花は袋を持って階段を上り、二階の彼女の部屋に入る。机にチョークを置くと、昨日来たパジャマと新しいパジャマと下着類をもって脱衣所に向かった。昨日来たパジャマは今日着た分と合わせて洗濯物にまわす。お風呂から出ると着替えて歯磨き後にリビングに戻った。
「洗濯物が溜まっただろ。洗って乾かしといてやる。」
鈴花はハルの発言に少々恥ずかしさを覚えた。しかし、彼以外に見られることも無いので良いと考えることとした。彼女はハルに就寝前の挨拶を言うと二階の彼女の部屋へと戻る。そして、そのままベッドに倒れこんだ。彼女は昼間の疲れからかそのまま眠ってしまった。
どこかで声が聞こえる。誰の声だろう。何度も聞くと思い出してくる。これはハルの声だ。ハルの声、ハルの……。
そこで鈴花は目を覚ました。すぐ横にはハルが居る。険しい表情だ。
「寝ている間に現れやがったぞ。さっさと準備しろ。」
ハルの言葉では敵が現れたということらしい。けど、歯磨きぐらいはしたい。私は立ち上がると部屋を出て階段を下りた。背後からハルの声が聞こえたような気がしたが、何を言っているのか聞き取れなかった。
鈴花が階段を何段か降りたとき、足に激痛が走る。
「い、痛い。」
鈴花は突然の痛みに叫びながら足を引っ込めた。そのまま体のバランスを崩して階段に座り込む。良く見ると、階段の途中まで水がはっている。つまり、浸水しているのだ。しかし、先ほどの痛みはどこから来たのだろうか。彼女は水に触れようとする。
「やめろ。水に触るな。」
鈴花はハルを見るが、手は水に触れてしまう。その瞬間、彼女の手に衝撃が走りすぐに手を引っ込めた。彼女はすぐに水を見る。水に触れたときの感覚では無い、まるで、凄く強い静電気に触れたような感覚である。水なのに電気のような感覚。全くもってよくわからない。彼女はふと違和感を感じて水面をよく見る。すると、少しずつであるが水面が上昇していることがわかった。
鈴花は部屋に戻ってすぐに着替えた。
ハルの話では、彼でも知らないうちに来たらしい。彼は水が普通の水で無いことを確認すると、昨日買って来たものや必要そうなものを全部自分の体の中に保管したとの事である。昨日洗濯した服についても同様との事だ。もし、回収していなかった場合、現状では取りに行くことが出来ない。
鈴花は先ほどまできていたパジャマと今後着る服をハルに投げると、机の上に置いたチョークをポケットに入れる。そして、再度机を見るとそこには家族の写真があった。彼女自身が写っているわけでは無い。しかし、このまま水にのまれるのも良くない。彼女は写真を写真立てから取り出すとチョークとは別のポケットに入れた。そして、彼女は窓を開けて外を見る。家の中と同様に他の家も浸水している。ここは今や浸水した町である。道路を見れば見たことの無い魚が動いているのが見えた。よく分からないが、この水とともに現れたものに違いない。
「来たぞ。」
ハルの声に部屋のドアを見れば、ゆっくりと水が流れ込んできている。もうすぐ、ここも水の中なのかもしれない。すると彼女の背中にハルがくっついた。すぐに体が浮かび上がり、部屋から出て屋根へと上る。
ハルは鈴花を一旦降ろすと、黒い本を渡した。彼女はすぐに本を開く。新しいページには既に絵と情報が表示されていた。
「Veniceだ。」
ハルが名前を読み上げる。鈴花はヴェニスという名前について考えてみる。ヴェニスというとヴェネツィア、水の都。彼女は町を見渡す。家々が水に浸り、まるで大洪水の後のようである。しかし、水は濁っておらず澄んでいる。おかげで見たことの無い魚が水の中を動くさまが良く見えた。
「今ここは水の都なのね。」
鈴花は本のページをめくる。そこには敵の倒し方が書かれていた。これが、触れることのできない水と見たことの無い魚を消す方法である。